第10話:奇跡の回復
■ 暁の光と、開かれた瞳
奪い取ったブドウ糖と強心剤、
そして軍が秘匿していた極秘薬品。
それらが軍医の震える手によって
沖田総司の細い腕に注がれてから、数時間が経っていた。
土方歳三は、一睡もせずに沖田の傍らに座り続けていた。
その手は、己の膝を握りしめ、白くなるほど固い。
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「……ん、……ぁ……」
微かな、しかし確かな意思を持った声。
沖田の瞼が、重苦しい粘りを振り払うようにして、ゆっくりと持ち上がった。
「……ひじ、かた……さん……?」
焦点の定まらない瞳が、土方の顔を捉える。
その瞬間、土方の胸の奥で、
何かが激しく音を立てて崩れた。
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「……総司。気がついたか」
土方の声は掠れていた。
泣き出したい衝動を、新選組副長としての矜持が辛うじて押しとどめている。
だが、その瞳は潤み、
熱いものがこぼれ落ちるのを防ぐために、
彼はわざと顔を背け、沖田の手を痛いほど握りしめた。
「……馬鹿野郎、手間をかけさせやがって……。
まだ死なせねえと言っただろう」
絞り出すようなその言葉に、
沖田は力なく、しかし確かに微笑んだ。
「……すみません……。でも、なんだか……とても、力が……」
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■ 武蔵の予感
廊下の影。
闇に溶け込むように立っていた宮本武蔵が、ふっと口角を上げた。
「……死線を踏み越えたか。
あの若造、ただ生き返っただけではないな」
武蔵の鋭い眼力は、
沖田から立ち昇る“気”が以前より澄み渡り、鋭さを増しているのを見抜いていた。
死の淵を覗き、そこから這い上がった剣士だけが到達する境地。
「……まだ強くなるな。
あの男、この狂った時代で、真の“鬼”に化けるかもしれん」
武蔵は木刀を弄びながら、
若き天才剣士の覚醒を楽しげに予言した。
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■ 龍と虎、再燃する“義”
一方、校庭を見下ろす木造の長い廊下。
武田信玄と上杉謙信が並んで立っていた。
古い硝子越しに見えるのは、
冬の重い雲と、どこまでも続く泥濘。
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「……信玄。我らは一人の病人のために、この国の軍を敵に回した。
合理を重んずる貴殿らしくもないな」
謙信が静かに問う。
信玄は鼻で笑い、窓の桟に手を置いた。
「合理か……。確かにそうよ。
だがな、謙信。兵を愛せぬ者に天下を語る資格はない。
一人の同胞すら救えぬ国に、何の大義がある」
信玄の視線の先では、
少年兵たちが凍える手で竹ヤリを突き出す訓練を繰り返していた。
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「……左様。我らが川中島で命を削ったのは、己の信じる“義”のためであった。
この時代の将らが忘れたその言葉、我らが思い出させてやる必要があるようだな」
かつて天下を争った二人の英雄の心に、
この異世界で一つの“共通の義”が芽生えていた。
それは――
国を守るためではなく、
この地で懸命に生きようとする“命”を守るための戦い。
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「……土方と言ったな、あの男。良い目をしておる。
……謙信よ、久方ぶりに旗を掲げるか」
「……応。毘沙門天の導く先、この泥濘の果てに見定めようぞ」
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■ 動き出す運命
沖田の回復。
それは、英雄たちが“昭和19年”という絶望に対して
初めて勝ち取った、小さくも決定的な勝利だった。
もはや、彼らを縛る鎖はどこにもない。
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廊下のきしむ音を響かせ、土方が歩き出す。
その目は、もはや軍の命令を待つ者のそれではなかった。
「総司。……ゆっくり休め。
次に目を開けるときは、俺たちがこの時代の“理不尽”をすべて斬り伏せた後だ」
英雄たちの反撃――
その幕が、ついに上がろうとしていた。
(第10話・了)
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