第六章 明日の明日のまた明日
「俺は…」
呆気にとられながら、イシオスはアズロをただ眺める。
アズロの微笑みに全くと言っていいほど怒気が無いことが、不思議に思えた。
「……貴方は、どうして笑っていられるんですか?」
問えば、のんびりした口調で返される。
「何度か、こういうことがあったからね。慣れているし、仕方ないとも思ってる」
「仕方ない?」
「こういう立場に居て、いろんな土地を制していたら、恨みを買わないほうが可笑しい。たくさんの人に憎まれることを、私はしてきたから…もし仮に君に殺されたとしても、それはそれで因果かなと思ったり」
ふわあ、と小さくあくびをしたアズロの表情は自然で、イシオスは思わず苦笑した。
「だけど、貴方は殺されてくれなかったですよね」
「そだね。私は今、死ぬわけにはいかないんだ。そして君も、死なせたくない」
「――は?」
わけがわからない、という眼差しを向けたイシオスに、アズロは柔らかく微笑む。
「………ねえ、イシオス。私には、妹がいたんだ。ちょっと凶暴だけれど…争いを好まない、優しい子だった。その子は昔、ある一部隊に殺されてしまってね…私は、妹を殺したその部隊全員に激しい怒りと…憎悪を向けた。……気がついたら、辺りの草むらは一面真っ赤に染まっていて……やけに、静かだったよ。――…ある人が後方からそれを見ていてね、私は、部隊が絶命してからも死体に向けて異能を振るい続けていたらしい。……私がしたことは、復讐には程遠い、ただの殺戮だ。
…私は、死んだほうがきっと楽なんだと思う。こびりついて離れないあの記憶から、逃れられるかもしれないしね。
………でも。…だからこそ……私は、こうして生きている」
*
淡く深い瞳の色は、外見のあどけなさとアンバランスで。
イシオスは一瞬、息を飲んだ。
この人の瞳は、どこを眺めているのだろう。
「アズロ様…?」
揺らいだ声音を察したのか、アズロはふわりと微笑む。
「…首、痛むよね。ちょっとそこに座ってくれる? 薬を塗ってから、湿布代わりにこの葉を…薬効が……えーと」
備え付けの引き出しの中をごそごそと漁るアズロの背に向かって、イシオスはそっと口を開いた。
「――…リゲル様は、俺の双子の兄の仇なんです」
「………そう」
「俺の兄は、危険能力者であることが発覚してから、ヴァルドの異能者管理施設に収容されて…その抹殺処分を下したのがリゲル様でした。…俺はリゲル様に復讐しようと忍び込み、あっけなく掴まって処分されるところを、リゲル様の暗部への引き抜きによって免れました」
「………」
「…リゲル様と、貴方は少し似ている。お二人とも、甘いんですよね。呆れるくらいに」
「…そう、かな?」
首を捻ったアズロを見据えて、イシオスは力強く首肯する。
「ええ、馬鹿です」
それから、何かを考えるように、長い溜め息を吐いた。




