無能探偵のススメ③
村に戻り、事情を説明すると、村長は大笑いしながら俺達を慰めてくれた。
「まあ、そんな事もあるさ!というか昨日は泊まっていて正解だったね!渡っている途中にがしゃんなんて、大変だもんな」
渡った後にがしゃんという幸運な可能性もあるのだが、村長のプラス思考は俺の様なネガティブな方向には向かない。まあ言われてみれば、確かに先に壊れてくれていた方が幸いだったのか。
「全く!仰る通りですな!はっはっはっはっは!」
「はっはっはっはっはっは!」
村長と範人は既に十年の友人同士の再会の様に肩を組んで笑いあっている。まったく。この属性の人種は眩しくて仕方がない。
「行政に頼んでおいたから、何日かしたら直るよ。この際だ。それまでここにいればいい。というかここにいるしかないんだけどね」
こうして俺達はこの村へのしばらくの滞在を余儀なくされた。
真由美は携帯で(どこもかしこも圏外なのだが、唯一繋がる所があった。助かった)家に連絡を入れ、欠席願いの延長をお願いした。範人も同じくだ。というかそもそも範人は昨日が無断外泊だったので一晩中心配していた家の人にこっぴどく怒られた模様。
こうなってくるとインフルエンザで休んでいるという俺の対応が最善手だった訳か。まあ、誰もこうなるなんて予測しての事ではないのだが。嫌がらせが裏目に出たというわけだ。
更に、こんな事もあろうかと向こう一週間分はアニメの予約をしてきていて良かった。用意周到と周りは笑うだろうが、この状況となった今となっては俺が周りを笑う番って事さ、へへ。これで「ザイツタミヤ事件」の様に録画予約を忘れて号泣する様な事はない。更に犯人が俺のお気に入りのアニメ監督なら、なんとしてでも見逃す!俺は二の轍を踏まないぜ。転んでもただでは起きない探偵、それが俺、超越探偵山之内徹なのさ。
そういう訳で俺は完璧に良好な精神状態でこの村での数日間を過ごした。
といっても特にやる事はないので、民宿でダラダラしたり、毎日適当に村中を散歩するのが俺達の日課になっていたのだが。記者のおっさんは割と自由に村の写真を撮ったり、いつもの様に何かカタカタとメモしたりしていた。
橋を落とした犯人がどこかにいないかと思って、村人達の額を見て回ったが、誰も「犯人」はいなかった。やはりあれは事故だったんだな。まあ、そんな事情もあり、村の連中ともすっかり仲良くなったもんだ。今では名前と顔もしっかり一致している。200人程度の町だから、英単語に比べたら簡単なもんさ。
今日も村を歩いていると、ほら、誰もが話しかけてくる。
「やあ、山之内君、こんにちは」
村役場の・・・・頭の薄いおっさん。
「村上さん。失礼な事考えちゃダメ」
横で真由美が呟く。
「これは少年探偵君。お散歩かい?」
村の駐在の・・・・ノッポのおっさん。
「川田さん」
「葉書かい?どこでも届けるよ」
郵便局員の・・・・出っ歯のおっさん。
「堀さん」
「悪い所はないかい?いつでも診るよ」
村の開業医の・・・・太ったおっさん
「相川さん」
八百屋のおっさん。
「大塚さん」
おっさん。
「屋代さん」
太田ソドムさん。
「大屋さん」
まあそんなこんなですっかり俺達は村に馴染んでいる訳なのである。
ちなみに俺が探偵だと言いふらしたのは勿論真由美な。
前に述べた通り、村長の家は結構な洋風で、あと何件かは似たような形の家もあったが、他の家は大体が瓦屋根の純和風の造りだ。総人口は200人程の小さな村だが、それでも寂れた雰囲気は一切なく、村には活気が溢れていた。
そして俺達は村外れにある公園と呼ぶには遊具の数が少ない(ブランコと鉄棒しかないのだ)広場へとやって来た。俺達が到着した時には、今日は土曜日なので学校は早く終わったのだろう、既にそこで塔子ちゃんと村の子供たちが遊んでいた。まあ俺達はそれを予測してここを訪れたんだがな。
俺は広場へと足を進め、声をかける。
「やあ、塔子ちゃん」
「こんにちは、探偵さん」
「またヤラれにきたのかい?」
「これはこれは恵子ちゃん。ご挨拶だな。今日は負けないぞ」
ボブヘアーで切れ長の目が最高にキュートな活発少女恵子ちゃん。
「今日は・・・・鬼ごっこ」
「楓ちゃん。望む所さ」
くせっ気で猫みたいなどんぐり眼が最高で、更にそんな外見なのに正確が内気な楓ちゃん。後ろには他の学年の女の子達もいた。田舎で、子供の数が少ないから皆でまとまって遊ぶのだ。
「ああ、みんなお揃いで、久美子ちゃんさやかちゃん絵美ちゃん怜美ちゃん美鈴ちゃん、こんにちは。ああ、柚葉ちゃんも、椿ちゃんもいたね。今日は神楽ちゃんと美鈴ちゃんはいないのかい?」
俺は全員、一人一人の目をしっかり見て挨拶をした。全員が天使見習い級に可愛かった。
・・・・ん?
なにやら視線を感じる。
すると俺の真横にいる真由美が冷ややかな視線を俺の頬に突き刺していた。
「どうしたよ?」
「なんで村の大人の人達の名前と顔は覚えられないのに、女の子となると一発なのかな」
それは何とも簡単な話だ。
「村の大人達はほら、全員同じ顔してるじゃん。分かりにくいんだよな」
「同じ顔な訳ないでしょ。皆全然違うよ」
「そうだっけ?」
俺には違いが全く分からんのだが。あ、村長は別だけどね。なんせ塔子ちゃんのお父様であらせられましますからな。
ちなみに真由美も範人もほぼ村中のおっさんの名前と顔を覚えていた。コイツら化物だよ。それかおっさんマニアだ。おっさんホルダーを用意しておっさんデッキとか作ってニヤニヤしてんだ。「ここで『精霊神の加護を授けられし古代王のおっさん』カードをリバースするぜ」とか言ってるんだ。俺には到底マネ出来ん。俺のデッキはいつでも、美少女のみだぜ。キラン。
「それで女の子の名前は一発で覚えるんだから、まあ立派なものよね」
「おう、ありがとうな」
「・・・・」
褒められて素直に礼を言う。まあ、確かに常日頃から自分でもなかなかのものだとは思っているからな。
「天使の名前はスッと頭に直接入り込んでくるのだ。神話時代の記憶が脳内にまだ残っているからかもしれん。時には名前を聞かなくても分かる時がある。額に名前が浮かぶんだ」
「本当に出来そうだから怖いよ」
ふうと小さく白い息を吐く真由美。溜息じゃあるまいし、どうした真由美?
「ほら、楓ちゃん。こっちに逃げておいで!」
「あ、ありがとうおにいちゃん。・・・・ぽ」
「ああ、楓ちゃんだけずるいー。私もー」
「よしきた。ほら、こっちへおいで」
「へへへー。・・・・ぽっ」
気が付いたら範人に俺の本来の居場所を奪われていた。塔子ちゃんグループは愚か、更に下級生の女の子ともすっかり打ち解けてやがる。勿論全員からもれなく「おにいちゃん」と呼ばれてやがる始末。
まさに範人ハーレム。
信じられん。理解出来ん。何でお前ばっかり「おにいちゃん」なんだよ。実際に妹もいやがらないくせに。そんなヤツが「おにいちゃん」なんて呼ばれてるんじゃないよ。兄でもないヤツが兄呼ばわりされるなんて、世の中間違ってるぜ。法律で禁止されればいいのに。偽警官や偽弁護士は逮捕されるんだから、偽札作ったり、食品偽装なんて社会問題じゃねえかよ、だったらさ、当然偽兄も逮捕されて然るべきだろう。なあそうだろうよ。何か俺間違った事言ってるか?ああ、ほのかな殺意が芽生える。ああああ、範人!!!!替われ!!!!!
眼から血が出る程睨めばある瞬間、俺と範人の人格が入れ替わるのではないか。そう思いにっくき詐欺師に熱い視線を送っていた俺の隣りに、遊びの輪から抜け出してきた塔子ちゃんが「ああ、疲れたー」と言って座った。天使の休息。
「おお、塔子ちゃん・・・・」
「どうも、探偵さん」
「・・・・」
「・・・・」
なんだか俺はどぎまぎしてしまった。いざ二人きりとなると何を話せばいいのやら。とりあえず、手を握ればいいのか?ダメなのか?中学生でも捕まるのか?
「あのー、私もいるんですけど」
実際真由美が隣にいるのだが、あ、いたのかって感じだ。
「まあ真由美は空気の様に当たり前に隣にいる存在だからな。昔から」
「空気が無かったら人は死ぬよ」
あ、そうか。確かに。
「まあ、そん時は俺は死ぬよ」
「・・・・」
何故か顔を赤らめる真由美。なんだなんだコイツ。さっきからちょっと様子がおかしいんじゃないのか。ひょっとしてホームシックにでもかかってるのかな?
「死ぬとか言ってさ、徹君のウソツキ・・・・」
何故かしょげている真由美。なんだからしくないな。
「あのなあ、ていうかお前は本当に特別なんだからな。昔から兄妹みたいに一緒ってのはあるけど、いないとそわそわするというか。まあいない事の方があまり無いからそう感じる事もあんまりないんだけど。うんざりしたりやってられなくなる事もそりゃああるけどそれでもやっぱりどうしたって離れられないというか、絶対一緒というか、傍にいると心の底からホッとするというか。最近はよく分からんがお前がクラスで他の男子とかと楽しそうに喋っていると胸がチクチクするし、そういう時、直ぐにその席まで行ってお前の手を取って攫って行ってやりたい願望にかられ・・・・」
「やめて、徹君もうやめて!!!もう分かったから!!!!!もう十分ですから!!!!勘弁してください!!!!!私の乙女成分がオーバーヒートしちゃうから!!!」
湯気が出そうな程顔を真っ赤にさせ叫ぶ真由美。なんだなんだ、本当にどうしたんだ?
「おい、真由美どうした。熱でもあるのか?」
俺は心配になって熱を測ろうと、自分の額と真由美の額をくっつけた。
「ぎゃああああああああ!!!」
およそ年頃の女子が上げて良い類ではない悲鳴を上げ、真由美はへなへなと地面に腰を下ろした。おいおい本当に大丈夫かよ。どうしたってんだ?
まあ、しばらく放って置けば元に戻るだろう。
俺と真由美のよく分からんやりとりを楽しそうに眺めている塔子ちゃん。大きく伸びをする。
「あー、明日が楽しみだなあ」
「ん、何で?」
俺は普通に聞き返す。塔子ちゃんの隣に腰掛ける。雪が積もっている地面なので、お尻が冷たい。この村の子共は結構薄着だから感心するよ。
「だって、明日はハロウィンだもん」
「ハロウィン」
これは意外な単語が出た。こんな田舎の村でそんなハイカラ?な単語が出てくるとは。
だがそう言われれば明日は確かに10月31日。こんな村でハロウィンなんて洋風なイベントが行われている事に俺は驚きを覚えた。まだ軽くふらふらしている真由美も同じ考えの様で、ちょっと目を丸くしている。
まあ確かに村長の家は結構な洋風建築だし、他にもちらほらペンションみたいな家はあるからな、純日本的な文化よりも意識的に外来文化を取り入れているのかもしれん。
「ハロウィン好きなの?」
少し熱が冷めたのか、真由美が俺の隣から顔を出して聞く。
「うーーん。別に」
「あら、別に好きじゃないのに楽しみなんだ」
「うん、それとこれとは別問題だから」
「なるほどねえ」
なるほど、分からん。これもまたガールズトークなのか。俺にはよく分からんぞ。真由美には理解出来ているのだろうか。「別に好きじゃないけど楽しみな日」なんてあるか?
だけど、ハロウィンかあ。そういや小さい頃真由美の家でハロウィンをした事があったなあ。ちょっとした仮装をして真由美の家族や使用人の部屋の扉を叩いては「トリックオアトリート」と言って回る。
扉が開くと何故か全員が全身完璧なゾンビの仮装(というかほぼ本物に近い特殊メイク)をしていて俺は大泣きした事を覚えている。
「何でゾンビだったんだろうな」
「あれ、私が頼んだんだよ。ゾンビの恰好して待っててって」
衝撃の事実だった。
「え?何で?俺あれの所為で大泣きしたよ?おしっこもじゃんじゃん漏らしまくったし・・・・」
「その様子を隠し撮りしていて徹君が帰った後に家族、使用人全員でその映像を観て大笑いしたんだよ」
「川原家ええええええええええええ!!!!!」
驚天動地の真相だ。何してんだよそれ。訳分かんねえよ。
「おじいちゃんなんて今でも年に二回は観て大爆笑して『これが長生きの秘訣じゃわい』なんて言ってるよ」
「うおおおおおお!!」
俺は両の拳で地面を叩きまくった。地球よ、割れろ。そしてその穴に俺は入りたい。そして死んでしまいたい。それからしばらく俺は放心状態だったのは言うまでもあるまい。
「しかし、塔子ちゃんがハロウィンね」
気を取り直して、塔子ちゃんが全身真っ黒の魔女のコスプレをしている姿を俺は想像してみる。スカートは勿論ミニ。魔女の靴の下には赤と白のストライプの靴下。箒をまたいで颯爽と登場。そして上目使いで俺に言うのだ。
「・・・・トリックオアトリート」
お菓子か悪戯か・・・・。
そりゃあ当然、、、、、、、、、悪戯でしょうよ。
気が付くと真由美が俺の事をじーっと見つめていた。おやおや、いけませんね。こいつはまた俺の心を読みましたね。
おいたは・・・・いけませんよ。
「でも、ちょうど探偵さんが来てくれて助かったよ」
「え、何で?」
「フフフ、ヒミツ」
その大人びた表情に俺は思わずドキッとした。そして塔子ちゃんはそのまま遊びの輪に戻っていった。ふふ。天使はきまぐれだぜ、フフフ。更に真由美に視線を戻すと真由美もいない。遊びの輪に加わっていた。
おお・・・・。なんか・・・・寂しいね。
「やあ」
入れ替わりに外の道から村長が歩いてやってきた。俺は「こんにちは」と会釈をする。
「どうだい。村の生活には慣れたかい」
なんだか移住してきた様な問われ方だが、俺は正直に自分の考えを述べた。
「のんびりしていて好きですね、時間がゆっくり流れているというか。こんなに雪が積もっているのを見るのも初めてですし。天使達にも癒されますし。後はアニメが充実していれば文句なしなんですが」
「天使?アニメ?・・・・まあ、気に入ってくれて嬉しいよ」
辺境の村だと散々表現しているが、勿論送電線は通っているし、テレビもある。ただチャンネルが極端に少ないだけだ。
「でもね」
村長は「でも」という接続詞でその後の台詞を繋いだ。
「この村はこの村で大変さ。狭ければ狭い程ね」
それは今まで村長が見せた事の無い少し陰のある表情だった。
ふうん。まあ確かに良い所だけれど、実際ここで生活するとなると色々苦労はあるだろう。それは推して量るべきか。どこにでも存在する事情ではあるんだろうけどな。
「最近畑が荒らされていてね。農作物が盗まれていたりするんだ。それを子供達の悪戯じゃないかって疑っている人もいてね。それが本当なら怒らないとダメだからね」
「ああ、それはきっとアレですね」
「え?」
そして俺は村の外、木が生い茂っている山の入り口を指差す。
そこには一匹の猿がいた。その額には「犯人」の文字。
「本当かい?」
「ええ。だって顔に書いてありますから」
それも、村長から畑泥棒の話を聞いた瞬間に目の前で浮かび上がったのだ。確実に俺にとっての現行犯だ。
俺の顔をしばらく眺めて、村長は言った。
「川原君の言う通りだな。名探偵だ」
「いいえ、それ程でもありませんよ」
そう言って俺達は訳もなく笑いあう。
「それに塔子ちゃん良い子じゃないですか。そんな悪い事しませんよ」
「そうかい。でも最近は片付けをしてくれなくてね」
ほう。そんな事が。
「だからうちの家は君達の歓迎会のままの飾り付けなんだよ。せめてくす玉くらい片付けてくれと言ってるんだが、言う事を聞きやしない」
「へー、想像つかないですね」
そこで俺はふと先程の塔子ちゃんとの会話を思い出した。
「ハロウィンパーティーでもするんじゃないんですか?」
だが、村長は首を横に振る。
「そんな事聞いてないな。それに今までだってやった事もないし」
「そうですか」
やはりハロウィンパーティーをする訳じゃないんだな。
そうしてしばらく俺と村長は広場で遊ぶ子供達を眺めていたのだった。
「ああ、それはまあ色々あるよ」
お世話になっている民宿へと戻ってきた俺は村長との会話を真由美達に話した。真由美は俺達の男部屋にやってきて寝る前までゴロゴロするというのが定例となっている。
「どこにでもある事なんだろうけどね」
「オレ達みたいに何日か滞在するくらいならともかくな」
真由美も範人も基本俺と同じ意見である。まあ、よそ者の立場から言える言葉なんてそんなもんだ。誰も無責任が好きじゃないから、結局意見は無難なものに統一される。
「狭い村だから、やっぱり勢力とかあるみたいだよ。村長は派閥を持たないしどこにも属さない中立主義だから別だけど、この村にはいくつか勢力があって。お医者さんの相川さん勢力でしょ、あとは村役場の・・・・」
「あ、それは全然興味ないから」
この村の内情を説明しようとする真由美を俺は右手で制す。ていうかコイツも範人とは違う意味で人の懐に入り込むのが上手い。この短期間でそこまで情報を引き出すとは、まるでくの一だな。まあ何にしろ、俺達は明後日には帰るのだ。この村はあの村長がいれば大丈夫だろう。
おお、いかんいかん。軽い感傷を覚えた俺は気を取り直す。何を俺は平和でのどかな自然と人々に囲まれただけで毒を失っているんだ。こんな事で中学二年生がこの時期のみ保持する事が出来る貴重な成分が薄まってしまっては大変だ。ソウルフレンドであるブルマ委員長の津村君に笑われるぜ。ここは少し悪ぶっておかないとな、うん。
「へへん。橋が復旧したらこんなケーブルテレビのアニメ専門チャンネルの無いちんけな村なんておさらばだぜ!へへん!」
「あ、徹君が数日の村暮らしで中学二年生が保持する毒素を抜かれた事に気が付いて、今になって悪ぶっている」
「その考え方がまず中二だな」
簡単に見透かされてしまった。ううむ。「中二、中二を知る」とはまさにこの事か。