一話(三)
地平線から太陽が身をせり出す。忌々しい太陽が。小鳥たちが軽やかに鳴いた。朝だ、新しい朝だ、と。
アーデルハイトは数歩後ずさった。彼女の立つ位置に落ちる影が少しずつその大きさを縮める中で、知らぬうちに己の体を強く抱きしめていた。どれほど努力しても、彼女には震えが止められない。
柔らかな緑の瞳が、彼女を見ていた。心配げなツァハリーアスに、アーデルハイトは首を振る。終わりにするのだ。終わりにすると、決めたのだ。誰でもない、彼女自身が。
「アーデルハイト」
彼の呼ぶその名前が愛おしい。アーデルハイトは思う。きっと、こうやって呼ばれるのも、これが最後だ。
太陽が地平線を離れる早さに従って、小さくなり続ける黒い影から、アーデルハイトが一歩を踏み出した。途端に容赦を知らない光が剥き出しの手に、首に、顔に、突き刺さる。それは皮膚を焼き、皮をめくり、それだけでは飽き足らず、さらなる奥まで傷つけてやろうと牙を剥く。肉の焼ける香ばしくも胸の悪くなるような臭いが生まれて、そして拡散した。
これで良いのだ。痛みと共にアーデルハイトは満足を覚えようとしていた。これで彼は知るだろう。彼女が真実化け物であることを。そして彼女を嫌悪するだろう。それで良い。彼は人間なのだ。自分などとは、違う。人間である彼は人間だけの世界で生きるのが幸せだ。黒いカラスが白いカラスを排斥したように、どう頑張っても「違う」ものは一緒にはいられないのだ。アーデルハイトは納得しようと、努力する。彼が私を傍に置いたことを後悔する前に、私の方から去るべきなのだ。
「アーデルハイト!」
先ほどとは打って変わったかのように、強い声が耳元で聞こえた。アーデルハイトが反射的に顔を上げた時にはもう、全身を襲う忌々しい日光は、彼女から退けられていた。代わりに感じるのは、暖かな温もり。
ツァハリーアスがアーデルハイトをすっぽりと抱きしめていた。それが自分を太陽から守るためなのだと気が付いた瞬間、アーデルハイトは思わず、彼の首筋に噛みついていた。




