師匠の存在起源
人族の国
最初の妻 リネカ
「ここから、オレの300年の人生が始まったんだ」
海岸に降り立つと、師匠は感慨深げに辺りを見回す。
王都からは南側にある海沿いの村。
漁師が多くいる。
日に良く焼けて健康そうな人々だ。
男性は、大柄で筋肉が凄い。
女性も腕の力は大きな魚を片手で持つくらいある。
酒を飲む量も半端なく、おおらかな人達。
今まで森の中で過ごしていた僕には、海沿いで暮らすということが
あまりよく分かっていない。
9年師匠と契約者達と約束の森に住んできた。
それ以外の地には、旅行と称して魔物退治で野宿したり宿に泊まったりのもので
長く住み続ける地としては、あまり考えていなかった。
だから、今の師匠が昔この地で過ごしていたということが不思議だ。
海沿いのこの村にも師匠に連れられ年に1度来ていたが、いつも賑やか。
砂地に足跡を付けながら歩き始めると、
前方の漁港建物には人だかりができている。
大きな布地を広げて、大勢の人が騒いでいた。
『おや、主。大歓迎の文字が見えますね』
目が良い魔族男性が、一言。
『あら、凄い人ね。お祭り?』
魔族の女性が、楽しそうにしている。
「今の時期、祭りなんてあったかな?」
師匠までにこにこ笑顔で、ボケをかましている。
「違うでしょう。国で唯一の勇者が帰還なんだから。王都も近いし、
この周辺で歓迎しているということじゃないですか」
僕が補足すると、師匠は顔を赤らめた。
「うわ、マジ?嬉しいなあ」
「きっとご家族の方が皆に知らせたのかな」
(もしかしたら、死期が近いから、これが最期の訪問だと感じたのかもしれない)
「ああ、そうかも。今まではこっそりと帰っていたからな」
師匠は、気付いたかもしれない。
300年近く生きているから。
それこそ人の思惑とか、感じることが出来るからな。
港の施設に近づくと、大勢の人族が師匠と握手し、家族の下へと追いやられる。
それを12体の契約者達と僕は、静観。
彼らは、勇者が大好きなんだ。自分達の国を300年近く守り、
ときには手助けをちょこっとする等、人間身がある異世界人。
『主は、嬉しそうだな』
『我々も後を追うぞ』
契約者達がぞろぞろ後に続くと、村の子供達が一緒に並んで歩きだす。
「ねえ、勇者様はもうじき亡くなってしまうの?」
「僕たちの為に一生懸命なのに」
と、巷で噂になっている勇者の死について、どうにかならないのかと訴えてくる。
『既に神から決められた運命だ。我達が何か出来ることではない』
『たくさんお礼を言ってあげてね。』
精霊達やドラゴンの人間型男性が告げると、しゅんと項垂れた。
「そんな寂しそうな顔を見せたら、悲しむよ。たくさん幸せを貰ったなら、笑顔を見せてあげて」
僕の言葉に、子供達は頷いて、他の大人達と同じように勇者の後を追った。
師匠が住んでいた家は、今は孫の世代が住んでいた。
その孫も既に70代。白髪混じり。
孫の子供にその子供と、子孫が増えていた。
「ええ~、去年生まれた?」
「玄孫の子だから、何だろ」
玄孫の子供を抱きながら、師匠は苦笑いしている。
「ははは。わしも爺さん(勇者であり祖父)と同じ爺外見ですわ。爺さんは、わしよりも
元気そうですなあ」
「・・・、孫と同じ爺外見って、なんだかなあ」
嫌そうに発言すると、わはははと周囲が笑う。
「勇者だもん。恰好いいから、いいよ」
「そうそう。勇者爺ちゃん、自慢だもん」
ひ孫の子供達に宥められたり褒められたりで、「そうか?」と言いながら師匠は嬉しそうだ。
勇者の血を受け継いでいるものの、勇者のような力を持つ者は
この村では現れなかった。
師匠が言うには、神がこの世界で生まれた者には、異世界の力は働かないとのこと。
危機は、異世界から来た者の力でしか解決出来ない仕組みになっているようだ。
契約者達は、勝手にあちこち遊びに行くし、師匠は玄孫たちと遊んでいるので
僕はひとりで村の人達に釣りや海の男達の戦い方とかを学ぶことにした。
魚料理は美味く、楽しい一週間だった。
「ラグは、勇者の弟子になってその後は何をしたいんだ?」
村を離れる最期の夜に、宴が催された。
村の青年達がその酒の席で不思議そうに尋ねてきた。
「何をしたいか・・ということか。僕は、4歳の時に師匠に拾われて
今まで育てて貰ったのは、強くなりたいと思ったからで。
その先は、今の僕は明確な答えを持ってない」
ただ自分に力が欲しかっただけで、着いてきた。
「そうなのか?てっきり勇者の後継者だと思ってたぞ」
「ああ、俺も」
その言葉にラグは、首を左右に振る。
「勇者っていうのは、異世界から神の導きがあった人しかなれないって、聞いてる。
儀式をして召喚するのは、その国の儀式が出来る人達。
僕は、どんなに訓練しても勇者にはなれない」
ラグの言葉に、青年達は凄くガッカリしている。
「どうして、そんなにガッカリしてるの?」
「ん?ああ。勇者がそれぞれの国の偉い人が儀式を行って召喚するというのは
語り継がれていて知っている。でも、勇者が弟子を取った時は、もしかして弟子になると
勇者のような力が手に入るのかと思っていた」
周囲で話を聞いていた者達も頷く。
その内容をなんとなく聞いていた師匠は、苦笑する。
「ははは。そうそうオレのような巨大過ぎる力を持った者が存在したら、
国の均衡がおかしくなる。
神はその辺は配慮しているんだよ。ラグは、そこそこ強くなれるが、
勇者以上の力を手に入れるのは難しいと思う」
勇者の言葉に、村の者達が静かに耳を傾けている。
「この国は、もう穏やかになった。また危機が訪れたら、王が儀式をして
新たな勇者を召喚する。オレが亡くなったとしても、大丈夫」
ニカッと笑う渋くて格好良い爺さんに、皆が涙を流す。
「おいおい、何故泣くんだよ」
オロオロする勇者の爺さんに、孫は袖で涙を拭い
「爺さんは、皆が憧れる勇者なんだよ。もうすぐ死期が迫っているというから
これが最期になるかと思うと、悲しいんだよ」
女性陣がおいおい泣きだす。
「ま、まだ死んでないから、泣くな。オレは今年誕生日を迎えると、300だぞ。
もう十分生きたんだから。お前ら、いい加減にお疲れ様くらい言ってくれ」
ああ~、もう・・と、髪をガシガシ掻き毟る師匠に、村の人々はハッと何かを気付き
皆がそれぞれ順番に抱き着き会が始まった。
最初に、いきなり孫の男性に抱き着かれて、「うおっ」と、驚いて師匠は後退りしかけたが
「今まで有難う」と、大声で叫んでから体を離し、いきなり握手しておいおい泣きながら
次に並んでいた人に変わっていく。
抱き着かれて、何か叫んで、握手してというのが、参加した村人が全員終わるまで
続いた。中には小さな幼児までいた。
既に夜は遅いというのに、赤ん坊以外、勇者に会いに来た。
終わった時には、爺さんは疲れてその場でぶっ倒れて寝てしまったのだった。
次の日は、早朝出発するはずが、寝過ぎて昼に出発という慌ただしいものになった。