四話
理由。アーデルハイトが小さく呟いた。
壁に取り付けられた燭台から、揺らめく炎が光を投げかけている。
けれども、月も姿を見せぬ深い夜にあっては、廊下に満ちる闇の全てを追い払うことは出来ない。
生きている、理由。再度少女が声にする。
伯爵は言った。自分が良い領主であることだけが、存在理由なのだと。
小さな蝋燭の灯りが、却って闇の深さを際立たせる。大きなガラス窓すら、この時間帯では漆黒の板のよう。
見上げるアーデルハイトの目の前で、ガラスが突如音を立てた。
違う。ガラスそれ自体が音を立てたのではない。何かがぶつかって音を立てさせたのだ。その原因が、落ちていく。
窓に駆け寄った少女は、敏感に血の匂いを嗅ぎ取った。それは人間のものではない。
窓から下を覗けば、僅かに白いブチが見えた。カラスだ。それもあの白いカラスだ。
よたよたと羽を動かす彼は、以前見た時よりもずっと、弱っているように思えた。
生きている理由。アーデルハイトの唇が音を綴る。
このカラスにとって、その理由とは何なのだろう。誰にも受け入れられず、迫害され続けているのに、それでも彼は今日も明日も生きていかねばならないのだろうか。それは、何故。
この白いカラスの望みを、アーデルハイトは知っていた。それは仲間だ。けれども、彼には得られない。
その原因は、彼に白いブチがあるから。真っ黒になれない以上、彼の希望が叶うことはきっとない。
可能性のない未来に望みを抱き続けるのは、と少女は考える。とてもとても辛いことなのではないだろうか。得られぬ幸せを求めて生き続けることは、地獄そのものではないのか。
こつん、とアーデルハイトが額を窓に軽くぶつけた。その爪がガラスを引っ掻く。耳障りな音が闇に生まれる。ガラスにはカラスの血の匂い。
生きている理由。少女が呟けば、ガラスが僅かに曇った。
そもそも私は、生きているのだろうか。伯爵は生きている。カラスだって生きている。けれど、私は?




