ご注文は、お決まりですか?
投稿サイトへの初めての投稿に加えて、処女作となっております。「処女作は読まない派」の方はそっと(Alt + left)を入力していただければ幸いです。もし物好きで、この短編を今から読もうと思った方。少々長くなっていますので、飲み物でも準備してはいかがでしょうか? それでは後書きにて。
追記(2012年11月4日):行あたりの文字数と改行に修正を加えました。
追記(2012年12月4日):こんな物に評価がいただけたようです。ありがとうございます!
追記(2013年6月3日):200PVアクセス目を頂きました。新作投稿の励みになります。
追記(2013年8月22日):200ユニークを頂きました。そろそろ投稿一年目ですか。
単純作業に嫌気が差す。この意見への賛同がどれほどもらえるかは分からない。だがしかし、考えてみて欲しい。同じ工程を延々と繰り返すのには飽き飽きしないだろうか。
「シャキっとしてください、いつものことですがペースが落ちていますよ」
さて、同じセリフの小言は何度聞いただろうかと無意味に考え込んでしまうくらいに聞き慣れたセリフだ。
上司である私に小言を投げつけるくらいにはイライラしているのであろう。顔には出さないが、精一杯の意思表示だと言わんばかりに私の目の前に【願】をばら撒いた。落涙のような形を持つそれは、ひとつひとつは決して大きい物ではない。ただ、一抱えもある数をばら撒かれれば話は別で、私の注意は完全に部下と【願】に向けられた。
「これで全てではありませんからね。まだまだ山のように届いていますから覚悟していて下さい」
やれやれ……。この数を聴くとなると死に物狂いだな。早くフカフカのベッドで休もうと考えていたのに。
「無駄なことを考える暇があるなら始めてください、わたしだって休めないんですからね!」
そう言い放った部下はまたしても、嫌気の種を私の目の前にばら撒いた。――――
静かな校舎内に授業の終了を告げるチャイムが鳴り響く。それが合図なのか、音楽記号のクレッシェンドのような生徒の声。一週間の中で最後の授業が終わると、親友同士で週末の予定を話し合ったり帰宅途中の繁華街へと向かう足音で校舎内が満ちるのは当然かもしれない。
「ねぇ、奈子。新しい雑貨屋が開店したのは知ってる? 一緒に行こうよ」
もちろん知っている。教室を後にする準備をしていた立林奈子は内心、ウキウキしていたのだが。
「ゴメン! 今日はいけないんだ。また今度誘ってよ、私だって楽しみだもん」
「ありゃ? もしかして学園祭の準備かにゃ~?」
変な語尾を付けて話すのは、奈子の友人・石川由美。どうやら、誘いを断られたことをネタにして奈子に“ちょっかい”を掛けようとしているようである。とは言っても腐れ縁。由美は既に奈子が誘いを断らなければならない理由を知っていた。
「そう、原稿を考えなくちゃいけないから。今日の無念に学園祭の日は一緒に模擬店を回ろうよ、由美」
「はぁ。頑張れ、若人よ」
毒を含まない溜息を背中に受け、少しだけ元気のない足取りで放送室に向かう奈子であった。
――――あれから何度も部下から小言の嵐が飛んできたため、真剣に仕事をしている風を装っていた。【願】を両手で包んで胸の前へ。目を閉じ意識を手の中へ。落涙の中に収められた声を聴くには、五感は出来るだけ絶っておきたい。直接耳で聴くことができないからだ。
しかし、どの【願】も声が小さい。最後まで聴こうと思っていたら途中で途切れたり、中には罵声が飛び出してくる物まである。そんなのに限って声が大きかったりするから、この仕事もなかなか楽ではない。
「『休暇を増やせ』、『金が欲しい』、『アイツが気に入らない』……。仕事で聴き続けるにはストレスの溜まる言い分ばかりですね」
同じ意見がここにも。私が仕事を真剣にやらないのは、これらの【願】が原因でもある。小言ばかりの部下にも是非、聞かせてやりたいものだ。
「そもそもわたしには聞こえませんし、どんな内容だったのかを知るだけで十分です。進んでストレスは溜めたくありませんからね」
私だってストレス解消法のひとつやふたつは持っているつもりだ。例えば、この落涙には『妻の小言が絶えない』という悩みが……
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ
「何か仰いましたか?」
私の足元にはさらに高く【願】が積もった。涙を流したいのはこちらだと言うのに、不機嫌な奴だよ、まったく。――――
奈子は、一般的に言えば真面目な性格である。今でさえ、由美と教室で別れてから迷いなく放送室へと来た。委員長が招集をかけた訳ではないが、なんとなく学園祭の準備を頑張らなくてはという思いがはたらいたからだ。
放送室のドアの前まで来ると、奈子は鍵を借りていないことを思い出した。
「う~ん、今からまた階段の往復は面倒くさいなぁ」
先ほどの喧騒が嘘のような廊下で独り言を言ったところで、反応は返ってこない。だから、例え鍵が閉まっていてドアが開かなかったとしても、その姿を知る人間は自分だけ。この状況なら、鍵のかかったドアを思いっきり開けようとして開かなくても、恥ずかしくはない。
ドアノブに手をかけ、
「失礼しまーす!」
数秒前の独り言よりも遥かに大きい声を出しながらドアを押した。
「うわっっ!!」
奈子の目には、筆記具を片手に驚いた表情の委員長が映っていた。まさか人が居るとは、と奈子は思った。
「どうしたんだよ、勢いよく入ってきて。心臓が小さくなった気分だぞ」
体勢を立て直した委員長——斉藤賢は落ち着いた声で奈子に質問した。
「え? あ、いや、鍵が開いてるとも人が居るとも思わなくて、つい……」
「誰も見てないから思いっきりドアを開けてみたくなった?」
奈子は赤面しながら頷くしかなかった。
「正直なやつだな、立林は。独りか?」
「はい。斉藤先輩もですか?」
「そうだよ。明日は土曜日だからな。少し残って原稿考えていた」
どうやら賢も奈子と同種のようである。奈子は委員会の作業で以前から気づいていたからこそ、今日という日に放送室に来たのかもしれない。類は友を呼ぶというものだろう。
「私も手伝います。まだ原稿が出来てない模擬店はどれですか?」
「ん? あぁ、助かるよ。すっかり今日はこのまま独りで作業すると思っていたからね」
「先輩は人の使い方を覚えた方がいいですよ」
「いや~耳が痛い」
「それで、どの模擬店ですか?」
「焼きそば、クレープ……あと、綿菓子だな。定番の模擬店の原稿は難しくてね。立林にはクレー……」
「綿菓子っ!!!」
「……はい?」
「綿菓子屋の原稿を考えさせてください! 是非、お願いします!」
奈子が小さかった頃、毎年の夏に催される縁日では必ず綿あめを食べていた。今となっては買うには相当の勇気がいる歳になったが、弟と言う秘密兵器で毎年の縁日を満喫していた。しかしそれもあと数年。弟が大きくなったら食べられないかもしれない。奈子の密かな悩みである。
「そこまで言うなら綿菓子屋の原稿、頼んだぞ」
「♪♪」
真面目な奈子も、味覚だけは子供の頃と変わらないようだ。
夕方と言うには少し早いそんな時間。買い物帰りの主婦が重い荷物を抱えて帰り始めるには早い時間である。
男は繁華街から住宅が立ち並ぶ静かな環境へと歩を進めていた。文系か理系かの区別はつかないが、見た目は卒業を控えた大学生の風貌である。少なくとも、スーツを着ていないことから訪問販売員ではないだろう。黙っていれば怪しまれる要素などひとつもない。
黙っていれば。
「この家はダメだ……。屋根の形が気に食わないんだよね」
時に、他人には理解されない価値観や美学がある。そんな時、熱心に説明をしてまでも分かってもらおうとする。それでも個人の価値観。無駄な労力に終わってしまう場合が多い。
どうしても理解してもらいたい時は? 答えは簡単、相手の感情を揺さぶればいい。
「う~ん、この家は外壁が白すぎるかな」
先ほどから家々を値踏みするような視線で見ながら歩く。この男なりの美学でフィルタをかけられた家は、彼の気には召さないものばかりであるようだ。
「ここも失敗かなぁ、別んとこ行こ」
言って踵を返した瞬間、男は感激した。
「Wow! これだよ、この家だよ! 屋根よし、色よし、大きさよし! 決めた、この家にしよう。久しぶりのキャンバスだ」
右手にはいつの間にかライターが握られている。左手のペットボトルにいたっては不自然な形状だ。
急に周囲を気にし始めた男ではあるが、気分が高まっているのか視覚情報だけしか取得出来なかった。もちろん、目の前の家からの家族の団欒が聞こえてくるわけがない。
「さぁ、どんな絵になるかなぁ」
男の右手がライターの火によって怪しく照らされた。
あれから数時間、自ら望んで放送室に缶詰となっていた奈子と賢。
奈子は、会心の出来で書き上げた綿菓子屋の紹介原稿と一緒に"帰宅案"も提出した。
「もうそんな時間か。立林のお陰で思ったより原稿が進んだことだし、今日は帰るか」
「褒める技より、人を使う技を身に付けてくれませんか、斉藤先輩」
少し落ち込む賢と別れ、学校を出た奈子であるが、校門のところで全速力のパトカーが目の前を通り過ぎた。あまりの速度に驚いた奈子だが、走り去っていった先が自宅のある方角だと分かると警戒せずにはいられなかった。
時刻は夕方を過ぎ、各家庭で夕食が始まろうするタイミングである。背中に臨む繁華街からも、主婦の帰る姿は見つけることができない。
住宅が立ち並ぶ環境へと近づくと、今度は救急車が猛スピードで奈子を抜いた。
パトカーに救急車。ここまで揃えば心配しない方が変である。自宅も近い、奈子は救急車のサイレンを追いかけるように走った。
――――暖簾に腕押し。部下への冗談はいつもこの諺で片付いてしまう。相変わらず小さい声の【願】を聴き続け、ルーチンワークに殺されそうだ。部下に冗談交じりの嫌味でも言ってやろうか。
「一区切りつきそうですね。休憩にしますか?」
珍しいこともあるもんだ。部下からこんなセリフを聞けたときは大抵、次に良くない事が起きると決まっているんだから。まぁ、経験則ではあるが。
「少しお待ちください。お飲み物をお持ちし…………え?」
うん? どうした、急に足元を見つめて。頭が落ちるんじゃないかと思わせるくらいに自分の足元を見ていた部下は、今度は凄く眩しい笑顔で私の顔を覗き込みながら言った。
「もうひと踏ん張りできますか? 出来ますよね? 流石ですねぇ~『神様』、尊敬してしまいます!」
その名前で呼ぶな、部下よ。それよりも飲み物を持ってきてほしいのだが……。
「臨時出張に出ます。わたしが居ないからって寝てしまったら許しませんからね。あと、すぐに戻ります。いつでも仕事が出来る準備をしておいてください!」
言い終わるのが早かったか、私の視界から部下が消えるのが早かったのか。そんなことは問題ではない。【願】の声を聴くことができない部下の、私の持ちえない特技。
“人間の不幸を見つける”こと。
この特技のせいで、私の仕事が終わらないのである。言い替えるならば、その特技のお陰で、私の仕事が成り立っている。
どうやら、今回も経験則は生きるみたいだ。――――
走った。嫌な予感を確かめて、安心できるまでは休めない。ただパトカーや救急車を見ただけならば何も思わないが、方向が方向だけに心配だ。
次第に視界を埋め尽くす人の量が増えてくる。ただの予感で終わってくれればそれでいい。だから、早く、家に!
曲がり角を折れた奈子は驚愕した。
「嘘……燃えてる……」
視界には消防車の人工的な赤と、これからさらに闇を落とす空へと伸びる大きな火柱の赤が映った。
「物騒よねぇー、放火なんて」
「そういえば最近騒がれてたよな」
「連続犯かもしれないんでしょ? 次に狙われるかと思うと怖くて怖くて」
…………………………
野次馬からの声は奈子の耳に届いているが、野次馬は奈子に気付く様子もない。皆、目の前の火事に意識を逸らされているようだ。
「あ……、み、みんなは、お父さんは、お母さんは、雄喜は」
今すぐにでも助けたい。気持ちはあっても足が動かない。消防車からの放水は、燃え広がるのを抑えているが、鎮火までにはあとどれくらいかかるのだろうか。
「なんで私の家族なの…………、なんで!」
無意識の叫びだったかもしれない。それまで耳に届いていた野次馬の声と燃える自宅から聞こえる構造物の壊れる音が急に消えた。
「ご注文は、お決まりですか?」
「え?」
奈子の声に野次馬が振り返るならまだ分かる。しかしどうだ。相変わらず野次馬の視線は奈子の家の火事に釘付けだ。
加えてこの状況。視覚は生きているのに、聴覚を得体のしれない何かに奪われた感覚。
「ご注文は、お決まりですか?」
そしてこの“音”。
「当方では、あなた様の願いを叶える準備を進めております。必要だと感じましたら、願っていただけますか?」
意味が分からない。姿の見えない誰かに話しかけられているようで、混乱している奈子にとっては不安を煽る要素でしかない。
「お時間が迫っているのでは?」
その音が聞こえた瞬間、奈子の視線は不思議と、燃えている自宅へと向けられた。今まさに屋根が大きく崩れ、先ほどから続いている放水も勢いが増した気がした。
「ただ願うだけです。強い思いを示していただければ、必ず叶えて見せましょう」
「本当なの?」
「ええ」
やっと声として絞り出した疑問を準備運動に、奈子は姿なき相手に懇願する。
「お願い、助けて……、家族を助けて!!」
短くはあったが、紛れもない、奈子の心からの願いである。
「かしこまりました。あなた様の【願】、たしかに受け取りました。今しばらくお待ち下さい」
その音を最後に、奈子の耳に届く音は野次馬の声に戻った。
――――「ただいま戻りました!」
騒がしいやつめ。
「さぁ、これが今わたしが直々に見つけた【願】です。真剣に聴いてください。そして叶えてあげてください」
部下から頼み込まれるのも久しいが、なによりも、部下が直々に持ってきた落涙には“ハズレ”がないからな。
両手の中に包んだ【願】は、既に私へと声を届けようとしている。
【お願いします、神様。家族を、どうか家族を火事から救ってください!】
うむ、これだけの声が聞こえれば十分だ。さてと、先ずは初めは……。
「“雲”をご用意しましょうか?」
えー、後でフカフカの雲で寝ようと思っていたのに。
「(ギロッ)」
え、あ、はい、是非雲を使ってください。出し惜しみなく、全力で雨を降らせるくらいの量を使って下さい。だから睨むの止めてくれません?
「それでいいんですよ♪」
そう言って背中を向けた部下は大きく息を吸い、言い放つ。
「聞こえましたね、臨時鎮火部隊! 現場の上空に停滞し、目標の鎮火を行ってください。完全に鎮火するまで帰ってきてはダメですよ? 戦力不足を感じたら随時、わたしに連絡すること! 補給部隊をすぐに向かわせます」
今まで視界のほんの少し下に存在していた雲が、まるで綿菓子のような形状となって何個も移動を開始した。その影響だろう、少し“下”を見ることができるようになった。
私は人だかりの後ろに位置している一人の少女を見守りながら、今日の睡眠の質を諦めた。――――
奈子は自宅を視界に収めてはいるが、燃え上がる物への恐怖なのか、近づけずにいた。だから、自宅を狙っている放水がこんな遠くに届くわけがないのに、奈子の周囲の地面が濡れ始めた。強風でも吹いているのか? いや、違う。
野次馬たちが一斉に暗くなった天を仰ぎだした。
「おい、雨が降ってきたぞ」
「マジかよ、こんな偶然ってあるんだな」
「それにしても強くないか、この雨? なんて言うんだっけ、えっと……」
ゲリラ豪雨。そう、奈子は心の中で呟いた。
この豪雨の助けなのか、勢いよく燃え上がっていた炎は落ち着きを見せ始め、ついには鎮火した。あっという間という言葉が似合う、そんな出来事だった。
そんな事に呆気にとられていると、いつ救出したのだろか、消防隊員が奈子の家族を抱えて出てきたのである。
「みんな!」
野次馬を押しのけて前に出る奈子。消防隊に質問を浴びせた。
「大丈夫なんですか? 家族は生きてるんですか?」
「この家の子かい? 安心しなよ、雨のお陰で鎮火が早まった。みんな無事だよ」
安心からその場に崩れた奈子の前に、吸入器を付けてストレッチャーに乗せられた奈子の家族が救急車で運ばれていく。
「よかった、本当に、よかった……。」
一筋の涙が頬を伝った。
――――フカフカの雲はどこにある?
「まだそんなこと言ってるんですか? どんな形であれ、GOサインを出したのはあなたですからね」
睨んできたのはそっちじゃないか。
「聞こえませんよー」
雨を降らした雲が固くなるのは、お前だって知っているだろう!
「助かる命を助けた神様、尊敬してしまいますぅ~」
何を言っても無駄なようだ。仕事の出来すぎる部下も考え物だな、これは。
コロン…コロン……………
「ん? どうやらお仕事はまだ終わりじゃないみたいですね。取ってきますから聴くだけきくんですよ?」
まったく、こいつは私の保護者か何かか? でも、まぁ、助ける行為に文句は言わない。悪い気はまったく無いからだ。それに…………。
「今時珍しい物が入ってましたけど」
来たか。
「だれからでしょうか? 【礼】なんて滅多に見ませんよ?」
無言で受け取る私に部下は不思議そうな目を向ける。【礼】を両手で包むころには、温かい声が聞こえてきた。
【助けてくれてありがとうございます。】
短くてよい。伝わればよい。私はこれだけで満足だ。是非、部下に直接聴かせてやりたい。
「誰からでした?」
お前がさっき直々に見つけた不幸の主からだ。とても喜んでいるよ。
「臨時出張した甲斐がありますね。たくさん感謝が聞ければもっと頑張れるんですけど」
そうだな。でも、お前はさらに頑張る必要は無いぞ? 今でも十分だと思っているからな。そう言って、これ以上仕事を増やされたくないだけなのだが。
「あ! あっちで山火事です。鎮火部隊、出番ですよ!!」
私の雲がああぁぁぁぁ…………。――――
初めまして、赤依 苺と申します。語彙も無ければ恋も無い、悲しい人間です。もし、この短編を読まれた方で何か思う事がありましたら以下にある評価や感想にてお待ちしております。それでは。