エルフ、家族計画をたてる
米津玄師のアンビリーバーズという曲が好きです
「皆さーん、出来ましたよー!」
「「「わーい。」」」
「初めての食事だ。味覚と嗅覚を有効的に使える機会を設けてもらって感謝する。」
日も沈み込み、空は満天の星々と紅く輝く衛星に加え、碧く輝く衛星が姿を現し、火などが無くとも夜の森は明るく、エルフ達は問題なく互いの存在を視認出来ていた。
勿論目の前に置かれた食事もダークエルフ達は興味深そうに見ていて、今か今かと初めての食事に期待を膨らませていた。
「えー…ゴホン。私達エルフは初めて食事をする際には生命の樹から生る果実を口にします。なので今回は全て生命の樹から生った果実で用意させていただきました。」
「「「おーーーーー。」」」
「食文化というやつだな。興味深い。」
ルーテの言う通り屋根付きの小屋の中には大量の果実が雑にこれでもかと積まれており、今夜の食事は全て果物というかなり挑戦的なメニュー構成になっている。
曰く今晩のディナーを用意したルーテの言い分では…
「…エルフ種は最初は生命の樹の果実を口にするってでまかせを言えばダークエルフ達は信じるのでは?」
と供述し、全ての食材(損傷が激しく原型を留めていないのに加えて未知の惑星という事も相まって名称も分類も不可能)を生命の樹に吸収させる事によって大量の栄養素とエネルギーを得た生命の樹がタンパク質を含んだ果実を生産し、それをダークエルフ達に与えたというのが今回の顛末である。
つまり手抜きである。子育て初日でしかも初めて食べ物を口にする子供達(一人は成人)に手抜き料理にもならない食事を用意したルーテは主婦としての才覚をまざまざとダークエルフ達に見せつけた。これは将来が楽しみであろう。
数日後には恐らく生命の樹にも吸収させずに生のまま提供していてもおかしくない。だが悲しいことか、ダークエルフ達はそれを手抜きとは気付けない。何故なら食文化を全く知らないし経験も無いからだ。
そこを早々に気付いたルーテはやはり主婦としての才能があるのだろう。どの星でも主婦はサボりを覚えるのが早いのだ。
(あんなに大量の皮と肉と骨と臓物の処理、出来るわけないじゃないですか…!)
「皆さん良く噛んで良く味わってくださいね?」
思っている事と言っていることが180°も違うが、それでも言い切る辺り肝が座っていた。伊達にこの時代まで生き抜いていない。
「どれから手に取れば良いか分からないな。おすすめはあるか?」
アズはキラキラとした眼差しを雑に積まれた果物に向けながらルーテにどれから口にすれば良いのかアドバイスを求めた。
「なんでも好きな物でいいですよ。味は保証します。生命の樹から生る果実が嫌いなエルフは居ません。」
果実の中にはルーテの頭の大きさ程の物もあれば明らかに食べ辛そうな形状をしているのもあって色も形も種類も豊富であった。しかしルーテが言うにはどれも味は悪くなく、人によっては大好物な種類もあるらしい。
「期待値、高まる。」
「これで美味しく無かったら。」
「道化。」
「本当にどこからそんなワードが出てくるんですか?」
私達は不死の種族。最低でも数千から数万年はこんな言動を続くと考えたらストレスで何回か身体が駄目になりそうです。
「では頂こう。」
「はい、どうぞ召し上がれ。」
アズが目の前の果実に手を伸ばした事が皮切りに子供達も食べ始めた。皆が果実を口にして咀嚼し始めると果汁を多く含んだ果肉が口いっぱいに広がり、噛めば心地よい音を鳴らして鼻から芳醇な香りが抜けていく。
ルーテも故郷で食べ慣れている事もあり、口にすると自然と故郷の事を思い出す。昔を懐かしみながらも新たな新天地で新たな家族と食事を楽しんだ。
「これが甘み、これが香り。そして食感と喉越し。食文化を当方は今理解した。」
「大袈裟ですね。ですが食べ物を口にすると安心出来ますね。やっと一息つけました。」
アズは目を閉じて食べ物の食感と味に集中しています。相当気に入ってくれたみたいです。子供達は無言でずっと食べ続けているのでダークエルフは私達エルフとそう変わらないグルメ家のようですね。
あと初めての食事の割に食べ方が綺麗で良かったです。もっと汚い食べ方をすると思ったのですけど私の食べ方を見て習ったようで私とそう遜色の無い食べ方をしています。
学習能力がここまで高いと私の挙動一つで彼女達の立ち振舞まで決まりそうで責任感が…
私が緊張感で胃が食べ物を受け付けなくなってから1時間程で皆の食事が終わり、あれだけあった果実の山はダークエルフ達の胃袋に全て収まってしまいました。
なのに皆のお腹を見てもあまり膨らんでいません。どうなってるんでしょうか。もしかしたら身体の内部はハイエルフとは違う構造をしていたり?
「ふぅ…ご馳走様でした。」
私が精霊様に感謝の意を示すために手を組んで祈りを捧げるとダークエルフ達も習ってくれて食後の挨拶をしてくれます。こういうのをわざわざ口にしなくても良いのは楽ですね。
「「「「ご馳走様でした。」」」」
「はい、お粗末さまでした。」
片付けもそこそこにし、私はアズを呼び出して小屋から少し離れた場所に連れていきます。これは子供達には聞かせられません。
「どうした?」
「大事な話があります。」
そう、大事な話。これは私達に関する大事なお話です。
「ダークエルフはもう作りません。」
「何故だ?戦力としてこれ以上無い種族だ。タンパク質もあの時の生物1匹程度で幼体が3人も作れる。」
「そこが問題なのです。強すぎる事は良いことだけではありません。それに食事を用意するのも大変です。子供達があんなにも食べるなんて想像もしていませんでした。」
ダークエルフのアズとハイエルフのルーテが家族計画の話を子供達に聞かれないように話し合いをする。この字面だけでかなりシュールだった。
「あれぐらいの食料を集めてくるのは当方達にとって造作もない。故にダークエルフを増やす事に問題はない。もっと増やしても害は無いだろう。」
子供を多くもうけたいというアズに対してルーテは…
「害しかありません。もう一人でももうければ私達はいずれ餓死してしまいます。分かりますか?私達は不死じゃないんですよ。栄養が無ければ身体を作れない。栄養が無ければ生命の樹は枯れ果ててしまいます。エルフ種は不老不死の種族なんかじゃありません。もっと計画を立てて子育てをしなければならないんです。」
簡単に子供をもうける事はいずれ自分達の首を締める事になると反論する。
まるで子育てを甘く考えている父親が子供を欲しがり、子育てをすることはとても難しいことなんだと言い聞かせる母親のような構図だった。
もうこれは夫婦と称しても良いだろう。特にルーテは母親としての自覚が芽生えたのか、現実的に物事を考えて計画的に子供をもうけたいと考えている。
「むぅ…しかし…」
「しかしも何もありません。次に作るのはエルフ種です。エルフならダークエルフよりもエネルギーを必要としませんし、タンパク質なら生命の樹内部にまだまだ残っています。」
「ならダークエルフでも…」
「毎回食料を調達するのにあれだけの破壊活動をしていたら生き物は近付いてきません。十日もしない内に生き物はここから居なくなるでしょう。ダークエルフの活動範囲に残るなんて馬鹿な生き物は文字通り狩り尽くされてしまいますからね。」
正論パンチをかまされたアズは口元を歪ませてなんとも言えない表情を浮かべる。常に無表情だったが、どうやら無表情以外にも表情を作れるようだ。
「…そんな顔をしても駄目です。というかそんな変な表情出来たんですね。なら食事中もっと楽しそうな表情をしてくださいよ。無表情で食べ続けられるとちょっと怖いんですよ。」
「別に変な表情をしていない。」
「してますよ…なんで嘘つくんですか。」
「していない。」
こ、子供だ…。言い分も態度も子供そのものです…。アズテックオスターのあの高尚なイメージを下げてることにアズは気付いていないのですか?
「…分かりましたよ。別にそこで議論はしたくないので。」
「分かればいい。」
うーん…もしかしてアズってめんどくさい女なのかな?私の友達にもこういうタイプ居ましたけどそういえば私以外に友達が居なかった娘でしたね。
「えっと、ダークエルフはこの星の環境を激変させてしまうのでこれ以上は増やしません。1年でこの大陸から大型生物を狩り尽くしてしまいそうなので。」
「…」
「良いですね?」
「…」
「良 い で す ね ?」
「ーーー了承した。」
良し…これでダークエルフ達はもう増えない。これで私の身の安全が…安…全、…安全か…。そんなに確保はされないんでしょうね…。だってアレだもんな…。
「…じゃあ次の話をしましょう。」
これも子供たちには聞かせられない話…。あの子たちには悪気は無いんですから。
「ダークエルフ…ルーズ、メーテ、クーデ。この3人は何故あんな感じなのですか?」
敢えてぼかして聞くルーテにアズは元の無表情になって答える。
「力のセーブのことか?」
「はい、元々アズでは力のセーブが上手く出来ないという話になって、それで純粋なダークエルフを生むことになりましたよね。それなのにあの子達はアズとそう変わらない。これだとこれ以上あの子達に狩りはさせられません。」
「確かにアレでは土や水にも影響が出てしまう。地形を変化させるほどの力はこの星には毒にしかならない。」
「そこまで分かってるのなら話が早いです。結局、あの子達も力のセーブが出来ていないってことですよね?」
「いや、それは違う。力のセーブは恐らく出来ている。」
この答えは予想外なもので、ルーテは頭を傾げてアズの続きの言葉を待つしかなかった。
「セーブしてアレなんだ。ダークエルフの力を100とした場合、最小の1の力がアレだった。それだけだ。」
「1の力で地震が起きたら私と生命の樹は死にますからね!?」
ダークエルフが竜種と比較しても遜色ないという事実がここで確定する。そんな超生物をポンポン増やせる訳がなく、明日は純粋なエルフ種を生むことでこの話は終わりを迎える。
そして小屋に戻るとまだまだ元気なダークエルフの子供達を寝かしつけるのにルーテがまた苦悩することになるのだが…
「意識を狩れば良いのか?」
というアズの一言で自ら横になって眠りにつく子供達。どうやらアズがこういう奴だとちゃんと認識しているらしいです。流石は我が子、将来が楽しみです。
「じゃあ…寝ますかね。」
そこまで広く作った小屋ではないので私達が寝転がると少々手狭に感じますが、床板の上に獣の皮を敷いているのでそこまで硬くは感じません。
まだ皮に油や肉が少し付いているので臭いますけど、これぐらいは耐えられそうです。明日は鞣しをして…
「なるほど…皮を敷いたのはこういうことか。」
私の左隣に寝転ぶアズが感想を述べる。どうやら肉の身体を持って皮の上に寝るという意味を今理解したらしいです。
「木の板の上で寝たら腰や首、あとお尻が痛くなりますよ。」
目を瞑って答えるとこちらに身体を向ける気配を感じる。…寝てくださいよ。大人なんですから…見て目だけは。
「当方の強度ではこれぐらいで…」
「年数でやられるんです。何年生きてると思ってるんですか。」
すぐに痛むのなら1日程度で治ります。しかし数年掛けて蝕まれた身体を治すにはそれ相応の時間が掛かるのです。それをまだアズは理解していない。…まあ、身体なんて交換してしまえば…
「…眠い、眠いです。おやすみなさいアズ。」
「ーーーおやすみルーテ。安心して眠ると良い。汝を害する者は当方が処理する。」
「そう…ですか…」
その一言を最後に私は気を失うように眠りにつきました。どうやら疲労やら緊張感が限界にまで達して気絶してしまったみたいです。
その証拠に私が目を覚ます頃には日は高い位置にまで昇り、私の傍には胡座をかいたアズしか居ませんでした。
「…スカートで胡座は些かどうかと思いますよ。例え下に履いていても…」
「目を覚ましたか。おはようルーテ。もうそろそろお昼になる。」
「…さいですか。」
私は身体を起こして眠気が取れない頭を手で押さえる。どうやら疲れが残ってしまっているようです。
「ルーズ達は?」
「色々とやってる。」
「その“色々”ってめっちゃ怖いんですけど…」
ダークエルフなら本当に色々と出来てしまいます…。またあんな死骸の山が出来てたら…
「あ、起きてる。」
「おはよう母様。」
「時間的には、こんにちは。」
「…元気そうで良かったです。そしておはようございます。あとこんにちはルーズ、メーテ、クーデ。」
おぉ…また私の周りをぐるぐるし始めました。なんでしょう。何かを期待している?
「皆さんは今まで何をしていたのですか?」
「来て来て来て。」
「早く早く早く。」
「見て見て見て。」
私とは比較にもならない腕力で小屋の外へと引っ張られましたけどもう育児ノイローゼになりそうです。子供達の腕力に勝てない母親なんて威厳もなにも無いですね。
「はいはいはい。」
私は子供達に連れられて生命の樹の隣に生えているシュールなアズテックオスターの本体の前まで来ましたが…
「…え?ええ!?なんですかこれ!?」
なんとアズテックオスターが欠けていました。あのドラゴンの攻撃を受けても傷一つ付かなかったアズテックオスターが欠けてます!
そこまで大きくは欠けていませんが、四角く欠けているので切り出したみたいにあそこだけ欠け落ちてますね。
「敵襲ですか!?」
「違う。当方がやったんだ。」
後ろから付いてきたアズが理由のわからない事を口にします。自分で自分の身体を欠けさせた?いや今の身体は前の身体ではないから別の身体で、でも同じ存在だから…ああーもう意味が分からなくなってきました。アズが絡むと理由が分からないことばかり起きます。
「この子達もアズテックオスターの因子を継いでいる。つまり半分はアズテックオスターだ。」
「まあそうですけど…?で?それで欠けさせたんですか?文法知ってます?」
「知っている。…見せたほうが早いか。ルーズ、メーテ、クーデ。」
「待ってました。」
「この時を。」
「2人で説明を終えないで。」
「そういうルールがあるんですね…」
どうやら3人で文章を構築するルールがあるらしく、クーデが不機嫌そうに2人をポコポコと殴ってますがここまで振動が響いてきます。…あれ多分私にされたらグシャッと潰れるんでしょうね。
「母様。」
「これ。」
「良いでしょ。」
「一文を3人でわざわざ別ける必要性あります?」
この子達のアイデンティティが分かりません。今度はルーズに配慮した結果分かりづらい文法になっています。
「あれ、これって…もしかして…」
良く見ると彼女達の手には板らしきものがありますがこの光沢…そして形状から察するに…
「そうだ。当方達アズテックオスターは接触することで情報のやり取りを行なう。そしてアズテックオスターには膨大な情報があり、この子達に必要な情報を与えていたんだ。」
「つまり生命の樹のように内部に情報を貯め込んでいるんですね…。」
そしてその一部をこうして板状に切り出して与えたと。
「それだけじゃない。」
「これタブレット。」
「他にも出来る。」
「…タブレットですか。他にも出来るとは?」
これがアズの言う“色々”なんでしょうね。…あまり聞きたくはないんですけど知らないと後々怖くて放置出来ませんし…
「解析。」
「生命の樹。」
「これで判明出来る。」
「え、凄いじゃないですか。」
素で反応してしまいましがこれはとても凄いことです。アズがそういった事を得意としていたことは分かっていましたけど、どうやら子供達も得意としているようで、慣れた手付きで生命の樹にタブレットを押し当てて何かをし始めます。
「見て見て。」
「はいはい。」
「見て見て見て。」
「はいはいはい。」
「見て。」
「梯子外すのはなんで?」
クーデは一人だけオチをつけてくるタイプですね…。いや、今はそんなことはよくて、タブレットを見ると私の良く知る文字と数字が浮かび上がっていました。
「これは…紋章みたいですね。あ、もしかしてタブレットって私達が着てる服のような性質も持っているのですか?」
「正解だ。タブレットは生命の樹に干渉出来るだけでなく干渉されることも可能。つまり…」
「…拒否されない。エルフ種以外の要素を挟んでも問題無いのならいくらでもやりようがあります。」
「そういうことだ。」
しれっと説明されましたがこれは凄いことです。生命の樹はエルフ種以外の種族が干渉出来ないように精霊様が創造されました。しかしタブレットを使って操作出来ているということはそれを真っ向から打ち破ってみせたのと同じ。
アズテックオスターだけでは昨日の段階で不可能だった筈ですが、操作しているのがエルフ種であるダークエルフなら問題無いってことですか…。
「ダークエルフだから出来た…で、合ってます?」
「合っている。そしてダークエルフはアズテックオスターでもある。つまりエルフとアズテックオスターの両方の要素を持ったダークエルフなら生命の樹というエルフ種の要素もタブレットというアズテックオスターの要素も干渉出来る。」
「タブレットはあくまで道具…。これらを可能としているのがダークエルフという種族…という訳ですか。」
子供達に狩りをさせないとなるとこれからダークエルフ達に何をさせようかと考えていましたが、どうやらアズが彼女達に仕事を与えてくれたみたいです。
なら、今度は私が仕事をする番みたいですね。
今年最後の投稿になりますが来年もこんな感じで投稿していきたいと思います