序章3
〜第2幕.お許しください〜
「たたたた大変ですー!」
広大な敷地を持つ総合学府。
その校舎の一つに併設された研究棟に、大きな叫び声が木霊する。
静かな場にそぐわない声とともに息を切らして現れた若い講師が、書類作業から顔を上げた魔術学部の学部長へと泣きついていた。
「どうした、そんなに慌てて」
至極落ち着いた表情で応答した学部長に、講師は震える声で話し始める。
「学長が…学長が……!!」
初老の学部長は、若干瞳を潤ませているらしい講師をなだめるように穏やかに微笑んだ。
「何、またあの人が何かやらかしたのか。本当に懲りない人だな。才能は有り余っているんだから、それを少し常識と良識に分けてやればいいものを。……まぁ、世界よりも広大な心で許してやってくれ。君はまだここに来て日も浅いから驚きも大きいかもしれないが、あの人のやることにいちいち驚いたり怒っていたら身が持たないぞ」
学部長の言に頷きつつも、酷く困ったように、講師は言葉を続ける。
「ち…違う……違うんです、今回は。…き…消えたんです。書き置きだけ残して……消えてしまったんですーー!!!ぎゃあぁぁぁぁぁぁー…消えて…跡形もなく消えてまったんですー!!!!!」
講師の最後のほうの言葉はもはや悲鳴と化しており、学部長は苦笑しながら、いつものように、何年もそうしてきたように、学長に悩まされる若き新米講師を励まそうと同調しようとして。
「ああ、そうか今度は消えたのか。……ん? 消えて……?」
そうして途中まで言いかけて、講師が伝えようとしていた何かとてつもなく厄介なことに気付いてしまった。
ふと問いかけた学部長へと、講師は事の子細を語る。
「はいぃぃぃー、消えてしまわれましたー…。『ちょっととある所に向かって転生方陣を実験してみますので、もし成功したら私の体がここから消えます。突然の失踪をお許しください☆ エスタシオン・アウィス・アクアーティカ』って走り書きが学長室にありまして……術が発動した痕跡と、奇妙な方陣が……あぁぁぁぁー…」
嗚咽とともに発せられた言葉の意図するところを認識して、しばしの間絶句した学部長は次の瞬間、講師に勝るとも劣らない盛大な雄叫びを上げた。
「……ぬわぁぁんだってぇぇぇぇー!!!」
―序章第2幕・終―