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第五章 我らは民


〜4.夢現〜




 先程まで晴れていた空に鉛色の雲が広がり始めた頃、二人はセレス集落の入り口へと降り立った。


 荒らされた様子は無い。


 血の臭いも漂っていない。


 ただ──…




「……音が、無いね…」


「…ああ」




 集落の子供たちがはしゃぎ回る声、洗濯板の水音、薪割りの音、煮炊きの音──


 生活音全てが、集落からかき消えていた。




 いつもなら見受けられるはずの集落の人々の姿も、何処にもない。


 まるで、誰も住んでいない枯れた村のよう──…






「…アズロ」


「わかった。僕は一軒ずつ回ってみるから、君はアラマンダのところに。…急いで」






.







…嫌な、予感がした。

一軒目のドアをノックしても、物音一つしない。


おそるおそる、木材製の扉を開くと、そこには――…


「――…っ! 起きて! 起きるんだっ、エミィ! ファロ!」


折り重なって、倒れていた。


まだ年若い、双子の兄妹が、そこには――…


「………」


小さく首を振ると、アズロは二軒目の扉へと手をかけて――


三軒目、四軒目、七軒目、十軒目…。


皆…皆、死んでいた。


ある者は戸口へ向かって片腕を伸ばしたまま。

…ある者は、喉をかきむしるように。


「……う…あ……」


上手く息が吸えなくなり、呼吸が荒くなる。


何度もあちこちにぶつかりながら、薪の山を蹴倒して、アズロは走った。


あとは、アラマンダの待つ我が家だけ――。









「ジェイ…っ、ジェーイっ! アミィはっ!?」


 息を切らして辿り着いたその場所で、アズロは確かにアラマンダの声を聞いた。

 聞いたのだ、が――…


「ア…ズロ…」


 それは、とてもとてもか細い、声で…

 横には、呆然と座り込んだジェイが居た。


「上空…からしゅう…げき…が… あった…わ…。だから…此処の全部の家の屋根に…新たな結界…張って…みんなには…避難…を……ッ、く…」


「アズロ! アラマンダが…っ、アラマンダを…助け…! この、ままじゃ…っ」


「じぇ…い…」


 アラマンダは額に流れる汗を片手で拭いながら、もう一方の手で憔悴しきったジェイの額にそっと触れた。


「ふた…りとも… 無事で…よかっ…た…。……ね、ジェイ…アズ……落ち…ついて…? わたし…まだ…も…すこし……」


 まだ、もう少しは持つから――。

 そう小さく吐き出して、事の子細を二人に語る。


 アズロは必死にラナンキュラスの治癒術を行使しながら。ジェイはアラマンダの手を握りしめ、精一杯のリリーを注ぎながら、小さな祈りのような話に耳を預けた。








「みんな…避難…でき、たんだけど…」


 問題は、その後だったようだ。


 屋内に避難してから少し経った後、紫色の霧のようなものが屋内にまで漂ってきたという。

 その霧に毒素を嗅ぎ取ったアラマンダはすぐに集落中を見て回ったが、その時には既に皆、息絶えていたらしい。

 幸か不幸か、ラナンキュラス独自の自浄作用を持つアラマンダだけが、今この瞬間まで生きることができた、と…。


 ――毒素はアラマンダが考えるに、おそらく速効性のもの、解毒方法は試してみたが見つからない。

 ラナンキュラスの解毒薬も効かないと…


「ね…アズロ… もういい……もう、いいよ……。それ…より…、これ、を――」


 アラマンダは、懐からあの首飾り…長である印の、あの首飾りを取り出すと、震える両手で、アズロにそっと握らせる。


「ねえ…アズロ…ジェイ… 聴いて? あのね……わたし… …みんな…にはね、笑って、て、ほしい…の…」


「アミィ」

「アラマンダ…っ」


「だから…ね。ふたり…とも… 今日を、明日を、その…先も…ずっと、ずーっと、笑顔で…迎え…て…。…だれ…のことも…憎ま…ないで… ずっと…優しい…ふたりで……」


「アミィ…」

「アラマンダっっ! アラマンダっ!! …っアミィ! 逝くな…っ」


「アズロ…だいすき…よ…、ジェイ……あい…して…る…――……」




 ――アリガトウ――




 …小さな、ちいさな、ささやきを遺して。

 アラマンダは、逝った。




「アミィ――――ッッ!!!!!」





 ポツリ、ポツリ。


 外の雨音を掻き消すような雄叫びが、ただ空しく、木霊していた。










 ギィ…


 放心したように佇んだままのジェイを横目に、アズロは緩慢な仕草で外へ出る。


 紫の霧、アラマンダたち皆を死に至らしめたその霧は、今はどこにも見当たらない。


 ――アズロは妹を失ってもなお冷静な自分に今までに感じたことのない何かもやもやしたものを感じながら、くすりと微笑んだ。


 ああ、ジェイのように叫ぶことができないのは何故だろう。

 どこまでも冷静であれ。

 かつてエドゥカドル老に言われたままに、自分は…


 …でも、僕はそれでいい。


 アズロは集落の外れまで歩を進めると、すっと息を吸い込み、朗々とした声で《気配》に問いかけた。




「お待ちなさい、そこの部隊。…問います、一体ここに何をしました」




 ――問いに答えたのは、薄ら笑いを浮かべた黒装束の者たちだった。




「ふん、今頃会場で挟み撃ちにされて死んでる指導者と付き人以外全員がかかったと思ったら…偶然出かけてたってやつがいたのか。…まあいい。どうせお前も今から殺すんだ。教えてやるさ」


「……」


「毒と能力の調合品だよ。異能者の恨み…負の力がたっぷり篭ったシロモノさ。小瓶の蓋を開けると霧が発生し、場に居る者に毒の呪詛を刻む。普通の人間なら即死、毒に耐性がある奴でも一時間ってとこか」


「ふむ…なるほど? 国が、捕らえていた異能者たちを解放するというのも嘘でしたか」


「そりゃ嘘に決まってるだろうが」


「ほう…。…して、あなた達は、何故こんなことを? 命令ですか?」


「命令? ああ、そうだな。俺らは罪人部隊。自由は無いが、これをやれば釈放してもらえるって話だったからな。…まあ、真偽はどうだか解らんが…それでも十分意義はある」


「意義?」


「好き勝手に殺せるって意義がな! はははっ、異能者ってのは恰好な獲物なんだぜ? 一般能力者と違って、殺しても罪にはならねぇしな。愉快なもんだ」




 ――愉快。


 その言葉。

 下卑た笑い。

 染み付いた血の、臭い。


 アズロは、自分の中に、何かどろどろとしたものが渦巻くのを感じていた。


 声音が、低く、なる――…




「愉快、ですか。みんな…まだ歳も若い者達ばかりだというのに…突然命を奪われてしまうなんて…。小さな子だっていたんだ…。目を輝かせて慕ってくる、たくさんの子がいたんですよ…? …それに…アラマンダは…僕の妹は、僕らが来た時まだ生きてた。僕と同じで毒に耐性があるから…苦しかっただろうね。…でも、最期に僕らに笑ったんだよ。渾身の力で。……まさかそんなことが、楽しいとでも…?」


「あぁ? それこそが醍醐味だろうが」











 ――ダイゴミ?


 ナン…ダッテ……?




 ――…フザ…ケルナ…


 フザケルナ…


 アラマンダ、コロシタヤツラ……


 殺して、やる――…!




「……降りしきれ、氷柱。舞い踊れ、真空の牙…」







 氷の刃が、風の牙が、止まず降り踊って。


 紅い霧が現れては、豪雨と化した雨に消えていった。




「……」




 幾つもの命が、枯れていく。


 悲鳴と動揺の叫びは、瞬く間に静けさに変わって。


 


 何をするでもなく、ただ佇んで術を発動させ続けるのは、この手――…。














「――もう…いい」




「……」




「もういいんだ。皆死んでる。……頼む、止めてくれ。…これ以上続けたら、今度はお前が死んでしまう」




 声に、振り返ることは出来なかった。


 地に膝を落として、虚ろな瞳で前方だけを眺めて。




「ははは…あははは……あはははははは…っ」




 乾いた笑いを、穏やかな低音が包んだ。




「あの場から一歩も動けなかった…不甲斐ない俺の代わりに、ここを取り戻してくれてありがとうな。皆が愛し…アラマンダが最期まで案じたこの場所を、守ってくれてありがとう……アズロ」




 ジェイの瞳は、赤く腫れていて。

 それでも雨の中、いつものように、強く笑った。

 その笑みは、どこかアラマンダと似ていて――…




「う…っく……う…あ……うわあぁああぁぁぁぁーーーっ!!」




 解らなかった。後で解った。


 それは、慟哭というのだと。







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