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第7話 無自覚な解決への一歩

 もう少しだけこの村に滞在することに決めた俺は、さて、何をしようかと考えた。

 特にやるべきことがあるわけでもない。

 かといって、一日中納屋で寝ているわけにもいかないだろう。


「うーん……。とりあえず、村の周りでも散歩してみるか。何か面白いものでもあるかもしれないし」


 俺は納屋を出て、ゆっくりと村の中を歩き始めた。

 朝よりも少し人が出てきているが、やはり皆、表情は暗い。

 痩せた畑を耕している老人の姿が見える。

 その手つきは力なく、額には深い皺が刻まれている。


「はぁ……今年もダメかもしれんな……」


 近くを通りかかった別の村人が、諦めたように呟くのが聞こえた。


「ああ。この土地に見切りをつけて、街へ出た息子は正解だったのかもしれん……」


 そんな会話が、あちこちで交わされているのだろう。

 村全体が、長年の不作によって希望を失いかけているのがひしひしと伝わってくる。


「やっぱり、相当深刻なんだな……」


 俺は村の外れにある畑の方へ足を向けた。

 昨日、村長が気にしていた畑だ。

 近づいてみると、昨日よりもさらに土の色が良くなっている気がする。

 黒々として、ふかふかして見える。

 生えている作物の苗も、明らかに昨日より葉の色が濃く、しっかりとしている。


「あれ……? やっぱり気のせいじゃない……? この畑、なんか元気になってないか?」


 俺は畑の畝のそばにしゃがみ込み、土を手に取ってみた。

 ひんやりとしていて、湿り気がある。

 昨日触った時の、パサパサした感触とは全然違う。

 土からは、生命力を感じさせるような、良い匂いがする。


「なんでだろ……? 一晩でこんなに変わるものなのか……?」


 不思議で仕方ない。

 俺は特に理由もなく、畑の周りをぶらぶらと歩き回った。

 気になる場所の土を触ってみたり、弱々しい苗に「元気になれよー」と心の中で声をかけてみたり。

 深い意味はない。

 ただ、なんとなくそうしたかっただけだ。

 畑の周りを一通り歩き終えると、今度は村の水源になっているらしい小川が気になり始めた。

 昨日見た時より綺麗になっている気がしたが、もっと上流はどうなっているのだろうか。


「ちょっと、川の上流まで行ってみようかな」


 俺は小川に沿って、村の上手へと歩いていく。

 村から少し離れると、川岸の草木も心なしか元気がないように見える。

 川の流れも、下流に比べると少し滞っている感じがする。


「やっぱり、この辺り一帯の土地の力が弱まってるのかな……」


 しばらく歩くと、川の水が岩の間から湧き出している場所にたどり着いた。

 ここが村の水源のようだ。

 しかし、湧き出している水の量は少なく、岩の周りには奇妙な、灰色っぽい苔のようなものがこびりついている。

 そして、その場所からは、昨日村で感じたものと同じような、淀んだ『ノイズ』が発せられていた。


「ここか……。この『ノイズ』が、村全体の不調の原因なのかな?」


 俺は湧き水のすぐそばに近づいた。

 灰色の苔は、見ていてあまり気持ちの良いものではない。


「なんだか、汚れてるみたいだな……。綺麗にならないかな、これ」


 俺は岩に手を伸ばし、その灰色の苔にそっと触れてみた。

 特別な力を使ったわけではない。

 ただ、汚れを払うような気持ちで、軽く擦ってみただけだ。

 すると、驚いたことに、俺が触れた部分の灰色の苔が、まるで乾いた泥が剥がれ落ちるかのように、ポロポロと取れていくではないか。

 苔が剥がれた後の岩肌は、本来の綺麗な色を取り戻している。


「お、取れるぞ……!」


 面白くなって、俺は岩にこびりついた灰色の苔を、次々と擦り落としていった。

 ゴシゴシと力を入れる必要はない。

 軽く触れるだけで、苔は簡単に剥がれ落ちていく。

 しばらく夢中になって苔を落としていると、やがて岩肌全体が綺麗になった。

 すると、どうだろう。

 岩の間から湧き出す水の量が、明らかに増えたのだ。

 ちょろちょろとしか出ていなかった水が、今は勢いよくコンコンと湧き出している。

 そして、水質も、さっきまでとは比べ物にならないほど澄み切っているように見える。

 淀んでいた『ノイズ』も、すっかり消え去っていた。


「おお……! 水がたくさん出てきた! しかも、すごく綺麗だ!」


 俺は思わず声を上げた。

 これも、俺の力が作用した結果なのだろうか。

 だとしたら、すごいことだ。

 でも、やっぱり実感はない。

 ただ、汚れているように見えた苔を落としただけだ。


「まあ、なんでもいいか。水が綺麗になったのは良いことだ」


 俺は綺麗になった湧き水で顔を洗い、水筒を満たした。

 気分がとても良い。

 俺は満足して、村へと戻ることにした。


 その頃、村ではちょっとした騒ぎが起こり始めていた。

 畑に出ていた村長や他の村人たちが、自分たちの畑の土や作物が、明らかに昨日とは違う状態になっていることに気づき始めたのだ。


「おい、村長! これを見ろ! うちの畑の土が……!」

「本当だ! なんだか黒々として……それに、この苗! 昨日よりずっと元気じゃないか!」

「うちの畑もだ! いったい何が起こったんだ……?」


 村人たちは驚きと戸惑いの声を上げながら、互いの畑を見て回る。

 どの畑も、程度の差こそあれ、土壌が改善され、作物が元気を取り戻し始めているのは明らかだった。


「まさか……本当に、恵みが戻ってきたというのか……?」


 村長は自分の目を疑いながらも、震える手で土を握りしめた。

 そして、彼の脳裏に、昨日ふらりと現れた、あの不思議な旅の青年の姿が浮かんだ。


「……あの旅の方か? いや、まさか……。彼が何をしたというんだ……?」


 村長は、村の上手、水源のある方向から呑気に歩いてくる俺の姿を認めると、駆け寄ってきた。


「旅の方! あんた、今までどこへ行っていたんだ!?」


 その剣幕に、俺は少し驚いた。


「え? ああ、ちょっと村の周りを散歩して、それから水源のあたりまで……。水が綺麗でしたよ」


 俺が何気なくそう答えると、村長はハッとした顔をして、もう一度俺と畑、そして水源のある方向を交互に見た。


「水が……綺麗だった……? まさか……!」


 村長の驚きと疑念の入り混じった視線に、俺はただ首を傾げることしかできなかった。

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