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第1話 追放宣告

無自覚チート系追放ものです。


 ダンジョンからの帰り道は、いつもより空気が重かった。

 つい先ほどまで死線を共にしていた仲間たちの間に、今は冷たい沈黙が流れている。

 先頭を歩いていたパーティリーダーのライナーが、不意に足を止めた。

 つられるように、俺――リオと、他のメンバーも立ち止まる。

 ライナーはゆっくりと振り返り、その鋭い視線を俺に向けた。

 まるで値踏みするかのような、冷たい目だ。


「リオ」


 低い、抑揚のない声だった。


「はい」


 俺は短く返事をする。

 嫌な予感が、首筋を撫でるように通り過ぎていく。

 ライナーの表情は硬く、その目には隠しようのない苛立ちと、何か決定的なものが浮かんでいるように見えた。

 隣に立つ魔法使いのエルザは、知的な顔立ちを冷ややかに歪め、杖を握る手に力を込めているのがわかる。

 後方の盾役、ゴードンは、大きな体をさらに強張らせ、不機嫌そうに腕を組んでいた。


「お前は今日限りで、このパーティ【雷光(らいこう)(つるぎ)】から抜けてもらう」


 宣告は、冷たい刃のように、静寂を切り裂いた。


「……え?」


 頭が真っ白になる。

 理解が追いつかない。

 追放?

 俺が? このパーティから? なぜ?

 ライナーは俺の困惑を意にも介さず、言葉を続ける。

 その声には、積もり積もった非難の色が滲んでいた。


「もう限界だ。お前のその、わけのわからない感覚的な行動にはな。我々の足を引っ張るだけの存在は不要だ」

「感覚的……ですか?」

「そうだ。作戦行動中、緻密な計算に基づいてルートを設定しているというのに、『なんとなくこっちが安全な気がする』だと? 明らかな罠が設置されている場所に『いや、こっちは大丈夫な感じがする』だと? ふざけるのも大概にしろ!」


 ライナーの語気が荒くなる。

 彼の完璧主義的な性格が、俺の行動を許せなかったのだろう。

 エルザも冷たく付け加える。


「あなたの『なんとなく』のせいで、何度フォーメーションが乱れたことか。魔法の詠唱タイミングもずれるし、本当に迷惑だったわ」


 ゴードンも、苦々しげに口を開いた。


「前衛が必死に敵を抑えている時に、勝手な動きをするなと何度言ったらわかるんだ。お前のせいで、危うく壊滅しかけた場面もあっただろうが」


 彼らの言葉が、次々と俺に突き刺さる。

 確かに俺の行動は、計画とは違うかもしれない。

 けれど、それはいつも、何か嫌な感じ――俺が『ノイズ』と呼んでいる違和感や危険信号を察知した時だった。

 それを避けるように、あるいは打ち消すように動いていただけだ。

 それが結果的に、隠された罠や敵の奇襲を回避できたこともあったはずだ。


「でも、結果的にそれで危険を避けられたことも……」


 俺はか細い声で反論しようとしたが、ライナーはその言葉を鼻で笑い飛ばした。


「偶然だろう、そんなものは! お前のその根拠のない行動が、どれだけ我々の計画を狂わせ、無駄なリスクを生んだと思っている! 説明してみろ!」

「……それは……」


 説明はできない。

 なぜそう感じたのか、言葉で説明するのは難しい。

 ただ、そう感じたから、そう動いただけだ。


「それに、お前の周りで起こる奇妙な現象もだ」


 ライナーは俺の装備に視線を走らせる。


「戦闘で傷ついたはずの鎧が、いつの間にか綺麗になっていたり、切れ味が鈍ったはずの剣が、次の戦闘では元通りになっていたり……あれは一体何なんだ? 説明できるのか?」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 俺の装備は、他のメンバーに比べて消耗が少ない気がする。

 でも、それは手入れをしっかりしているからだと……いや、それだけではないかもしれない。

 気づけば、さっきまで泥で汚れていたはずの俺のブーツも、いつの間にか土一つついていない。

 ……いつの間に? どうして?


「ほら見ろ。そういうところだ。お前自身、自分の身に何が起こっているのか理解していない。そんな得体の知れない存在を、これ以上パーティに置いておくわけにはいかないんだよ」

「得体が知れない……」


 俺は自分の両手を見つめた。

 この手で何か特別なことをした覚えはない。

 でも、俺の周りでは、時々こういうことが起こる。

 物が勝手に綺麗になったり、壊れたものがいつの間にか直っていたり、調子の悪かったものが正常に戻ったり。

 それは、物心ついた頃から当たり前のことだった。

 だから、今まで深く考えたこともなかった。

 それが『普通』だと思っていたから。


「俺は……ただ、感じたままに行動して……それが、少しだけ、周りに影響することがあるだけで……」

「その『影響』が問題なんだ!」


 ライナーが声を荒らげる。


「我々には理解不能であり、制御不能だ! それは時に味方を助けるように見えても、いつ敵に利するかわからない。はっきり言って、お前は危険因子ですらある!」

「危険因子……」


 エルザも冷たく言い放つ。


「あなたのその力……いえ、現象かしら。私たちの理解する魔法体系とは完全に異質よ。正直、不気味だわ」

「足手まといで、理解不能で、不気味な危険因子……それが我々【雷光の剣】の、お前に対する最終評価だ」


 ライナーが決定的な言葉を告げた。

 最終評価。

 その言葉が、鉛のように重く胸にのしかかる。

 信じていた仲間の言葉が、こんなにも冷たく響くとは。

 パーティの一員として、共に困難を乗り越えてきたつもりだった。

 実力では劣るかもしれないけれど、自分なりに貢献しようと、彼らの役に立とうとしてきたつもりだった。

 だが、彼らにとっては、俺は理解不能な邪魔者でしかなかったらしい。

 効率と論理を絶対とする彼らの世界では、俺のような存在は受け入れられなかった。

 もう、反論する気力も、弁解する言葉も、湧いてこなかった。

 彼らの言うことも、彼らにとっての『真実』なのだろう。


「……わかりました」


 俺は力なく頷いた。

 胸の奥が、きゅっと締め付けられるような痛みを感じる。

 寂しいのか、悔しいのか、それともただ虚しいのか、よくわからない感情が渦巻いていた。


「これまで……短い間でしたけど、お世話になりました」

「ふん。物分かりが良くて助かる」


 ライナーは吐き捨てるように言った。

 その目に、かつての仲間に対する情は微塵も感じられない。


「報酬の分け前は、規定通り払う。それを持って、とっとと俺たちの前から消えろ。二度と我々の前に姿を見せるな」


 ゴードンが、無言で革袋を足元に投げてよこした。

 チャリン、と軽い金属音が、やけに大きく響いた。

 俺はそれをゆっくりと拾い上げ、俯いたまま、彼らに背を向けた。

 背中に突き刺さる、いくつもの冷たい視線を感じる。

 もう、振り返ることはできなかった。


 彼らパーティ【雷光の剣】の視点から見れば、俺の追放は当然の帰結だったのかもしれない。

 リーダーのライナーは、エリート意識が高く、自身の立てた計画が完璧であると信じている。

 計画通りに進まないことは、彼にとって最大のストレスであり、俺の予測不能な行動はその最たるものだった。

 魔法使いのエルザは、理論と知識を絶対視する。

 魔法の体系から完全に外れた、説明不能な俺の能力(と彼女が認識している現象)は、彼女の知的好奇心を刺激するどころか、むしろ秩序を乱す不気味なものとしか映らなかった。

 盾役のゴードンは、実直でパーティの規律と連携を何よりも重んじる。

 連携を乱す俺の単独行動(に見える動き)や、パーティに不利益をもたらしかねない(と彼が判断した)俺の存在を、規律違反として許せなかった。

 彼らにとって、俺は理解できない『ノイズ』であり、計算できない不確定要素であり、排除すべき異物だったのだ。

 俺が感じていた『ノイズ』が、彼らに迫る真の危険を知らせていたとしても、彼らにはそれが理解できない。

 俺の無自覚な『修正』が、彼らの装備や状況を密かに改善し、助けていたとしても、彼らはそれを認識できない。

 論理で説明できないものは、存在しないのと同じだった。

 だから、俺は追放された。

 ただ、それだけのことだ。


 俺は、パーティが去っていった方向とは逆へ、一人、ゆっくりと歩き出した。

 夕暮れの空が、やけに広く感じる。

 これからどうしようか。

 行く当ても、やるべきことも、今の俺には何も思い浮かばない。

 ただ、足が自然と向く方へ。

 なんとなく、こっちの道の方が、少しだけ空気が澄んでいるような気がしたから。

 それだけを頼りに、俺は最初の一歩を踏み出した。

「おもしろそう」「続きが気になる」「更新頑張れ」「無自覚チート最高」「ざまぁを見せてくれ」など、少しでも思っていただけましたら、お気に入りと★評価をよろしくお願いいたします。

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