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異世界に、地球仕立ての魔女をひとすくい  作者: もずくの天ぷら


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3/8

立つ時、跡を濁さず

 静謐な森の中、そびえ立つ塔を見上げる。


「よし」


 気合を入れ直して、アシュ……イーティングアイズも送ったところで、最後の仕上げに取り掛かろう。

 塔を中心にこの森に張り巡らされた陣。地脈沿ってめぐらされたそれを剥がさなければならない。

 力任せにペリペリ剥がしてもいいんだけど、それじゃあ地脈の回復に百年単位で時間がかかってしまう。ここの地脈を起点に彼らの魔力は世界を巡る。大切にしたいところだ。

 楔はここと、そこと……あれもか。んー、見慣れないがまぁ、なんとかしてみましょうか。無駄に性能の良い体と、魔女の名は伊達ではないことを見せてあげよう。

 そうして日が暮れるころ、ようやく最後の楔を解くに至る。


「くぅー、終わった終わった。やばい腰が……死なない。人間辞めて良かったー」


 地面に腰をかがめて数時間、ようやく解けた。知恵の輪みたいだった。あとは自然の力にお任せだ。

 残された食料をありがたくいただき、鞄につめる。他に忘れ物がないか確認したところで出立の準備は整った。

 東屋にある転移陣に向かう。これもしばらくしたら朽ちて使えなくなるだろう。

 ど、れ、に、し、よ、う、か、な~。行き先は選べるもののどこに飛ぶのかは分からない。

 まあどうにかなると、選択し陣を発動する。





 転移した先は民家だった。長らく使われていなかったのか、尽きた魔力の匂いがした。

 

「こりゃ、掃除が大変だわ……」


 埃と埃と埃。夕暮れの差し込む光ですらこれなのだから、明るい陽の光でみたら悲惨この上ないだろう。

 外はどうなっているのだろうか? と、内鍵を開け、扉を開けると石畳の続く街が広がっていた。

 ところどころひび割れた灰色の石畳の左右には赤いレンガの家。夕餉の煙が昇る煙突。窓ガラスに赤く夕日が反射している。

 その光を受けながら、帰り道にはしゃぐ子供。追う母親。その後ろで手を叩き最後の呼び込みをする野菜売り。

 隣では飲み屋が看板を出し準備を始めていた。 

 そういう仕事があるのだろうか? 街灯一つ一つに術者達が魔力を込めていく。

 青白い光が灯る中、猫耳のついた女の子が転んだのを、犬耳の男の子が助け起こす。

 術師も人間も獣人も混じりながら地に足をつけて生きている。

 その姿に、初めて、私は別の世界に来たのだと実感した――。

 しばらくそれを眺めていたが、完全に帳が落ちたのを見てどうするかと考える。

 埃にまみれてるであろう寝台と、どこかにあるであろう宿屋の清潔な寝台。

 選択の余地はない。現在の私は無一文である。

 就職活動は明日からと決め、寝床を整えるところから始めることに決めた。

 部屋の作りは玄関からつながるダイニングと台所。台所の隣には二階に伸びる階段があり、二つの部屋がある。

 一つはガラクタが詰め込まれており、もう一つは埃まみれの寝台が押し込まれている。


「ほらほら虫さんこちらだよー」


 とりあえず、裏手の庭になっていいるところへ虫を追い出す。ゲジっぽい虫も、ダンゴっぽい虫も、黒も緑も紫もまとめてお外に退場願う。

 虫は素直で良い。少し呼びかければ応えてくれる。

 ホラーな量の虫達が出ていったのを見送り、埃をどうしようか? と頭を捻る。

 何かに変えてしまっても良いのだけれど、そういうのは最終手段としたいところだ。

 かといってこの時間から真面目に雑巾片手にやるのもなと悩んでいると、部屋の隅にちいさな人ならざるものの気配を感じた。


「空き家に人が来たから心配したのかな? 大丈夫だよ出ておいで」


 暖炉の影から出てきたのは、ねずみとモモンガの中間のような出で立ちをした……精霊かな?


「こんにちは」


 ふよふよと浮いているにも関わらず、どこか細細しい動きときょとんと首を傾げる姿が可愛い。

 少し様子をみていると、鼻をヒクヒクさせ何か様子をさぐる仕草をみせた。どうも魔力が欲しいようだ。

 人ならざるモノに対してあげすぎるのも、もらいすぎるのも良いことではない。それだけで主従契約が結ばれてしまうこともままあるのだ。


「二階の寝台のある部屋だけでいいんだけど、埃を外に掻き出して貰えないかな? 君は一人? 他にもいる? じゃあこのぐらい魔力をあげるからお願いできない? いい? ありがとう。じゃあお願い」


 小さい精霊だ。よくよく注意して魔力を渡せばちょこちょことした動きで仕事に取り掛かり始めたようだ。

 精霊は仕事ぶりを人に見せるのを嫌う。一旦外に出ることにした。

 街灯の明かりが照らしているものの、東京の夜と比ぶべくもない星空が広がっている。

 空にかかる月は赤紫色をしており、まんまるの姿見せていた。こればかりは、何度見てもなれない。

 そのままずっと見ていたいような空だったが、街の様子も気になる。家の前を左右に伸びる道にどちらに行くか悩み、黒猫が横切った右に行くことに決めた。

 閉店した店を抜け、飲み屋街を抜けると川に差し掛かる。その川を超えると、広場のような場所に出た。

 広く開けた広場の中央に噴水がある。噴水の周りにはベンチが配置されており、デートスポットにはもってこいの場所だった。


「どういう仕組で動いてるんだろう?」


 噴水は水盆が三つ重ねられた形をしており、一番上の一番小さな水盆から水がコンコンと湧き出ていた。排水は一番下の水盆からか……。

 水は巡回させてる? あ、これ、魔術じゃなくて魔導式? こっちにもあるんだね。んー。よく見えないなぁ。


「おい」

「うひょっ」


 背後から突然声をかけられ変な声をあげてしまった。

 噴水によじ登り、びしょ濡れになりながら水底を眺める女。時刻は良い子が寝静まるころ。ひょっとしなくても不審者だね。

 いそいそと、噴水からおり、服から水気を飛ばす。急ぎすぎたせいで少し熱い。


「はい、なんでしょう?」


 取り繕ったところでどうしようもないが、取り繕うにこしたことはないだろう。

 目の前に立つ男は年の頃は三十に手が届くかどうかというところ。短く切られた黒い髪に黒い目。何より目につくのはそのデカさだ。

 現代ならボディビルダーでも通るのではないかと思うほどの肩幅と、腕、太ももの筋肉。生成り色のシャツと革のズボンを押し上げるような体躯と、見上げるほどの身長。

 どこを切り取っても威圧感しか感じない男だが、警戒心を抱くに足りないのはなぜだろうか。威圧する訳でも必要以上に愛想が良い訳でもない、適切な距離感を保とうとする雰囲気がそうさせるのだろうか?


「何かトラブルか? と聞こうと思ったのだが……。魔術師か……」


 私を上から下まで眺めたあと、男は呻くようにそう応えた。まるで魔術師なら奇行に走っても仕方ないという口ぶりだ。


「あー、私はアレなので言い訳しませんが、世の中にはまともな魔術師もいると思いますよ?」

「少なくとも俺は知らん。ちなみに何をしていた」

「どういう仕組で動いているのか調べてました」


 頭二つ高いその顔を見上げながら正直に答える。


「やっぱり魔術師じゃねぇか」

「訂正させてください。魔術師じゃなくて、魔女です」

「魔女……? いや、もういい俺が悪かった……好きなだけ調べろ。風邪だけは気をつけろよ。あと壊すなよ。ここの魔術ギルド長は煩いぞ」


 頭が痛いと頭を振る男に、そうだと思いつく。


「ちなみになんですが、この辺で魔術を使った簡単なお仕事ってありませんか?」

「このタイミングでそれを俺に聞こうと思うのかはなぞだが、魔術ギルドからの依頼を受ければいいだろう?」

「魔術ギルドは魔女でも依頼を受けれますか?」

「いや……魔女というか、魔女ってなんだ?」


 魔女という職業はないらしい。ほーりーしっとだ。

 魔女は魔女たるゆえんから、他の魔術に係わる者たちに嫌われる傾向にある。ここでもそうだと限らないが、無闇な接触は避けたいところだ。


「魔女は魔女ですよ。まあ、魔女は迫害されるものなので、受けれないかもしれませんね。他にありませんか?」

「迫害? お前指名手配でもされているのか?」

「いえ、魔術的な問題です」

「魔術的な問題か……いい、話そうとするな。お前、魔術の腕はどのぐらいだ?」


 魔女と魔術師の違いについて歴史的経緯から説明しようとした私を止めて、男はそう聞いてきた。

 まあ、魔術的な問題を一般人に講説垂れても仕方がない。

 改めて、男の言葉の内容について考える。


「どのぐらい……ですか? これまた難しい問題ですね。何か基準みたいなのってあります?」

「そうだな……あそこの岩を割れるか? 属性は問わない」


 そう言いながら指し示されたのは、広場の縁に飾りとして置かれた石。

 距離は五メートル、大きはおおよそ三〇センチ。スイカ大といったところか。


「そういった魔術は苦手なんですが、割るだけなら可能です」

「足腰に自身はあるか?」

「まぁ……多分。人並み以上には頑丈だと思います」


 正直、この体の性能がどこまでなのか把握できていないところだが、並の人間以上の性能はありそうだ。


「明日、ゴブリンの討伐依頼があるんだが、洞窟内にいるアシッドロックという魔物が厄介でな……」

「化け物退治なら大丈夫ですよ。得意科目ですね」

「自信満々に応えられると逆に不安なんだが……まあいい。明日、冒険者ギルドに来れるか?」

「いいですが、不慣れなもので、そこまでの道を教えてもらえますか?」

「ああ。ちなみに俺はルド・ハーフアス。この街で冒険者のような仕事をしている。お前は?」

「私は……。ただのユウリです」


 家名を名乗ろうとして名乗れなかった。家というものを露ほども大事に思ってはいなかったが……――との繋がりが強かったのだろう。覚悟がないまま空虚を食んでしまい、言葉に迷う。

 そんな戸惑いは見透かされなかったのか、見逃してくれたのか追求されることなく、冒険者ギルドの場所と時間を確認したあと男――ルドと別れ、家路につく。

 そういえば冒険者というものが何なのか聞きそびれた。魔王にされかけた私だが、今からでも勇者になれるのだろうか?

 玄関の扉をあけると、居間が飛び込んでくる構造だがまずそこが綺麗になっていた。

 台所を覗くと煤も払われており、ピカピカ綺麗だ。隅っこに転がっていた元が何かわからないカビの塊も処理されていた。

 二階に上がれば廊下、寝室共に綺麗になっている。唯一ガラクタが詰め込まれた部屋だけが例外だが、あそこは魔術の名残が強いので無理だったのだろう。

 そうやって家の中を把握していると、目の前にふわふわと件の精霊が現れる。

 どこか自慢げな様子に見えた。


「凄いね。友達は何人ぐらいいるの? 秘密? 魔力追加で欲しいって? しょうがないなぁーこれだけの仕事ぶりを見せられたらね」


 精霊は首をフリフリ、鼻をヒクヒクさせて私との会話を終えると、追加で貰った魔力を嬉しそうに取り込みまたどこかへと消えていった。

 あげすぎるのと同じく、貰いすぎることもよくない。十貰ったのなら十返すべきである。

 魔力は十分に余裕があるので問題ないのだが、若干押し売られたような気もしないではない。

 過ぎたことは忘れることとして、あとは、この朽ちた寝台と、寝具だな。

 手をかざし魔力を通す。


――sum. 主帰りし故に、汝も還れ、己を忘るるなかれ。


 言葉に応えて破けてボロ布と化していた寝具は元姿を取り戻し、足が折れ斜めにかしいでいた寝台も傾きを正す。

 時を戻す事はあまりよろしくはないが、理由付けを行い、修復という形を取った。影響は少ないだろう。

 ルドには説明しそびれたが、魔女が他の魔術師から嫌われる由縁がこれだ。

 魔女の魔術は世界改変の魔術。一歩間違えれば世界が狂い牙をむく。

 それに、魔女は魔女になれるものにしかなれない。

 傍から見れば、自分達がどうあがいてもできない事を、言葉一つで危険性も顧みず行う術者のように見えるらしい。そりゃ魔女狩りも横行するわけだ。

 冒険者ギルドという奴があまり魔術に煩くなければよいなと思いながら、寝具に潜り込む。

 精霊たちが貰った魔力でパーティーを開いている夢を見た。

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