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第二章 新興国家セレス


〜4.持てる者、持たざる者〜



 城門を出、街へと足を進めたアズロは、軽く口笛を吹きながら歩いていた。

 動きの早いジェイのことだ。おそらく数日中には、アズロへと休暇が出されることだろう。

 議会は文句を言うだろうが、件の草案をまとめることもある。妥当な休暇ととってもらえるかもしれない。

 せっかくの休暇に、嘘八百の草案を纏める気なんてさらさら無いが、そういう認識をしてもらえれば助かることこの上ない。


 さて、何をしようか…。

 考えながら歩を進めていると、ドン、と何かにぶつかった。

 下半身だけがぶつかったことを考えると、子供だろうか?

 走ってきたのか、勢いは強かった。

 アズロがふと下を見やると、案の定、幼い子と目が合った。

 子供は、額の辺りを軽くさすっている。


「ごめんね、大丈夫? ぼうっと歩いていたから……怪我はないかい?」


 アズロがしゃがみこんで問うと、その子供はにっこりと笑った。


「うん、だいじょうぶ。ごめんなさい、お兄さん。ぼく、早く迎えに行きたくって…」


「ん? 迎えに?」


 アズロは、ふと歩いてきた方角を見やる。

 そこにあるのは、先ほど自分が出てきた城門で。

 なるほど、と、手を叩いた。

 そういえば他にも、最近国に帰ってきた遠征部隊がいたはずだ。


「…なら、早く行ってあげるといい。中は入れない場所も多いけど、城門前の広場で待っててあげれば、そのうち出て――…え?」


 子供に話しかけている途中で、目の前の子供が急に消えて、アズロは目を瞬かせた。

 立ち上がって、辺りを見回して、目の前を見て、そうして、かけられた声に驚いて、苦笑する。


 後ろから走ってきたらしい女性が、子供をしっかりと腕にかかえて、何度も頭を下げていた。


「すみませんっ! うちの子がご迷惑を…! あの…この子もわざとではないんです、どうか、どうかお許しを…!!」












「えっと…その、とりあえず、落ち着いてください。僕は怪我も何もしてませんから」


 アズロは女性へと微笑みかけると、抱えられた子供の頭を撫でた。子供はくすぐったそうにしながら、屈託のない笑顔を見せる。

 女性はその様子を珍しそうに見つめながら、不思議そうに呟いた。


「…あなたは、能力者様ですよね? 服の…その肩の印…。それに、その階級章…」


「うわ…肩布がずれてたんだ。ぶつかった時かな…」







 アズロは改めて身繕いをすると、困ったような笑いを浮かべて、頭をかきながら女性を見つめる。


「確かに…私は、一般の方と違った力は使えます。若輩者ながら恐縮ですが、軍でも…この身にはもったいないくらいの地位を頂きました。けど、それだけです」











 この国…セレスでは、異能者のことを能力者と呼称する。セレスの発展に、異能者の支えが深く関わっていたことが大きい。

 様々な地方で迫害されていた彼らに、彼らの保護に、この国は目を向けた。近年、領土を拡大できたのも、その理由が大きい。

 国は、数々の武勲をたててそれ相応の地位を与えられた彼らを、敬意と羨望と、渦巻く負の感情とを全てこめて、能力者と呼んだ。


 しかし――…

 各地で迫害されていた彼らの中には、セレスで地位を得、のし上がった途端に豹変してしまう者も多かった。今まで彼らがされてきたことを、侮蔑の眼差しを、民衆へと向けることも少なくはなかった。

 彼らは、彼ら以外の…異能者以外の者たちを、無能者と呼んで嘲り始め、セレスにおける「能力者(異能者)」と「一般能力者(リリーを持つ者)」との間に生じた溝は、年々深くなってきている。


 王を始めとする一部の人間と、彼らの横柄な態度に疑問を覚える少数の能力者たちは、こういった問題の解決に尽力しているが、根本的な解決には至っていなかった。

 セレスの国土拡大があるのは、彼らがあるから、というのも事実。国民がなければ国が動かないというのも事実。双方とも、むげに扱うわけにはいかない。

 決まりごとをつくったところで、それが意味をなさないのもまた、事実だった。













 ……一度言葉を切って、息を吸って、それからアズロは歌うように言った。


「自分がぼうっと歩いていてぶつかったのに、人に謝らせるような地位や権利なんて持ってませんし、そんな権力があったとしたら、私は撲滅運動にでも参加してますよ。あ、なんならご一緒にどうです? あなたみたいな素敵なお姉さんとご一緒できたら嬉しいなぁ〜」


 冗談半分に言葉を紡ぐと、女性はぷっと吹き出した。

 既に地面に下ろされた子供は、女性と手を繋ぎながら、不思議そうに女性のしぐさを眺めている。






「あはは、あなたは面白い方ですね。珍しい方です。夫も、あなたみたいな人の部下だったら良かったのに……。…夫を迎えに、城門まで行くところだったんです。息子も夫の帰還をとても喜んでいて…」


 女性は、隣同士の家の者同士がするように、アズロに軽く頭を下げると、先ほどの様子とは打って変わった朗らかな笑顔で別れを告げた。


「じゃあ、そろそろ行きますね。ぶつかっちゃってごめんなさい。さ、待たせてごめんね、ラッド、そろそろ行くわよ」


 息子の手を引くと、城門へと楽しそうに歩いていく。

 途中、二人とも振り返ると、アズロに向かって笑顔で手を振った。












 二人の背中を見守っていたアズロは、嬉しそうに、照れるように、何度か手を振り返して。

 ――…そして、ふと真剣な表情になって踵を返した。


 空のような、澄んだ水のような髪の色が、陰を受けて少しだけ暗くなる。

 ふぅ、と溜息をつくと、喧騒の大通りを抜け、街からそう遠くない遠見の高台へと足を速めた。











 ザァ、と、そよぐ。

 草が、樹が。

 心地よい風が通り抜ける高台の一番上。

 そのさらに上の屋根に登って、流れる風を受けながら、アズロは歌った。


 ここなら、風に掻き消えて下にいる者には聞こえない。

 この時間は比較的、上には人も登って来ない。

 だから、久しぶりに歌ってみた。


「鳥は…」


 そっと、呟くように歌い出し、少しずつ、少しずつ、声を出してみる。

 忘れているかもしれないと感じていたフレーズは、自然と口へ伝わってきた。


「鳥は民、星の民…古を紡ぎ現を……」


 一音一音紡ぎしは、記憶に眠る遠い歌。












 鳥は民

 星の民

 古を紡ぎ

 現を謡う


 遠い涙を礎に

 降り立ち住まうは蒼の里

 有に生まれ空に生き

 灰に眠り魂に還る

 記憶へ去りし唄の民


 祈り謡えよ長しえに

 流れ歩めよ守り子よ


 誓い支えしその調べ…













「…響き集いて時となる…」


 最後まで歌い、アズロは小さく溜息をつく。




 

「……時となる、か」












「…水は低きに就く。それでも…」


 





 


 アズロは遠い空を見上げると、深い緑の瞳を見開いた。

 風ではりつく空色の髪を、左手でそっと掻き分ける。









「きっと、まだ、解らないことのほうが多いんだ」











 脳裏に焼きつく遥かな故郷へ柔らかく微笑むと、高台から一気に飛び降りた。


 ふわりと着地すると、ゆっくりと歩み出す。


 静かな決意の灯が、道なき時の道を照らしていた。







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