第19話:土俵際の横綱、不敗の眼光
■ 土俵際の巨獣
総攻撃が始まった瞬間、戦艦大和の巨体は大きく震えた。
それは断末魔ではない。
土俵際に追い詰められながらも、なお踏ん張る横綱の“腰”が放つ、凄まじい抗いだった。
上空から降り注ぐ爆撃は、
巨漢力士の「寄り切り」のように大和の屋台骨を削り取る。
魚雷が脇腹を穿ち、爆弾が甲板を焼き払う。
だが――大和は沈まない。
傾斜し、沈みかけながらも、泥臭く海面に踏みとどまる。
「……まだだ。まだ、倒れぬ」
それは一万人の乗組員の執念が形を成した“魂の腰”。
勝つためではない。
最強と呼ばれた名に相応しい 「負け方」 を選ぶための、美しき意地。
沈みゆく運命を真っ向から受け止め、
最後の一瞬まで土俵の中央を睨み据えていた。
そして、その燃え盛る大和の背には――
もう一人の「倒れぬ男」が立っていた。
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■ 武蔵、立ち塞がる
艦橋で指揮を執っていた武田信玄は、旗を振るいながら爆炎の露と消えた。
上杉謙信は龍の咆哮と共に敵機を道連れにし、蒼き波間へ消えた。
地獄と化した甲板。
阿鼻叫喚の渦中で――
後部甲板に、泰然と根を張る影があった。
宮本武蔵である。
「……先に行け」
爆音を切り裂くほど凛とした声。
斎藤一が武蔵の腕を掴み、
沖田総司が肩を貸そうとする。
だが、武蔵の足は甲板に溶接されたかのように動かない。
最強の剣豪は、慈しむような、しかし抗いようのない威圧感で告げた。
「お前たちは、生きろ。……ここは、俺の場だ」
その時――
一機の戦闘機が鷹のように低空で突っ込んできた。
二十ミリ機銃の太い弾丸が、
狂った音を立てて武蔵の肉体を打ち抜く。
胸を、肩を、脇腹を。
無慈悲な鉄塊が貫き、鮮血が霧となって舞う。
白煙が、男の血で赤く染まった。
だが――武蔵は倒れなかった。
血に濡れた顔を上げ、
肉薄する戦闘機のパイロットを正面から射抜く。
風防越しに目が合った米軍パイロットの心臓が跳ね上がる。
(化け物か……!)
蜂の巣にされ、内臓をズタズタにされながらも、
武蔵は猛禽のような眼光で笑っていた。
その剥き出しの殺気に圧され、
パイロットは悲鳴のように操縦桿を引き、逃げるように上空へ反転した。
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■ 勝利なき終焉
怯んだ敵を見届け、武蔵の瞳に満足げな色が宿る。
彼は二人を強引に突き放し、天を仰いだ。
降り注ぐ弾丸に身体を震わせながらも、
膝をつくことさえ“敗北”として拒絶するように。
斎藤はその背中を見て悟った。
近代兵器という圧倒的な暴力。
鋼鉄をも溶かす火力。
そのすべてを前にしてもなお――
宮本武蔵という男は 「膝をつかない」 という一点において、
敵を圧倒し、勝利しているのだと。
「……やはり最後まで負けぬか。宮本武蔵、見事なり」
斎藤と沖田は大和の縁を蹴った。
海風が鼓膜を突き、一瞬の無重力。
次の瞬間、冷徹な青が視界を奪う。
海中へ沈みゆく意識の向こう側で、
斎藤は泡と共に、その男への敬意を漏らした。
すべてを飲み込み、海は静かに凪いでいた。
沈みゆく大和。
その最上部で、最後まで天を指して直立し続けた“不倒の背中”。
斎藤は――
そして歴史は、
永遠に忘れることはないだろう。
(第19話・了)
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