第1話 遺跡喰らい
「――らあぁぁぁッ!!」
視界の端で、黄金のたてがみが躍った。
耳をつんざくような咆哮とともに、身の丈ほどもある巨大な鉄塊――大剣が、唸りを上げて古代の石扉へと迫る。
……は?
思考が凍りついたのは一瞬。
次の瞬間、わたしは反射的に地面を蹴っていた。
腰の双剣を抜き放ち、落下してくる鉄塊の軌道上へ滑り込む。
まともに受ければ、わたしの細腕など小枝のようにへし折れる。
だが。
ガギィィィンッ!!
鼓膜を劈く金属音。
わたしは大剣の根本、力の支点となる一点を、クロスさせた双剣で受け流し、切っ先を横へと逸らした。
力で敵わなくても、重心を操作すれば。
腕力勝負を拒否された大剣は、主の制御を離れ、虚しく地面を叩き割った。
ズドン、と土煙が舞い上がる。
「っとぉ!?」
男が体勢を崩し、たたらを踏む。
わたしはその隙にバックステップで距離を取り、剣を構え直して男を睨みつけた。
「いきなり何すんだ、このアマ!」
「それはこっちの台詞よ。この子に傷がつくところだったじゃない!?」
土煙の中から現れたのは、不機嫌そうに端正な顔を歪めた男だった。
太陽の光を吸い込んだような、短く刈り上げた金髪。真昼の空の色をした、射抜くような鋭い瞳。
造形は憎らしいほど整っているが、理性の欠片も感じられない、獰猛な雄の顔立ち。
男は双剣を構えるわたしの立ち姿を一瞥し、ニヤリと口角を吊り上げた。
「……へえ。なかなかいい体捌きじゃねえか」
大剣を肩に担ぎ直す。
品定めするような目ではない。
純粋に戦士としての敬意。
「褒めても何も出ないわよ。そこを退きなさい」
「ああん?俺はこの遺跡のお宝をいただきに来たんだよ。邪魔すんなら、女でも容赦しねえぞ」
「お宝ですって?呆れた。あなたのような無知な輩ばかりだから、この子たちが悲しい思いをするのよ?」
わたしは剣を下ろすと、ツカツカと男――いや、扉の前へと歩み寄った。
そして、彼が今まさに粉砕しようとしていたレリーフを、恋人の肌を愛でるように指先でなぞる。
「怖かったわね。もう大丈夫よ」
「……は?」
刻まれたルーン文字をよしよしと撫で、涙(朝露)を拭ってやる。
どうリアクションすれば良いか困っている男に、わたしはびし!
と双剣の片方を突きつける。
「よく見て。この曲線、ただの装飾じゃない。このルーン配列は古代アークライト王朝期に流行した『星巡りの歌』よ。特にここの部分……巡礼者たちの手で摩耗した文字の丸みの、なんてセクシーなこと……!これぞ歴史のロマン、時を超えた官能だわ!」
「あ?」
「それに、この紋様!『森との和解』を込めたルーン文字を意匠化したデザイン!この芸術的価値がわからないなんて……この子たちを冒涜するにも程があるわ!野蛮!無教養!筋肉ライオン!」
男がポカンと口を開けた。
わたしは構わず双剣を収めると、扉に刻まれた古代ルーン文字に手をかざし意識を集中させる。
文字が、意味を持って脳内に流れ込んでくる。解読ではない。かつて知っていた言葉を、懐かしく思い出す感覚に近い。
『汝、静寂を愛する者ならば、道は開かれん』
これは……魔力波長の同調ね。
そっと扉に手を触れ、魔力を流し込む。
ゴゴゴゴ……と重苦しい音が響き、数百年間閉ざされていた石の扉が、傷一つ付けることなく左右に開いていった。
「……マジかよ」
背後で、男が息を呑む気配。
わたしは振り返り、ふふんと鼻を鳴らした。
「どう?これが『正しい愛し方』よ。優しくすればこの子たちはちゃんと応えてくれる」
「へっ。言うじゃねえか」
男は、バツが悪そうに、しかしどこか楽しげに笑った。
◇
遺跡の内部は、冷たく湿った空気に満ちていた。
わたしはランプを掲げ、慎重に足を進める。背後には、あの金髪の男が、当然のような顔をしてついてきていた。
「おい、姉ちゃん。名前は?」
「……ミリアよ」
「俺はブレイズだ。……なあミリア、取引しねえか?」
ブレイズはわたしの隣に並び、馴れ馴れしく言った。
「お前、頭は良さそうだが、荒事は専門外だろ?俺が護衛(盾)になってやる。その代わり、お前が道案内しろ。報酬は山分けだ」
わたしは足を止め、彼を見上げた。
圧倒的な体格差。見下ろされる威圧感に、背筋が少しだけ粟立つ。
「お断りよ」
「ああん?」
「わたしは遺跡の静寂を感じながら探索するのが好きなの。壁に刻まれた文字から、当時の暮らしを予想したり、謎掛けに挑んだり。……ああ、この子(遺跡)はこんなにも愛されていたんだなって、その想いを噛み締めたいの。あなたみたいな騒がしい野蛮人と組んだら、貴重な遺跡とわたしの時間が粉々にされる未来しか見えないわ」
「おいおい、強がり言ってんじゃねえよ。女一人で、魔物に勝てると思ってんのか?」
ブレイズが呆れたように肩をすくめる。
その態度が、わたしのプライドを逆撫でした。
「心外ね。わたし、この業界では有名なのよ?」
そう言い捨てて歩き出す。
これ以上、関わるつもりはない。わたしは孤独と遺跡を愛する探索者。誰の助けもいらないんだから。




