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第2話 感覚の示す先へ

【雷光の剣】と別れた俺は、街の門をくぐり抜けた。

 背後で門が閉まる重い音が響く。


「……はぁ。もう、あの場所に戻ることはないんだろうな」


 溜息と共に独り言が漏れる。

 これからどうするか、全く当てはない。


「これからどうしようかな……。全く当てがないな……」


 冒険者としての登録はまだ残っているが、ソロで活動するには俺の実力は心許ない。


「一人でやってくのは、ちょっとキツイよなぁ……」


 それに、エリートパーティを追放されたとなれば、他のパーティが拾ってくれる可能性も低いだろう。


「【雷光の剣】をクビになった奴なんて、誰も雇ってくれないか……」


 革袋の中のけして多くはない硬貨が、チャリ、と寂しい音を立てた。


「まずは今日の宿を探すか……? いや、それよりもこのまま街を離れた方がいいのか……?」


 思考がまとまらない。

 なんとなく、街の喧騒から離れたい気分だった。

 大通りを避け、俺は自然と人通りの少ない裏道へと足を踏み入れた。


「うわ……こっちの道、結構荒れてるな。石畳も剥がれちゃってるし。壁も苔だらけだ」


 寂れた道だ。

 それでも、こちらの方が妙に落ち着く気がした。


「なんでこっちに来たんだろ、俺……。わかんないけど……うん、『ノイズ』が少ない感じがするな」


 人々が行き交う活気ある場所は、時々、ざわざわとした不快な感覚――ノイズを強く感じることがある。

 理由はわからないけれど、俺はそういう場所が少し苦手だった。

 黙々と歩を進める。

 足元は、雨上がりでもないのに少しぬかるんでいた。


「うわ、ぬかるんでる……歩きにくいな……」


 そう思った瞬間。

 ふわり、と足元の感触が変わった。

 見下ろすと、ぬかるんでいたはずの地面に、柔らかな緑の草が薄っすらと生えている。


「……え? なんだこれ? 草?」


 俺は足を止めて、まじまじと地面を見た。


「気のせい……じゃないよな。さっきまで絶対、ただの泥だったのに」


 まるで、俺が踏む場所だけを選んで、短い草が芽吹いたかのようだ。

 首を傾げながらも、俺は再び歩き出す。

 数歩進むと、今度は道の脇に捨てられていたのだろう、錆びた鉄屑が目に入った。


「うへぇ、ゴミか……。みすぼらしいな」


 すると、その鉄屑の表面の赤錆が、まるで埃を払うかのように、さらさらと消えていく。

 現れたのは、鈍い銀色の金属の地肌だった。


「……なんだよ、またか?」


 思わず声が出た。


「これも……俺のせい、なのかな? いや、でも何もしてないし……ただ見ただけだよな?」


 これが、ライナーたちの言っていた『奇妙な現象』なのだろうか。

 俺にとっては、たまに起こる『当たり前のこと』だったけれど、他の人から見れば異常なのかもしれない。


「はぁ……ライナーさんたちが怒るのも、ちょっとわかる気はするな……。俺だって、なんでこうなるのか全然わかんないんだから」


 説明のしようがないのだ。

 しばらく歩くと、裏通りを抜け、街の外れへと続く道に出た。

 道は二手に分かれている。

 一つは、整備された街道へと続く広い道。

 もう一つは、森へと続く細い獣道だ。


「普通なら、こっちの街道を選ぶんだろうけど……」


 安全だし、次の街へも行きやすいはずだ。


「……こっち、か」


 けれど、俺の足は、自然と獣道の方へと向いていた。


「なんでかはわからないけど……うん、こっちの方が『良い感じ』がするんだよな。空気も澄んでる気がするし」


 街道の方からは、微かな『ノイズ』を感じる。

 危険というほどではないけれど、少しだけ、ざらついた感覚。

 俺は自分の感覚を信じて、獣道へと足を踏み入れた。

 鬱蒼とした森の中は薄暗かったが、不思議と不安は感じなかった。

 むしろ、静かで落ち着く。


「森の中って、落ち着くな……。街のざわざわした感じがないからかな」


 木の葉の擦れる音、鳥の声、土の匂い。

 それらが心地よく感じられた。

 歩きながら、ぼんやりと考える。


「これから、どうなるんだろうな……。俺、一人でやっていけるのかな……」


 仲間もいない。

 特別な力があるわけでもない。

 ただ、よくわからない『感覚』と、時々起こる『奇妙な現象』があるだけだ。


「この変な力も、役に立つのかどうかもわかんないし……はぁ……」


 途方に暮れかけた、その時だった。


 ふと、目の前に奇妙な光景が浮かんだ。


 ……暖かい暖炉の火。

 その前で、俺は分厚い本を読んでいる。

 隣には、見たことのない顔の……でも、とても親しげな雰囲気の男女が数人いて、穏やかに談笑している。

 部屋は広くはないけれど、とても居心地が良さそうだ。


「……今の、なんだ?」


 幻覚か?

 俺は目を擦った。

 だが、その光景はすぐに消え、また別の光景が浮かぶ。


 ……賑やかな食卓。

 美味しそうな料理がたくさん並んでいる。

 俺は、さっきとはまた違う顔ぶれの、でもやっぱり楽しそうな仲間たちに囲まれて、笑いながら何かを話している。

 みんな、俺に向けて優しい笑顔を向けている。


「……まただ……。なんだろう、これ……すごく、楽しそうだけど……」


 さらに、また違う場面。


 ……どこかの村だろうか。

 たくさんの村人たちが集まって、俺に「ありがとう!」「助かったよ!」と口々に感謝の言葉を述べている。

 俺は少し照れくさそうに、頭を掻いていた。


「俺が……感謝されてる……?」


 これらの光景は、ほんの一瞬で現れては消えていった。

 まるで、未来の出来事を垣間見たかのようだ。


「未来……? あれが、本当に俺の未来だって言うのか……?」


 あんな風に、穏やかに笑える日が来るのだろうか。

 あんな風に、誰かに感謝される日が来るのだろうか。

 今の俺には、想像もつかない。

 けれど、あの光景は、不思議と温かい気持ちを俺の心に残していった。


 この、俺にとっては当たり前の感覚と、無自覚な力が、やがて自分に想像もしなかった幸運と、かけがえのない居場所をもたらすことになる。

 そして、その力が、世界の裏側に隠された大きな流れに、知らず知らずのうちに関わっていくことになる。


 だが、そんな未来が待っていることなど、この時の俺はまだ知る由もなかった。

 俺はただ、自分の『なんとなく』という感覚だけを頼りに、森の中の獣道を、一歩一歩、踏みしめて歩き続けるだけだった。

 足元の小石が、いつの間にか丸みを帯びていることにも、滞っていた森の空気が、通り過ぎた後、わずかに清澄になっていることにも気づかずに。

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