第7話:武蔵の“武の哲学”
■ 竹ヤリの突き叫ぶ声
米軍の空襲が日常化し、誰もが空を仰いで怯える昭和19年の昼下がり。
富士の裾野にある国民学校の校庭からは、
子供の声ではなく――
女性や老人の悲痛な叫びが響いていた。
「突けぇ! 突けぇ! 敵の腹を深く、抉り抜くのだ!」
教官の怒声に合わせ、泥だらけの民衆が竹ヤリを一斉に突き出す。
近代戦の常識からすれば、あまりにも無力で、残酷な光景だった。
宮本武蔵は校舎の影で、その光景を冷めた目で見つめていた。
傍らには、軍からあてがわれた椅子に深く腰掛ける武田信玄と、
数珠を握り締め、目を逸らすように瞑想する上杉謙信。
「……あれが、この時代の“戦”か」
武蔵が低く呟く。
その声には、嘲笑すら混じっていた。
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■ そなたらの戦ではない
「信玄、謙信。……そなたら、この軍の将らに唆され、次の戦支度を始めておるようだが、一つ言っておく」
武蔵は二人を見据えた。
「今の戦は、そなたらの戦ではない」
信玄が眉を動かす。
「何が言いたい、剣客」
「俺たちの時代、戦は“個”の武勇や、兵法の“理”があった。
だが、ここにあるのは何だ」
武蔵は校庭で竹ヤリを振る老婆を指差す。
「童や女子に竹の棒を持たせ、鋼の獣(戦車)に突っ込ませようとしておる。
そこにあるのは兵法ではない。ただの狂気だ」
武蔵の声は、冷たく、鋭かった。
「そなたらほどの器が、あのような浅はかな将らの“隠し玉”として使い潰されてよいのか。
あのような無様な殺戮に手を貸して、そなたらの誇りはどうなる」
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■ 刃を向ける相手を誤るな
信玄は沈黙した。
この数日で、昭和の軍が抱える矛盾をすでに見抜いていた。
広げすぎた戦線。
無視される補給。
“精神”という名の無策。
「我も、武蔵の言葉に異を唱える気はない」
謙信が静かに口を開く。
「この国の将らには、民を慈しむ心がない。
ただ、死を強いることのみを“戦”と心得ておる。不浄なり」
武蔵は二人の間に歩み寄り、木刀で地面を叩いた。
「刃を向ける相手を誤るな。
そなたらが真に切り伏せるべきは、海から来る敵か――
それとも、この国を、そして民を、この泥濘(泥沼)に引きずり込んだ“主”か」
その言葉は、戦国の世を勝ち抜いた二人の魂に深く響いた。
この狂った“昭和”で、
自分たちは誰のために、何のために戦うべきなのか。
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■ 英雄たちの沈黙
だが、信玄は重々しく首を振った。
「……武蔵と言ったか。貴殿の言い分、一理ある。
だが、我らにはまだ、この地の“全容”が見えぬ。
この軍を利用し、この国の喉元がどこにあるかを見定めるまでは……動くわけにはいかぬ」
「我も同じだ」
謙信が続く。
「この混乱の中で、誰が真に救われるべき民なのか。
それを見極めるまでは、毘沙門天の加護をどこへ向けるべきか決めかねる」
武蔵はふっと笑い、背を向けた。
「なるほどな。龍も虎も、慎重なことだ。
……だが、時はないぞ。この国が吐き出す血の匂いは、すでに極みに達しておる」
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■ 土方歳三の執念
そこへ、廊下の向こうから土方歳三が現れた。
三人の重苦しい空気には目もくれず、
校舎の中の“病室”へと急ぐ。
「……薬が届いたそうだ。
俺には、お前らと語り合う暇なんてねえんだよ」
土方の瞳にあるのは、
ただ一人――沖田総司を救おうとする純粋な執念だけ。
その背を見送る武蔵の瞳には、
いずれこの四人が、軍の思惑を超えて“独自の戦”を始めるであろう予感だけが灯っていた。
(第7話・了)
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