メイドさんの長髪
「はい、お嬢様。髪を乾かしてお手入れします」
美雪は風呂から上がったばかりの由那へ言った。由那は鏡の前の椅子に座った。
美雪はドライヤーを当てながら、ブラシで由那の髪を乾かし始めた。
乾いてくると、由那の本来の髪質が出てきた。ブラッシングしながら美雪は由那に言った。
「さらさらして、良い髪でいらっしゃいますね、お嬢様。若いっていいですねぇ」
由那が応えた。
「美雪だってさらさらしていい髪してるし。若いって……あ」
「どうされました?」ブラッシングを続けながら美雪が訊いた。
「そういえば、美雪って私が小さい頃から姿変わって無いわよね?」
由那が訊いた。
「そう、そうなりますね。まぁ、エルフですから」
「確かに、学校でエルフは長寿って習った。美雪は何歳? 聞いた事無かったわ」
「秘密です」美雪は困った表情で答えた。
「なんで!?」
由那はちょっととがった言い方をした。
「エルフはよほどの事が無い限り、歳は言わないのですよ」
「あたしにも言えないの?」
「そうですね」
「だからなんで?」
由那は今度は本当に口をとがらせて言った。
「エルフ種の事情という事でお許し頂けませんか?」
美雪はちょっと残念な口調で応えた。
「あたし、美雪が知りたい。知らない事あるの嫌」
由那は美雪を見上げながら言った。
「本当に申し訳ありません、お嬢様」
「さっき『よほどの事』って言ったわよね?」
「はい」
「『よほどの事』って何?」
「その時になれば分かります。その時までお待ち下さい」
「ぶー」由那は頬を膨らませていた。
「お嬢様……」
美雪はうつむいて言った。
「ちなみに、お父さんは知っているの?」
「はい。宰相閣下は存じ上げています」
「じゃぁ、お父さんは条件を満たしたわけね?」
「そうなりますね」
「お父さんはなにがあったんだろう? 歳かな? 美雪になにかしたのかな?」
由那はぶつぶつと独り言のように言った。美雪は何も言わなかった。
「んー。美雪に嫌われたくないからこれ以上聞かないけど。何か腑に落ちないなぁ」
「エルフ種の掟、というか、そんな感じでいて下さると幸いです。お嬢様に意地悪してるわけでもお嬢様が嫌いなわけでもないのです」
しばらく、美雪も由那もだまって、由那は美雪に髪を整えてもらっていた。
「はい、出来上がりました」
「ありがとう。で、代わりってわけじゃないんだけど……」
由那がすこし詰まりながら言った。
「なんでしょう?」
「美雪の髪触らせて? いじっていい?」
「……、どうぞ構いませんが」
「えへへ」由那は嬉しそうに笑った。
由那は美雪の髪に手串を入れ始めた。
「美雪の髪もさらさらして、金髪がきらきらしていいなぁ。もしかして、細い?」
由那は何度も美雪の髪をまとめては流し、まとめては流しを繰り返していた。
「お嬢様の黒髪ストレートもいいですよ。ブラシの通りが良いですし、キューティクルもきらきらしてますし」
「あ、美雪。ポニーテールほどいてもいい?」
由那が目を輝かせながら訊いた。
「お仕事中はテールにしていないと邪魔なんですが、どうぞ」
由那は美雪のポニーテールを作っているリボンをほどいた。
「うわっ。腰下まであるんだ。あたし、長いの好きだけど、まだ肩下までしか無いからなぁ」
「私も長い髪が好きなものですから、このくらいにしているのですが、さすがに仕事に差し支えるのでポニーテールにしています」
「いや、ポニーテールの美雪もストレートの美雪もどっちもいい!」
由那はそう断言した。
「そうですか」少し頬を赤らめて美雪が答えた。
「あたしもこのくらい長く伸ばしたいなぁ」
由那は今度は自分の髪をいじりながら言った。
「え? 高校を卒業して国防大学へ行ったら切らないとなりませんよ?」
「なにそれ!」視線を美雪に向けて半ば驚いたように言った。
「校則で、軍に準じなければなりませんから。そうですねぇ、少なくとも陽子くらいまでは切らないと」
「ほんとにー?」由那は目を大きく開けて訊いた。
「ご存じ有りませんでした?」
「知りたてのほやほやよ」
「えーと、周りの警護官や親衛軍の人達の髪を思い出して下さい」
「ああ、そう言われてみればばみんな髪短いわ」
「そういう事です」
「何てこと……」少し呆然として由那は言った。
「もしかして、調べていらっしゃらなかったのですか?」
「いいわ。そうしたら美雪の髪をいじって遊ぶ!」
「私の髪ですか」
「そう。いい? 美雪は絶対髪を切っちゃだめよ?」
由那は美雪の髪を指さしながら言った。
「わかりました。お嬢様のおっしゃる通りに」
美雪も自分自身が髪が長い方を好きなのを自覚しているので、すんなり応えた。
「じゃぁ、寝るわ」
由那はベットへ向かった。
道具や椅子、周辺の片付けをして、美雪が言った。
「おやすみなさいませ」