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第6話 無自覚な変化の始まり

 翌朝、俺は鳥の声で目を覚ました。

 納屋の壁の隙間から、朝日が差し込んでいる。


「ん……朝か……」


 埃っぽい納屋での一晩だったが、意外とよく眠れた。

 外套だけでは少し寒かったが、不思議と体は軽い。


「ふぁ……。硬い床で寝た割には、体が痛くないな。むしろ、ちょっとスッキリしてるかも?」


 俺は伸びをしながら起き上がり、納屋の扉を開けた。

 外に出ると、ひんやりとした朝の空気が心地よい。

 朝日を浴びて、大きく深呼吸する。


「うん、やっぱりこの村、空気は悪くない気がするんだけどな……。村長さんはあんなこと言ってたけど」


 気のせいだろうか。

 昨日感じた、村全体を覆うどんよりとした重い空気が、ほんの少しだけ薄らいでいるような……。


「まあ、よく寝たから気分がいいだけか」


 俺は納屋の周りを少し歩いてみた。

 昨日見た時はもっとボロボロだった気がする納屋の壁が、心なしか綺麗に見える。

 壁の傷や汚れが、少し目立たなくなっているような……?


「あれ? ここ、昨日もっと汚れてなかったっけ……? まあ、朝日でよく見えないだけかな」


 足元を見ると、納屋の周りに生えている雑草が、やけに青々としていることに気づいた。

 村の他の場所で見た、痩せた土地に生える弱々しい草とは明らかに違う。

 まるで、ここだけ栄養満点の土壌であるかのように、生き生きと茂っている。


「この草、元気だな……。俺が寝てた納屋の周りだけ、なんでだろ?」


 不思議に思いながらも、特に深くは考えなかった。

 植物にも、育ちやすい場所とそうでない場所があるのだろう。

 俺は村の中を少し散策してみることにした。

 昨日と同じように、村は静まり返っている。

 しかし、昨日とはほんの少しだけ、雰囲気が違う気がした。


 気のせいかもしれないレベルの変化だ。

 例えば、村の中を流れる小さな小川。

 昨日見た時は、水量が少なく、少し淀んでいるように見えたが、今朝は水が少しだけ増え、流れも心なしかスムーズになっている気がする。

 水の色も、昨日より透明度が増しているような……。


「川の水、綺麗になった……? うーん、これも気のせいかなぁ」


 また、ある家の軒先につながれていた鶏。

 昨日はぐったりとして、鳴き声一つ上げなかったのに、今朝はコッコッと短いながらも鳴き声を上げ、地面をつついている。

 他の家で飼われているらしい山羊も、昨日よりは少しだけ元気そうに見える。


「動物たち、少し元気になった……? たまたまかな」


 俺にとっては、どれも「気のせいかな?」で済ませてしまう程度の、本当に些細な変化だ。

 俺自身が何かをしたわけでもないし、自分の力が影響しているなんて、思いもよらない。

 俺が村の中を歩いていると、ちょうど村長が家から出てきたところだった。


「おお、旅の方。おはよう」

「おはようございます、村長さん。昨日はありがとうございました」

「なに、構わんよ。……それで、今日はもう発たれるのかね?」


 村長はそう言いながら、ちらりと空を見上げた。

 その表情が、昨日よりも少しだけ和らいで見えるのは、俺の気のせいだろうか。


「ええ、まあ……特に長居する理由もありませんし……」

「そうか……達者でな」


 村長はそれだけ言うと、畑の方へと歩いて行った。

 その足取りも、昨日よりほんの少しだけ、しっかりしているように見えた。

 村長は畑に着くと、土の様子を確かめるように屈み込み、そして、わずかに目を見開いた。


「……ん? この土……昨日と、少し違うような……?」


 村長は土を手に取り、その感触を確かめる。

 昨日までの、パサパサで生命力を感じさせない土とは、ほんの僅かに、だが確かに違う。

 しっとりとした潤いと、微かな土の匂い。

 そして、昨日よりも心持ち元気に見える作物の苗。


「気のせいか……? いや……しかし……」


 村長は首を捻りながらも、どこか期待するような目で、もう一度畑を見渡した。

 俺がいる納屋の方を、ちらりと見たような気もしたが、すぐに畑仕事に戻っていった。

 俺はそんな村長の様子には気づかず、納屋に戻って出発の準備を始めた。


「さて、と。そろそろ行くか」


 水筒に水を補給し、荷物をまとめる。

 この村には一晩世話になっただけだが、少しだけ名残惜しい気もする。


「……でも、ここに長居しても仕方ないしな。俺にできることなんて、何もないだろうし」


 村の不作の原因が何であれ、俺のようなしがない旅人に解決できるはずがない。

 そう思って、俺は村を後にしようとした。

 だが、納屋を出て村の出口へ向かおうとした時、ふと、またあの『感覚』がした。


(……もう少しだけ、ここにいた方が『良い』……?)


 明確な理由はない。

 ただ、なんとなく、今すぐこの村を離れるのは、少しだけ『違う』気がするのだ。

 昨日感じた、村全体を覆う『ノイズ』も、まだ完全には消えていない。

 むしろ、この村に留まることで、何かが『良い方向』へ向かうような、そんな予感すらある。


「うーん……どうしようかな……」


 俺は立ち止まり、村の方を振り返った。

 活気はないけれど、どこか放っておけないような、不思議な雰囲気を持つ村。

 そして、俺の無自覚な力が、ほんの少しだけ影響を与え始めているかもしれない、この場所。


「……よし。もう少しだけ、様子を見てみるか」


 俺は決めた。

 急ぐ旅でもないのだ。

 この村にもう少しだけ滞在してみよう。

 何かが起こるわけではないかもしれない。

 でも、俺の感覚がそう告げているのだから、きっとそれが『正しい』のだろう。

 俺は踵を返し、再び村の中へと歩き出した。

 村の空気が、俺の決断に応えるかのように、またほんの少しだけ、澄み渡ったような気がした。

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