師匠の妻
エルフの里
2番目の妻 ミアナ
人族の村から、少し小高い山に向かうと、そこにはたくさんのお墓が並んでいた。
村から出発し、最期に墓参りをするという師匠に、
契約者達と僕は従う。
師匠の手にしている綺麗な花束は、彼の孫が用意したもの。
墓参りをして去ると告げていたので、出発する午前中に
村の女性達や子供達が花摘みをしてくれたもの。
朝もしっかりと髭を剃って、身なりも身綺麗だ。
精霊達に、汚れを取ってくれるよう頼んでいたし、
どこから見ても、渋い老人だが、勇者だ。
契約者達と僕は、師匠が静かに墓参りを望んでいるだろうと
振り向いても直ぐに見えない位置まで下がっている。
9年毎年訪れているが、今年はこれで最期になるのだからと契約者達と
気を利かせてつもりだ。
でも、訓練を受けているので、距離が遠くないので小さな声は風に乗って運ばれてしまう。
師匠の切ない気持ちの言葉が、契約者達と僕には切なくて。
「若い時は、人を信じられなくなったり、いろいろあったけど。
お前が80年付き添ってくれて助かった。
お前がいなかったら、俺の人生始まらなかったよ。
前はこんな臭いセリフ言えなかったが、もう恥ずかしがる歳でもないしな。
生きていた頃は、悪かったな。
気が付かない男でさ。
よく怒っていたな。孫や玄孫もお前の言葉は遺伝しているぞ。
はあ・・・。
ここからの景色もこれで見納めか。
これで人生終わるとなると、寂しいものだな。
長かったな。
もうすぐお前のところに行くから、リネカ。
メムリーサと一緒に
待っていてくれ」
勇者の妻の名が刻む石の塊の前で、師匠はしゃがみこみ、両手で拝む。
しばらく何も言わず、墓石を見つめていたが
立ち上がると、その小高い山から穏やかな海を臨んだ。
「さあ、エルフの里の村へ行くか」
師匠は、僕達のところまで来ると、空元気だったが、次の村へと促した。
この世界には、あちこちの国にエルフの里はいくつかある。
隠れ里なので、滅多に辿り着くことは出来ない。
間違えずに、妻のいるトルテアの里へ行けるのは、勇者の勘だそうだ。
空を飛んでいると、「あ、この辺」とか言い始め
何もない森の上だけれど、広場を見つけて皆で降り立った。
「何者だ」
いきなり弓を前に5人くらいのエルフの狩人兼護衛達に囲まれた。
「師匠」
どうします?と契約者達と僕が師匠を見ると、彼は大きくため息を吐いた。
「あ~・・、ミアナ呼んでくれないか?ジンが来たと伝えてくれ」
毎年恒例のようなやりとり。
長寿なんだから、顔や名前で憶えてくれてもいいのにと、思うのだが
物凄く警戒心が強い。
しかも、過去勇者でも人族を苦手とする種族たちなので、中々。
「・・・。ミアナ様の夫 ジンか」
「そう。年1回の訪問で悪いけど」
「・・・・」
ようやく思い出してくれたのか、村へと誘導してくれた。
「お前ら、昨年も弓を構えたな。オレ、まだ記憶されないのかな」
「・・・・」
全く会話をしてくれる気配もない。
余程人族が苦手なようだ。
「おい、話も出来んのか。ここの村の奴は。ギルドに所属している他のエルフ達は
キサクな良い感じの奴が多いのに。ったく。いつ来ても不快だ」
大きな声で大きな愚痴を吐きながら師匠は歩いて行く。
「聞きづてならない言葉ですわね」
里の村の入り口で待っていたのか、老女のエルフが耳を振るわせてこちらを睨んでいる。
「どこぞのエルフ女にでもかどわかされました?ジン」
どこか棘のある言葉だ。
「いいや。男もいたぞ。ここよりは言葉も返してくれるいい奴さ」
飲み友達だぜと、軽く返す師匠に、老女は
「貴方はいつも他の者にうつつを抜かして」
と、怒りながらも里へと招いてくれる。
「ええ?お前といたころは、お前だけだったぞ」
「どうだか」
僕と契約者達は、文句を言い合いながらも2人で肩を並べて歩く夫婦の後ろから着いて行く。
ここまで案内してくれていたエルフの男達は、直ぐに自分達の任務に戻ったようで
姿を消していた。
村は平常通りで歓迎するほどのムードはない。
これは毎年そうだ。
どこか外から来る者として怯えがある。
エルフは、エルフ同士の交流はあるが、あまり他の種族とは交流を強く持とうという
考えがないようだ。
たまにエルフの中にも外の世界へ行く者がいて、外の物が里に入るくらいで
昔ながらの生活だ。
「そうだ。塩と砂糖を人族から仕入れてきた。デヴォラー、頼む」
『はい、主』
魔族のイケメン金髪男性が、ポケットから何かを掴んで
それを自分の前に投げる。
それは、地に着くと、大きく膨らみ、布袋が2つに変わった。
30キロはあるだろう2つの麻袋を見て、ミアナは微笑んだ。
「あなた、有難う。毎年助かるわ」
「そうだろ?オレは約束はきちんと守る男だ」
「頑固ですけどね」
「それが余計だ」
言い争う割には、仲良しだ。ふたりで笑っている。
「この村の奴は、まだ自分達以外とは交流しないのか?」
怯えながらもかなり遠くからこちらの様子を見ているエルフ達に、師匠はため息を吐く。
「仕方がないわ。外へ行く勇気ある者もいるけど、私達は基本静かに暮らしたいもの。
戦うとか魔法でどうのという攻撃的なことは、なるべく避けたいの。
でも、ここ数年は貴方が来てくれて、若い者達に外の世界の話をしてくれるから
状況は少しづつ変わっているわ。いつか、この村にもいろいろな人種と交流する日も
あると思うわ」
他のエルフの里では、人族の娘を娶ったエルフが何人かいるそうだ。
獣人の男性もいる里もいるということで、
この300年弱の間に、考え方も変わってきたのだと彼女は話してくれる。
「そろそろこの里でも何か人族の商人と交流して、いろいろ足りない物を仕入れないと
いけないのよね。何かいいアイデアはない?」
彼女が長である自分の家へ、契約者達と僕を案内し、リビングで寛いでいると
師匠の孫達がお茶やお菓子を持ってきてくれた。
「美味い」
「そうですか、良かった」
美人が多いなあと僕が話を少ししていると、師匠夫婦は
今後のエルフの在り方の相談。
師匠は、巷で人気なエルフの織物の話(たぶん他のエルフの里の特産品)や
装飾品の話をする。
「へえ、他の里もいろいろしているのね」
「ここも遅れを取り戻さないと、置いて行かれるな。他の里の物が来たら
いろいろ聞き出してはどうだ?」
「そうね」
そろそろ夕食時ということで、出掛けていた子供達(100歳は経っている見た目40代)
やその子供達、その子供達と長のリビングには師匠の血筋の者達で
いっぱいになってしまった。
「凄いな。また増えてる?」
「ははは、父上。やはり分かりますか。私の娘の孫が子供を産み」
「私の息子もそうです」
2人の実子(見た目40代)が、あれが誰だのと言い始めるが、人数が多すぎて
僕はギブアップ。
結局、毎年名前を聞いている。
「覚えられない?」
僕の隣で、お茶を注いでくれる、長男の娘の子供の孫のエルフで、見た目10歳の女の子に
上目遣いをされる。
「か、可愛いね。が、頑張って覚えるよ。君は?」
可愛らしいエルフの女の子はムッとした顔をさせる。
「もう、忘れてる。去年も教えたのよ。私は、ニーナ」
「ああ、そうそう」
毎年僕の隣に座って、エルフの里の話を聞かせてくれる子だった。
「そういえば、9年前から・・」
「そうよ。毎年この席に座っているのに。毎年名前を聞かれるなんて。
レディーに失礼よ」
ちょっと怒っている女の子の近くに小さな精霊達がふわふわと飛んできた。
『ラグちゃん。この子、ラグちゃんよりも年上よ。
主の長男の娘の子供の孫だけど、18歳よ。ニーナは、ラグ狙いだから毎年この席に
いるのよ。知らなかった?』
小さな精霊達がふよふよ飛びながら教えてくれる。
僕が首を左右に振ると、ニーナは頬を膨らませた。
「もう」
『ニーナ。ラグはまだ13歳のお子様なんだから。ニーナはお姉さんらしく』
見た目10歳の女の子に、小さな精霊達(年齢は遥か上なのだが)が諭すと
「そうね。私の方がお姉さんだもの。分かったわ」
なんて言いだしたので、僕は別のエルフの傍へ避難した。
「あ~、ちょっとラグってば。リイナの隣に行くなんて」
ニーナよりも年下で、見た目10歳弱の実年齢15歳のエルフの隣に座り込んだことで
彼女へとばっちり発生。
だけど、リイナはにっこりと微笑んで、僕の腕にくっついた。
「ふふ。リイナ役得だわ」
「離れて、リイナ」
「否よ。ニーナだけラグを独り占めは良くないわ」
ここで、弟子の奪い合いが勃発。
慌てて師匠に止めるように這いながら助けを求めると
「ラグ。どっちか奥さんにでもするか?」
お付き合いもしていないのに、もう奥さん?
「・・・まだ、早いです」
「ん~・・。そうか。あの2人は、お前のことで9年前からあんな感じだぞ。
いつか決める?両方妻でもいいそうだぞ」
師匠の言葉に、妻のミアナも頷いた。
「この世界は、一夫多妻が多いからな。あの子達の親は・・お~い、ラグに伝えておいた方がいいよ」
ミアナが彼女達の両親に顔を向けると、少し離れたところでお酒を飲んでいる4人の目が僕に向いた。
「私達は、いつでも」
「勇者の弟子だからな。大歓迎」
他の里の人達よりも、全然大丈夫のようだ。
「僕、人族ですよ」
「ははは。まだ里では気に入らないと言ってる奴もいるが、
変わってきているから大丈夫」
「そうそう。他の里の方からその里の人族と結婚した話しを聞いているけど。ラブラブだって」
「・・・・・」
後数年もすれば、きっと押しかけられそうな雰囲気に、僕は後ずさる。
「まあ、お前の人生だから。無理に押し付けないから」
その言葉に安堵の思いを浮かべると、揉めていた2人がこちらを睨んでいた。
「ラグが成人したら、追いかけるから」
「私もよ」
師匠は、大笑いして
「こちらの世界の人族の成人は、15歳。今年14歳になるから、後1年と少しか」
なんて爆弾発言をしたものだから、2人は後1年と少しねとカウントダウン
ロックオン
されてしまった。
僕は、まだ恋愛は無理ですから。