表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

第18話:鋼鉄の墓標

■ 雲上の困惑


昭和20年4月7日、正午過ぎ。

九州南方・坊ノ岬沖。


燃え盛る戦艦大和の上空を、米軍偵察機「アヴェンジャー」が旋回していた。


パイロットは、眼下の光景に息を呑む。


満身創痍の大和。

傾き始めた甲板。

爆炎の煙が天を突く。


そのすぐ傍らで――

数千の兵が車座になり、酒を酌み交わし、喉が裂けるほど歌っていた。


死を待つ者の悲壮感ではない。

それはまるで、戦勝を祝う宴のような白昼夢。


「……こちら偵察機。信じられない光景だ。

ジャップどもは恐怖で頭がおかしくなったらしい。

甲板でパーティーを開いている。繰り返す、彼らは狂っている」


合理的な結論だった。

だが彼らは知らない。


それが――

死を克服し、運命を笑い飛ばした者だけが辿り着ける“至高の静寂” であることを。


---


■ 再び、地獄の咆哮


「狂った鼠どもにトドメを刺せ」


無情な命令が無線を飛び交い、

空は再び「鉄の鳥」で埋め尽くされた。


つい先ほどまでの宴の静寂を、

千を超えるエンジンの咆哮が引き裂く。


「来やがったな……!」


誰かが呟いた瞬間――

大和の甲板が、凄まじい着弾音とともに踊り狂う。


機銃掃射の雨が鋼鉄を削り、

火花と破片が嵐のように吹き荒れた。


幕末から、戦国から、

時を超えて集った英雄たちの超人的な力も――

ついに物理的な限界を迎えようとしていた。


---


■ 影の中の後悔


エノモトは激しい揺れの中、

主砲塔の影で震える手を押さえつけていた。


酒宴の余韻が残る甲板で、

彼は一人、闇に沈んでいた。


(……まただ。俺は、また逃げてる)


英雄たちの輪に加われなかった。

伝説の名将たちの輝きに、自分のような凡夫が混ざる資格などないと――

勝手に思い込んでいた。


(俺は……また遠くから背中を見て終わるのか。

何もできず、ただ震えたまま、海の藻屑になるのか……!)


その瞬間、轟音。


甲板の端に大型爆弾が直撃し、

衝撃波がエノモトを木の葉のように宙へ放り出した。


「――あ、死ぬ」


スローモーションのように流れる景色の中で、

彼は確信した。


---


武士もののふの意地


だが、その刹那。


横から飛び込んできた“鉄塊”のような衝撃が、

エノモトを弾き飛ばした。


「ぐっ……!」


鉄の甲板に叩きつけられたエノモトは見た。


自分を突き飛ばし、

爆風を正面から受け止めた男の背中を。


――新選組副長、土方歳三。


土方は膝をつきながらも、

その鋭い眼光を失っていなかった。


「ひ、土方さん……!

なんで……俺なんかを……あの時!」


震える声。


土方はゆっくりと振り返る。

返り血と煤に汚れた顔。裂けた軍服。


だが、その唇には確かな笑み。


「……馬鹿野郎」


爆音の中でも、その声は清烈だった。


「戦場に“俺なんか”なんて奴はいねえよ」


その一言が、

エノモトの魂の芯を貫いた。


土方は肩を叩く。

その手が細かく震えていることに、エノモトは気づいた。


それは恐怖ではない。


限界を超えた肉体を、

ただ“意地”だけで動かし続ける男の――

魂の振動だった。


---


■ 戦場への一歩


「エノモト……負けるなよ」


それだけ言い残し、

土方は和泉守兼定を握り直し、

再び爆弾の雨の中へ駆け出した。


炎の中に消えていく背中。


エノモトの目から、堰を切ったように涙が溢れた。


(……俺は、あの背中を追うんだ)


(逃げない。俺も……俺も、あの人たちと一緒に戦うんだ!)


震える足に力を込め、エノモトは立ち上がる。


肺に流れ込むのは、

火薬と潮の匂いが混じった、熱い“戦場の空気”。


彼が初めて、一人の兵として刻んだ足跡は――

確かに、明日へ向かっていた。


(第18話・了)


---




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ