表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

第4話 感覚に従う旅

 休憩所の主人に温かいスープと一晩の宿を提供してもらい、俺は翌朝、元気を取り戻して出発した。


「いやー、本当に助かりました。ありがとうございます」

「なに、礼には及ばんよ。むしろ、こっちが助けられたくらいだ。旅の方、達者でな」


 主人は笑顔で見送ってくれた。

 思わぬ親切に、少しだけ心が温かくなる。


「さて……どっちに行こうかな」


 休憩所の前には、街道が続いている。

 昨日は森の中の獣道を抜けてきたが、今日はこの街道を進むのが普通だろう。

 だが、俺は街道を眺めて、少しだけ眉をひそめた。


「うーん……なんだか、こっちの道はあまり気が進まないな。少しだけだけど……『ノイズ』がある感じがする」


 気のせいかもしれない。

 でも、一度気になると、どうしても足が向かない。

 俺は街道とは少し違う方向、なだらかな丘が続く方角に目を向けた。

 そちらには、はっきりとした道はない。

 ただ、草原が広がっているだけだ。


「こっちの方が……うん、空気がいい。こっちに行ってみようかな」


 目的地があるわけではない。

 急ぐ旅でもない。

 だったら、自分の感覚に従ってみるのも悪くないだろう。

 俺は街道を外れ、草原へと足を踏み入れた。

 柔らかな草を踏みしめる感触が心地よい。

 見晴らしも良く、気分がいい。


「お、なんか綺麗な花が咲いてるな」


 足元には、色とりどりの野花が咲き乱れていた。

 昨日の獣道でもそうだったが、俺が歩く場所の周りには、なぜか植物が元気な気がする。


「俺って、もしかして自然に好かれるタイプなのかな? はは、まさかな」


 くだらないことを考えながら、俺は丘を登っていく。

 時折、遠くに他の旅人らしき姿が見えることもあったが、彼らは皆、街道を進んでいるようだ。

 わざわざ道なき道を行くのは俺くらいのものだろう。

 しばらく歩くと、前方に少し鬱蒼とした森が見えてきた。


「あれ……森か。中、通れるかな?」


 近づいてみると、森の入り口付近は空気が淀んでいて、不快な『ノイズ』を感じる。

 木々もどこか病的な感じで、元気がない。


「うわ……なんだか、ここは嫌な感じがするな。やめておこう」


 俺は森に入るのをやめ、迂回することにした。

 森の縁を回り込むように歩いていく。

 すると、森を抜けた先で、街道を歩いていたらしい商人風の一団が、何やら困った様子で立ち往生しているのが見えた。


「どうしたんだろう?」


 遠目に見ていると、彼らは森の中から出てきたらしいゴブリンの群れに襲われ、荷物を奪われているようだった。


「うわ……ゴブリンか。やっぱりあの森、危なかったんだ」


 俺が感じた『ノイズ』は、ゴブリンの存在を示唆していたのかもしれない。

 もし俺が森に入っていたら、彼らと同じように襲われていたかもしれない。


「……危なかった。感覚に従ってよかったな」


 俺は彼らに気づかれないように、そっとその場を離れた。

 助けたい気持ちもあったが、今の俺の実力では、ゴブリンの群れ相手にできることは何もないだろう。

 自分の身を守るのが精一杯だ。

 またしばらく歩くと、今度は大きな沼地が見えてきた。

 沼の周りはじめじめとしていて、変な匂いがする。

 ここも強い『ノイズ』を感じた。


「うーん、沼地か……。ここもなんか嫌な感じだな。底なし沼とかありそうだし、近づかない方がいいか」


 俺は沼地からも距離を取り、大きく迂回する。

 結果的に、かなり遠回りをすることになったが、安全には代えられない。

 日が中天に差し掛かる頃、俺は景色の良い丘の上で休憩することにした。

 水筒の水を飲み、休憩所の主人が持たせてくれた干し肉を齧る。


「ふぅ……結構歩いたな。でも、なんだかんだで順調……なのかな?」


 追放された直後はどうなることかと思ったが、今のところ、危険な目にも遭わず、快適な旅が続いている。

 これも全部、俺の『感覚』のおかげだろうか。


「この『ノイズ』を感じる力と、『良い感じ』がする方を選ぶ力……これって、もしかして結構すごい能力なんじゃ……? いやいや、まさかな」


 考えすぎだろう。

 ただ運が良いだけだ。

 きっとそうだ。

 休憩を終え、俺は再び歩き始めた。

 相変わらず目的地はない。

 ただ、感覚が『良い』と感じる方へ、足を進めるだけだ。

 丘を下り、緩やかな谷間を歩く。

 小さな川が流れていて、せせらぎの音が心地よかった。

 川の水に手を入れてみると、ひんやりとして気持ちがいい。

 俺が触れた場所の水だけ、ほんの少しキラキラと輝きを増したような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 夕方近くになり、そろそろ今日の寝床を探さないといけないと思い始めた頃。

 前方に、小さな村のようなものが見えてきた。

 街道からは外れた、地図にも載っていないような小さな集落だ。


「お、村かな? 今日はあそこまで行ってみるか」


 近づいてみると、数軒の家が点在する、本当に小さな村だった。

 畑はあるが、作物の育ちはあまり良なさそうだ。

 村全体に、どことなく活気がないような……いや、これも『ノイズ』の一種だろうか。

 少しだけ、重苦しい空気を感じる。

 だが、危険を感じるほどの強いノイズではない。


「まあ、一晩くらいなら大丈夫かな。宿があるといいんだけど……」


 俺は期待と少しの不安を胸に、その小さな村へと向かって歩き出した。

 この村での出会いが、俺の無自覚な能力を新たな形で発揮させるきっかけになることを、俺はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ