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第二章 新興国家セレス


 口々に、反応が返ってくる。

 期待通りの反応に微笑みつつ、アズロはほっと胸を撫で下ろした。

 あそこで言葉を切ったのにも、意味がある。

 そして、一人でも違った反応を示す者がいては厄介だった。

 そう…ヴァルドに関して言及するものがいては。











 ――…セレスにとって、最も脅威となる国はアーリアだった。

 かつての世界の中心・アーリアは、国力が衰えた今でもなお、各国の畏怖の対象になっている。

 領土を大きく失った現在でも、アーリアの面積はセレスのそれに匹敵する。加えて、長い間権力を維持してきた国ゆえに、まだ何か秘策を隠しているのではないかという見解も持たれていた。


 次いで、脅威となる国はログレア。

 技術の進歩で各国を驚かせているこの国は、国力や面積は少ないながらも一目置かれていた。

 人々が先天的に持つとされる癒しの力・リリー。その力で体の傷は直せても、病気は治すことができない。

 ログレアは、そのことで研究を進めていた国だ。古来からある薬草学を発展させ、数々の新たな薬を生み出した。効果も大いに認められており、ログレアには、世界各国から訪問者が絶えない。

 薬以外にも、ログレアは様々な方面の技術の開発に勤しんでいる。

 小国ながら、ログレアが独立を保っていられるのは、これらの技術の影響が大きい。各国はログレアを属国にしたいと望みながら、その計り知れない技術に脅えている。


 …しかし、ヴァルドは別だ。

 中堅国家ヴァルドには、これといったとりえはなく、唯一挙げられることといえば、大国と大国の板ばさみになりながらも長いこと生き長らえている国という……とりえだかとりえでないのか判らないようなとりえだけだった。

 攻めれば容易に陥落するが、アーリアの存在のために、緩衝材として生かされてる国。それが、セレス軍の、ヴァルドに対する評価だった。




 実際は違う。

 ヴァルド・アーリア・ログレアの三国のうち、一番攻めにくい国はヴァルド以外のどこでもない。

 アーリアの国力は確実に衰えており、過去の威厳でなんとか保っているに過ぎない。面積は広大といえど、少しひねった策と拠点さえあれば、容易く攻められる。ログレアは技術は優れているが、その面積と人口の少なさがあだになる。策など無くても、アズロ自身が上空から攻めれば一夜にして陥落させられるだろう。

 しかし、ヴァルドはそうはいかない。

 あの国には、秘策がある。


 ――…それを知るのは、自分だけでいい。

 懐疑心と畏怖と迷信とで各国が睨み合ったまま行動に出ずにいてくれるなら、それでいいと、アズロは思っていた。戦争が起こらないなら、それに越したことはないと。


 けれど、今回ばかりは、少しだけ暗示したほうがいいのかもしれない。

 このままヴァルド侵攻を開始したら、酷いことになる。

 おそらくは…その場など見たくもないほどの…どろどろの…混戦状態に。










 アズロは少し黙った後、皆の意見に答えるために口を開いた。






「ええ……。仰るとおり、そちらの作戦のほうは完璧です。アーリアへの工作員は全員無事に到着。現在は市民を装って暮らしていますが、時が来れば動けるだけの準備は完了している、とのことです。また、特務隊によるノトスの偵察も完了。北からの…フォーレスからの合図があれば動けるように、連携の演習も行っております。潜入しやすい経路も割り出してありますし、事が起これば容易でしょう」


 ならば何故なのだ。

 方々からかかる非難の声。

 その声を聞きながら、アズロはゆっくりと言葉を続けた。


「……ヴァルドです。あの国の国力は既に察知済みでしたが、新たな問題が発生しました。……能力者です。とても強力な能力を使うものが、ヴァルドを守っています。……私も一戦交えましたが、捕獲どころか、逃げ帰るので精一杯でしたよ。偵察ではなく真剣勝負でしたら、私は生きてはいないでしょうね。それも相打ちどころではなく、完全な私の負けでしょう」











 場が、静まり返る。


「それなら、何故ヴァルドは攻めてこない?」


 誰かが言って、誰かが答えた。


「セレスとアーリアに挟まれてるからだろ。いくら能力者っつったって、一度に大国を二つも相手にはできやしないさ。ただ、自国を守る分には強力な守り手、ってとこなんだろう」


 再び、場に沈黙が流れた。










 時を見計らって、アズロは話を再開した。


「……策はあります。しかし、それにはとても時間がかかります。現段階ではまだ纏まりの無いもののため、計画として出来た段階でお見せできたらと考えています。……それまでは、今までどおりのセレスの姿勢として、アーリアとのこう着状態を保つということでいかがでしょうか? 動きを見せないほうが、ヴァルドにも気取られずに済むでしょう」









 今度は、沈黙は流れなかった。

 一同は顔を見合わせ、同様に頷くと、アズロに命令した。


「わかった……時間はかかってもいい。確実に策を練り進めろ。今の報告を聞く限りでは、軍もそう易々と動かせんだろうからな。草案が纏まったなら、その時はすぐに報告に来い」


 アズロは一礼すると、微笑んで答える。


「はい、了解しました」





 そのまま部屋を出ようとしたアズロの背に、いくつかの声がかかった。

 それらの声は小さいが、聞こえないように喋っているわけではない。

 アズロが容易く聞き取れるくらいの音量だった。


「よく笑っていられるな。逃げ帰ってきたなんて、軍の恥じゃないか」

「偵察だから、いいんだろうさ」

「もともと能力だけでのし上がってきたような奴だ。色々期待しても悪いんじゃないか」

「あいつはいつもへらへら笑ってるが、とんでもないやり方で次々と各地を陥落させていく冷徹な鬼だって噂もあるぞ? お前たちの座も、そのうち喰われるんじゃないか」

「おお、なんとも怖ろしい…」


 アズロはそれらを背中で聞きながら、防音も兼ねている、入り口の分厚い扉を固定していた金具を外し、両手で扉を押して外へ出た。

 足を踏み出しながら、そっと呟く。


「…はぁ、いつもながら…雑音が多いなぁ…」


 背中によく響いてくる相手側の声に対し、こちらはアズロ本人にしか聞き取れない声量だった。

















 長い廊下を歩き、城の外へ出ると、穏やかな日差しが双眸を洗う。

 額に手をかざし、遠い空を見上げて、アズロはそっと呟いた。


「ああ…麗しのシェーナさん…。とんでもない怪物に仕立て上げてしまってすみません…。怒らないで〜、怖いから…」
















 なんとも間抜けなその呟きが、本人に届いたか否かは解らない。

 ただ同時刻、遠いフォーレスの空の下、公園で日光浴をしていたシェーナは、急にむず痒くなった鼻に何度もくしゃみをしていた。




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