第5話:歓迎と失望
■ 狂騒の残像
昭和十九年、富士の裾野。
軍の臨時基地は、ここ数日、戦時下とは思えぬ異様な熱気に包まれていた。
「おい、聞いたか! 本物の新選組だってよ!」
「武田信玄に上杉謙信まで……。冗談だろ、鎧を着て現れたらしいぜ」
「宮本武蔵もいるって話だ。おい、見に行こうぜ!」
飢えと空襲の恐怖に晒されていた兵士たちにとって、
突如現れた「歴史上の英雄」たちは、
救世主か。
それとも、天から舞い降りた娯楽か。
その中に、ひときわ目を輝かせている青年がいた。
徴用されたばかりの若い兵士――エノモトである。
「すげえ……本当に土方歳三だ。本で読んだ通り……いや、写真よりずっと凄みがある……!」
震える手で敬礼し、廊下を歩く土方に声を張り上げる。
「お、お会いできて光栄です! 俺、ずっと新選組の本を読んでて……憧れてたんです!」
土方は足を止め、面食らったように青年を見る。
元治元年の京では、自分たちは「壬生狼」と忌み嫌われた。
だが、この“ショウワ”では英雄として語られている。
その奇妙な事実に戸惑いながらも、
土方は青年の真っ直ぐな敬意に、わずかに口角を上げた。
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■ 「試験」という名の断絶
少佐は満面の笑みで彼らを迎えた。
だが、その瞳の奥には英雄への敬意など微塵もない。
あるのは――
新兵器の性能を確かめるような、冷酷な好奇心だけ。
「諸君らの力を、この大東亜戦争に役立ててもらいたい。
まずは、その実力を見せてもらおうか」
軍が用意した「試験」が始まった。
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● 射撃訓練
「……これを使えというのか」
土方は手渡された三八式歩兵銃を睨む。
火縄銃ともゲベール銃とも違う、重く、冷たく、暴力的な鉄の塊。
引き金を引いた瞬間――
肩を殴られたような反動。
耳を裂く爆音。
だが、標的は遥か彼方。
斎藤は吐き捨てる。
「こんな重い棒を振り回すより、突いた方が早い」
隣で銃を構えようとした沖田は、硝煙の匂いに激しく咳き込み、膝をついた。
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● 対戦車装甲試験
「これが、南蛮の城か」
武蔵が木刀を構え、九七式中戦車と対峙する。
渾身の一撃。
鋼を叩く鈍い音。
だが、戦車は傷一つ負わず、黒煙を吐き続ける。
信玄が軍配で装甲の角度を測り、
謙信が鋭い踏み込みを見せる。
しかし――
近代戦の結晶である「鋼の壁」は、個人の武勇を嘲笑うかのようにそびえ立っていた。
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● 模擬戦略会議
「話にならん」
信玄が卓上の地図を指差して唸る。
軍が提示した作戦案には、兵站の概念が欠落していた。
「燃料不足」
「弾薬枯渇」
「補給路の崩壊」
信玄が説く兵法のいろはは、
すでに前提条件が崩壊した昭和の戦場では、
ただの“机上の空論”として切り捨てられた。
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■ 英雄の失墜
「……期待外れだな」
夕暮れ時、少佐の冷たい声が演習場に響く。
「剣術だの兵法だの、この時代では何の役にも立たん。
ただの時代遅れの遺物か、あるいは質の悪い詐欺師の類か」
兵士たちの態度も一変した。
「なんだよ、結局ただの爺さんと病人じゃねえか」
「銃もまともに撃てないのか。飯の無駄だな」
「期待して損したぜ」
昼間の興奮は霧散し、
基地を覆ったのは冷ややかな嘲笑だった。
エノモトもまた、遠巻きに土方たちを見つめていた。
その瞳から輝きは消え、深い失望が滲む。
「……すみません。俺、もっと……神様みたいな、すごい人たちだと思ってました。
でも、ただの人間だったんですね……」
通り過ぎざまに零れたその独白は、
どんな刃よりも深く、土方の胸に突き刺さった。
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■ 屈辱の沈黙
翌日から、彼らへの待遇は目に見えて悪化した。
宛がわれた食事は、兵士以下の僅かな粥。
寝所は湿った地下の物置同然。
移動には常に銃を構えた監視が付き、
廊下を通れば軍医が「病原菌を撒き散らすな」と鼻を突まむ。
斎藤が静かに刀の柄に手をかけるが、
土方は目で制した。
信玄は瞑想するように空を仰ぎ、
謙信は「義なき地獄よ」と眉をひそめる。
宮本武蔵は、壁に背を預けたまま冷えた粥を啜り、一言。
「……浅いな」
その言葉は、食事のことではない。
英雄を崇め、そして一瞬で切り捨てる――
この“昭和”という時代の精神そのものを斬り捨てる、冷たい一刀だった。
土方は拳を握りしめ、窓の外の富士を見据える。
彼らはまだ、この時代の地獄の入り口に立ったばかりだった。
(第5話・了)
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※ここまでで、
彼らは「戦力外」と判断されました。
ですが次話以降、
軍の側が何を誤解していたのかが、
少しずつ明らかになります。




