第五話 火山の住人
登場人物
主人公 神村攷
厨二病なヒロイン 誓野明
まともなヒロイン 西宮朋子
バカな親友 近藤テツ(こんどうてつ)
魔導馬車の運転手
長老スライム
誤字脱字等々ありましたら教えていただけると嬉しいです。把握次第修正致しますので。
第五話 火山の住人
「とりあえず、スライムの巣を探してみるか。」
「そう簡単に見つかるものなのかな……」
確かに、スライムがどんな魔物なのか分かっていないからな。巣がどんな形をしているのか検討もつかない。
「スライムの巣は、小さな洞窟のような見た目をしている。穴の前に数匹見張りのスライムがいることが多いから、すぐにわかると思うぞ。」
「なるほど。ありがとうございます。」
「スライムは、武器や魔法が使えなくても、力技で倒すことが出来る魔物だ。苦戦することはないだろうよ。」
この世界のスライムは、どうやら普通に弱いタイプのようだ。初心者の天敵的なタイプじゃなくて良かった。
火山の麓は草ひとつ生えておらず、ごつごつとした岩がむき出しになっていて、転ぶと怪我をしてしまいそうだ。慎重に数分探し回っていると、スライムの巣らしき洞窟をみつけた。
「……あれか?」
「そうっぽいけど、見張り?のスライムが10匹以上いないか!?」
「全部で16匹いるね。」
「我が魔法を使えれば、こんな雑魚どもは一撃なのだろうが……」
「今は使えないからな。身一つで突っ込むしかないだろ。」
「私、最初に行っていい?」
「……もちろん。」
「了解!」
西宮は、俺の承諾を受けた瞬間に飛び出し、スライムに強力な一撃を加えた。西宮が初撃を入れたと同時に、洞窟からさらに十数匹のスライムが飛び出してきた。
「西宮!?そのナイフはどこから!?」
「護身用のナイフ。持ち物に入ってたんだよ!」
俺は筆箱が入っていたが、西宮には護身用のナイフが入っていたらしい。ナイフと違い、俺の筆箱は今のところ何の役にも立っていない。
「俺達もいくぞ!」
「おう!」
「任せろ!」
俺はスライムに一発ゲンコツをかました。むにゅりとした感覚が生々しく伝わってくる。スライムは少しへこんだあと、元の形に戻った。
「本当に効いてるのかこれ……」
スライムは手のようなものを生やして、殴られたところを痛そうに抑えている。効いてはいるらしい。
「おらっ!!!」
もう一発ゲンコツをお見舞いする。スライムが小さいせいで、地面まで一緒に殴ってしまった。
「ッゥ痛って!」
俺の拳は、立派な梅干しになった。かわりに、スライムはムニュウウウウウと叫び声?をあげて、ビー玉より少し大きい位の球体になった。
「これがスライムの素材ってやつか?」
「そうっぽいね!」
片手いっぱいにスライムの素材を手にしている西宮は、ペースを落とすことなくスライムを真っ二つに切り裂いている。やっぱり斬撃のほうが、殴るよりも有効みたいだ。
テツもフィジカルと重さをうまく拳に伝えて、スライムを潰している。俺のゲンコツとは別物のような威力だ。スライムは一撃で素材になっている。
「柔らかくて、なんだか気持ちいいな!」
「地面殴るなよ。俺みたいになるから。」
「分かっている!!!ッゥ痛ってえ!!!!!」
「言っただろ……」
明は、殴るよりも踏みつけにすることを選んだようだ。スライムに何回か避けられた後、ようやく仕留めることに成功したらしい。まるで蟻を潰して56そうとする小学生のようだ。
「ふう……ふ、ふふん!見たか!我の力を!!!」
はあはあと息を上がらせながらも、明は次なる標的を見定め、踏み潰しにかかっている。
「……俺も足を使うか。」
明のやり方を見習い、近くのスライムを踏み潰そうとした瞬間。
『ファイアー・ボール!!!』
どこからか、魔法らしき言葉が聞こえてくる。俺は反射的にに身体を反らせた。コンマ数秒前まで俺が存在していた場所を、直径30cmほどの火球が通過した。火球はそのまま直進し、岩に黒い影をのこした。
「なんだあれ!?」
『仕留められなかったか……』
確かに、スライムの巣から声がした。どういうことだ?
「誰だ……?」
西宮も明も、テツでさえ動きを止め、スライムの巣を凝視した。
洞窟から、ゆっくりと丸い影が這い出てくる。洞窟の直径は大体1m。その半分以上を使うほどに巨大なスライムが這い出てきた。普通のスライムは、せいぜい直径が10数cmだ。
『折角入った若手達をぶちころしおって。この責任、死して償ってもらうつもりだったが……』
小さな王冠を被った長老のようなスライムは、物騒なことを口にした。
「死して償う……」
この言葉を現実で聞くことになるとは思わなかった。だが、そのつもりだっただけらしい。
「……君たち、転生者だろう?」
「!?」
そういうことって、分かるものなのか!?まだ魔法を一発打ち込まれただけだぞ……?
「……そうだ。」
『やはり……だが、不可解だな。この場にいる誰からも、能力の気配を感じない。』
「能力の気配……」
閻魔が言っていた、転生者に一つだけ授けられる能力のことか?特別なものだとは思うが、それに気配なんてあるのか……?
『今まで出会った転生者は、例外なく能力の気配を有していた……』
「ちょっと待て。つまり、俺達以外にも転生者がいるってことか?」
『そうだ。数えようとすれば、千を超えるかもしれない。』
そんなに沢山転生者がいるのか。流石に俺達だけではないだろうと思っていたが……想像以上だ。
『私が出会ってきた転生者は、全員がその能力のみで困難を乗り越えようとし、失敗していた。』
チート能力がひとつある程度で生き残れるほどこの世界は甘くないということなのか?
「俺達は能力を持っていない転生者だ。能力に頼ることは絶対に不可能だろうな。」
『そうだろうな。だからこそ、私は君達を見逃すことにした。』
「どうして……?」
明が素で質問する。特殊な状況だからか、明は厨二病を発症していない。
『私に弱者をいたぶる趣味はない。むしろ、手助けすることに快感を覚える。私は特殊な魔物なのだろう。』
「手助け?何か協力してくれるのか?」
『いや取引だ。実質的には、手助けだが。』
「……取引の内容を聞いてもいいか?」
『もちろんだ。』
うまい話には裏がある。取引の内容がどうであれ、初対面の人間を手助け?それも、仲間を殺した相手とか?そんなことはありえない。
『この巣を守る結界を張って欲しい。』
「結界だって?」
そもそも出来ませんでしたありがとうございました。
「……申し訳ないが、俺達は魔法を使えないんだ。結界を張ることは出来ない。」
『何?魔法が使えないだと?そうか。君達は、今転生してきたばかりということだな?』
「話が早くて助かる。」
「能力も魔法も使えない俺達には、さっきみたいな殴る蹴るしか出来ないんだ。」
『なるほど……しかし、私の息子たちをぶちころしてくれたのだ。何かやってもらわないと困る。……そうだな。魔法を覚えてもらおう。』
「魔法を覚えてもらう?それって、こっちに有益すぎないか?」
『いや、その魔法で我々を守って欲しいのだよ。』
「結界も覚えろと。」
『そういうことだ。』
長老のようなスライムは、にやりと笑った。目や口は見当たらないが、なんとなくそんな表情をしているのが分かった。
「だが……魔法をどうやって覚えるのか、皆目検討もつかない。」
『冒険者ギルドの建物内に、魔法屋があるはずだ。そこで、常用魔法は覚えることが出来る。』
「そんなところがあったのか……」
見落としていたな。助かるが、長老スライムは何故ギルド内にそんなものがあると知っていたんだ?
聞いてみたくなったが、こちらからすればあまり関係ないこと。一度スルーしておくか。
『だが、戦闘で使う結界のような魔法は、師匠となる魔法使いに教えてもらう必要がある。』
「俺達には人脈が皆無だ。今から魔法を教えてくれと駆け込んで、教えてくれる人は少ない。」
『その通りだろう。だが、私には心当たりがある。』
「本当か!?」
魔物から魔法を教わるのはいかがなものかと思うが、そんなことよりも、魔法を使いたいという思いが先行する。明ほどの厨二病では断じて無いが、魔法は使ってみたい。結界を張り、スライム達と和解する必要もあるしな。
『だが、そいつに会うのは難しい。何日、何ヶ月、もしくは何年もかかるかもしれん。』
「……その、魔法を教えてくれる人(魔物かもしれない)は、どこにいるんだ?」
『東カンブリム大森林のどこかだ。』
「……え?」
「東カンブリム大森林って、さっき私たちが薬草を採ってた場所だよね。」
西宮が困惑気味に聞いてくる。スライムを切り刻んでいた物騒なナイフが、何故か西宮の左手にすごく馴染んでいる。
「……そうだな。」
『奴は、東カンブリム大森林に引きこもっている。』
「それって……ちゃんと魔法を教えてくれるのか?」
引きこもっている理由によっては、俺達に魔法を教えてくれない可能性がある。
『大丈夫だ。奴は魔物から身を守っているだけだ。森に隠れていると言った方がいいかもな。』
「隠れているその人を、見つければいいんだな?」
『そういうことだ。森のどこかに、白色の扉があるはずだ。その扉をひらけば、やつの住んでいる場所へ移動できる。』
「扉か……」
広大な森の中からひとつの扉を探し出すのは、不可能に近い。
『難しいが、奴の魔法技術は世界一レベルだ。奴に魔法を習うことが出来れば、世界一の魔法使いになることも夢では無い。』
「なっ……!世界一の魔法使いになれるだと!?攷!探しに行くぞ!!!」
「落ち着け。」
明はいきなり元気になった。いやいや、今から探していたら本当に日が暮れてしまう。
「もう夕方だ。今から街に戻っても夜なんだから、もう帰るべきだ。」
『私としては、君達が逃げることも十分考えているのだ。だからこそ、監視のスライムをつけるが、よろしいか?』
「勿論だ。」
長老スライムにとって、門番をしていた小さいスライムたちは大切な存在だったはずだ。殺害を許して貰える機会を無駄にするべきではないだろう。今の俺達では、長老スライムを怒らせた時に太刀打ちする手段は皆無だろうしな。逃げるべきじゃない。
「スライム達を殺してしまって、すまなかった。」
『大丈夫だ。それが、君達の仕事なのだからな。』
俺達は長老スライム達と別れ、魔導馬車へ戻った。
「どうだった?スライムの素材は、そこそこ集まったようだが。」
「素材に関してはぼちぼちです。」
運転手に質問されたが、長老スライムのことまで答える必要はないだろう。
「ギフトスの街に戻るで、いいんだよな?」
「はい、よろしくお願いします。」
「かしこまった!」
運転手は、にこやかな表情で魔導馬車を発進させた。俺は今後への大きな不安を残しながら、今日を生き延びたことに安堵していた。三人の表情も、いつもより少しだけ暗かった。