第4話 感覚に従う旅
休憩所の主人に温かいスープと一晩の宿を提供してもらい、俺は翌朝、元気を取り戻して出発した。
「いやー、本当に助かりました。ありがとうございます」
「なに、礼には及ばんよ。むしろ、こっちが助けられたくらいだ。旅の方、達者でな」
主人は笑顔で見送ってくれた。
思わぬ親切に、少しだけ心が温かくなる。
「さて……どっちに行こうかな」
休憩所の前には、街道が続いている。
昨日は森の中の獣道を抜けてきたが、今日はこの街道を進むのが普通だろう。
だが、俺は街道を眺めて、少しだけ眉をひそめた。
「うーん……なんだか、こっちの道はあまり気が進まないな。少しだけだけど……『ノイズ』がある感じがする」
気のせいかもしれない。
でも、一度気になると、どうしても足が向かない。
俺は街道とは少し違う方向、なだらかな丘が続く方角に目を向けた。
そちらには、はっきりとした道はない。
ただ、草原が広がっているだけだ。
「こっちの方が……うん、空気がいい。こっちに行ってみようかな」
目的地があるわけではない。
急ぐ旅でもない。
だったら、自分の感覚に従ってみるのも悪くないだろう。
俺は街道を外れ、草原へと足を踏み入れた。
柔らかな草を踏みしめる感触が心地よい。
見晴らしも良く、気分がいい。
「お、なんか綺麗な花が咲いてるな」
足元には、色とりどりの野花が咲き乱れていた。
昨日の獣道でもそうだったが、俺が歩く場所の周りには、なぜか植物が元気な気がする。
「俺って、もしかして自然に好かれるタイプなのかな? はは、まさかな」
くだらないことを考えながら、俺は丘を登っていく。
時折、遠くに他の旅人らしき姿が見えることもあったが、彼らは皆、街道を進んでいるようだ。
わざわざ道なき道を行くのは俺くらいのものだろう。
しばらく歩くと、前方に少し鬱蒼とした森が見えてきた。
「あれ……森か。中、通れるかな?」
近づいてみると、森の入り口付近は空気が淀んでいて、不快な『ノイズ』を感じる。
木々もどこか病的な感じで、元気がない。
「うわ……なんだか、ここは嫌な感じがするな。やめておこう」
俺は森に入るのをやめ、迂回することにした。
森の縁を回り込むように歩いていく。
すると、森を抜けた先で、街道を歩いていたらしい商人風の一団が、何やら困った様子で立ち往生しているのが見えた。
「どうしたんだろう?」
遠目に見ていると、彼らは森の中から出てきたらしいゴブリンの群れに襲われ、荷物を奪われているようだった。
「うわ……ゴブリンか。やっぱりあの森、危なかったんだ」
俺が感じた『ノイズ』は、ゴブリンの存在を示唆していたのかもしれない。
もし俺が森に入っていたら、彼らと同じように襲われていたかもしれない。
「……危なかった。感覚に従ってよかったな」
俺は彼らに気づかれないように、そっとその場を離れた。
助けたい気持ちもあったが、今の俺の実力では、ゴブリンの群れ相手にできることは何もないだろう。
自分の身を守るのが精一杯だ。
またしばらく歩くと、今度は大きな沼地が見えてきた。
沼の周りはじめじめとしていて、変な匂いがする。
ここも強い『ノイズ』を感じた。
「うーん、沼地か……。ここもなんか嫌な感じだな。底なし沼とかありそうだし、近づかない方がいいか」
俺は沼地からも距離を取り、大きく迂回する。
結果的に、かなり遠回りをすることになったが、安全には代えられない。
日が中天に差し掛かる頃、俺は景色の良い丘の上で休憩することにした。
水筒の水を飲み、休憩所の主人が持たせてくれた干し肉を齧る。
「ふぅ……結構歩いたな。でも、なんだかんだで順調……なのかな?」
追放された直後はどうなることかと思ったが、今のところ、危険な目にも遭わず、快適な旅が続いている。
これも全部、俺の『感覚』のおかげだろうか。
「この『ノイズ』を感じる力と、『良い感じ』がする方を選ぶ力……これって、もしかして結構すごい能力なんじゃ……? いやいや、まさかな」
考えすぎだろう。
ただ運が良いだけだ。
きっとそうだ。
休憩を終え、俺は再び歩き始めた。
相変わらず目的地はない。
ただ、感覚が『良い』と感じる方へ、足を進めるだけだ。
丘を下り、緩やかな谷間を歩く。
小さな川が流れていて、せせらぎの音が心地よかった。
川の水に手を入れてみると、ひんやりとして気持ちがいい。
俺が触れた場所の水だけ、ほんの少しキラキラと輝きを増したような気がしたが、きっと気のせいだろう。
夕方近くになり、そろそろ今日の寝床を探さないといけないと思い始めた頃。
前方に、小さな村のようなものが見えてきた。
街道からは外れた、地図にも載っていないような小さな集落だ。
「お、村かな? 今日はあそこまで行ってみるか」
近づいてみると、数軒の家が点在する、本当に小さな村だった。
畑はあるが、作物の育ちはあまり良なさそうだ。
村全体に、どことなく活気がないような……いや、これも『ノイズ』の一種だろうか。
少しだけ、重苦しい空気を感じる。
だが、危険を感じるほどの強いノイズではない。
「まあ、一晩くらいなら大丈夫かな。宿があるといいんだけど……」
俺は期待と少しの不安を胸に、その小さな村へと向かって歩き出した。
この村での出会いが、俺の無自覚な能力を新たな形で発揮させるきっかけになることを、俺はまだ知らない。