エルフ、ふたりになる
Hysteric Blueのカクテルという曲が好きです。
同盟のような協力関係を築いたルーテとアズはある種の実験のような試みを考えていた。
この星でエルフが繁栄する為にも必要な要素として、アズテックオスターの動くだけで周囲に破壊をもたらしてしまう性質を改善しなければならない。
「では最初に当方とあの生命の樹で肉の身体を作る。」
「さっき言ってましたけど、どういうことですか?」
「精神体である精霊が汝達ハイエルフを作れたということは、当方も生命の樹を使ってハイエルフのような交雑種を作れる筈だ。」
「…それは、また凄い発想です。」
出来るか出来ないかで言えば…出来るのかな?
「そうすればこの身体で動く必要性は無い。この身体では思わぬ破壊をもたらしてしまうだろうからな。」
そう言い終えるとアズは地面に飲み込まれるように沈んでいくのでした。
「ええ!?それどうやってるのですか!?」
普通はあんな大きな身体が地面に沈み込めば地面が隆起するはずなのに、まるで地面がただの絵のように微動だにしないでアズはそのまま地中へと潜ってしまいました…
「ちょ、ちょっとアズ!どこに行ってしまったのですか!?」
「こっちだ。」
声のする方向を向くとなんと生命の樹の隣に頭頂部のみを地面から生やすアズが居ました。
その光景はなんともシュールなもので、母星では当たり前のように生えていた生命の樹と絶対にどこにも生えていないであろうアズテックオスターのツーショットは本当に頭がおかしくなりそうなほどに意味不明でした。
「少し触れるぞ。」
私が駆け寄るとアズは生命の樹の根に近付き、そして触れて何かをし始めます。
「ーーーやはり、直接触れれば繋がれるようだ。」
アズテックオスターは故郷のアーゲスターでも直接触れ合うことで情報のやり取りを行なっていた。その特性を活かせばこのように生命の樹とも交信が出来るようだ。
「…流石はアズテックオスター。私の想像を遥かに超えています。でも、エルフのみしか生命の樹の操作は出来ないはずですよ?」
「そのエルフは汝だろう?」
「あ、そういうことですか。」
どうやら私も協力しないといけないらしい。…なんか遠慮とか無くなりましたね。まあ、そっちのほうが精神衛生上良いんですけど。こっちも気楽ですし。
「それで、私は何を?」
「ルーテは鍵だ。ただロック機能を解除してほしい。」
「ん〜〜なるほど…?とりあえずやってみます。」
ルーテは生命の樹に触れて生命の樹の内部に存在する魔素の動きを読み取り始める。正直なところルーテはこの生命の樹の操作には不慣れで、アズテックオスターが何を求めているのか理解していない。
「えっと、とりあえず何を解除すれば?」
「もう大丈夫だ。操作は当方のほうで行なっている。どうやらアズテックオスターとエルフの交雑種は作れそうだ。」
「え!?この一瞬で!?」
アズテックオスターの異様なまでの処理速度にルーテは驚きを隠せない。まさか強いだけではなくこういった複雑な操作まで行えるとは誰が想像出来ただろう。
「しかし…これは面白い。ブラックボックスとはこのことだ。開けて中を見なければ何が入っているのか分からない。」
「…何が入っていましたか?」
「情報が膨大な為に説明するのが難しい。もしこうして口頭で説明した場合、説明を終える頃にはこの星の寿命が尽きているだろう。」
「…聞くのは今度の機会にします。」
それだけの膨大な情報をこの短時間で処理を終えたアズテックオスターはまさしく規格外な性能を誇っていたが、それと同時にあまりにも膨大すぎる情報が生命の樹の内部に隠されていた事実は衝撃的なものである。
しかし、アズテックオスターが得た情報は別に生命の樹の内部にある情報全てではない。寧ろほんの一部に過ぎなかった。
アズテックオスターですら生命の樹の内部全てを網羅することは出来ない。生命の樹内部には複雑なロック機能が多数存在し、エルフ種以外の種族が情報を閲覧出来ないように調整されている。
ルーテのお陰で入り込む事は出来ても、アズテックオスターの持つ演算能力を駆使しても生命の樹を掌握することは出来なかった。
その事実にアズテックオスターは身を震わせたくなる程の好奇心に蝕まれる。しかしここでそんな事をすれば生命の樹とルーテを破壊してしまうことになるので、実際に行動に移すことなく本来の目的を果たそうとルーテに話しかけた。
「今現在の権限内では新たな種族は生み出せない。ルーテの方で操作は可能か?」
「え?ちょ、ちょっと待ってください!やったことないので良く分からなくて…」
「ルーテは子を作ったことがないのか?」
「えっと、そういうのは私の上の世代の娘たちがやってましたので…」
「上の世代?」
「あー私は第二世代なんですよ。第一世代は12人居て、その娘たちがエルフを作っていました。」
「まてまて、話が見えてこない。エルフは精霊とのハーフではないのだな?つまりハイエルフと生命の樹を使って子を作ると…?」
「エルフになります。」
ルーテの話によってエルフの出生が判明するが、少し奇妙な点も判明するせいで話がややこしくなっていく。
「…一般的に考えるとハイエルフが生命の樹を使って子を作れば四分の一が精霊で四分の三がエルフの子供が生まれると思うが違うのだな?」
「はい。100%の混じり気無しのエルフが生まれます。」
「ーーーそういう法則と仕様があるのだな。理解した。」
かなり奇妙な話ではあった。DNAはどうやら上手く機能しておらず、ハイエルフのみで生命の樹を使用すると純粋なエルフのみが誕生するというこの法則はあまりにも奇妙に思えるものだ。
「…それで、上の世代はどうやっていたか記憶しているか?」
「…さあ?」
「…そうか。」
ルーテは一度も生命の樹を使ってエルフを生んだことはない。これはハイエルフの中ではかなり珍しい方で、殆どのハイエルフはエルフ達を増やすために生命の樹を利用していた。
「私ってハイエルフの中で13番目に生まれた第二世代の一人目なんですけど、殆ど自室で薬草とか毒物を調べたり薬を作ったり、様々な手仕事をしてたんで…」
「なるほど。」
聞けば聞くほどにルーテという人物の事が分かってくるが、それ以上に不可解な点が顕になる。もしかしたら生命の樹以上に彼女は…
そう、アズは思考するが、今はそれよりも彼女達の安全を確保することこそが第一優先であると切り替えて、とりあえずは急務のエルフの生み方を実際に試そうと考察し始めた。
「当方の方で操作したいが、現在の当方が干渉出来る領域内にはそれらしい機能は存在しない。なので当方でルーテを誘導する。」
「あ、はい!」
この提案はルーテにとって渡りに船で、自身でもよく分かっていなかったエルフの作り方をアズの方で見つけてくれるのは正に僥倖だった。
「…そういえばアズは魔法を行使出来るのですか?その、魔素を感じないので。」
「行使出来る。だが当方自身は魔素を保有しないので周囲の魔素を利用する必要がある。」
「へーなんか原始生物みたいですね。」
「それにルーテとはプロセスが異なっているので別物といえる。」
「別物…?」
アズの言う通り、それは私の知る魔法とは大きく異なっていました。先ず彼の言う通りアズ自身では魔素を保有していないので生命の樹内部に溜め込んだ魔素を利用して魔法を行使し始めます。
ここまでは私も同じことが出来ます。生命の樹は魔法を行使する際に触媒として優秀なので。でもアズは私達の用いる魔法とは異なった系統の魔法を行使しています。
魔素といっても種類と形がありますが、生命の樹内部にある魔素は私達エルフが使いやすいように加工されているので、他の種類がこの魔素を使うのは理論上無理なはずなんですけどね…。
まさか魔素そのものの性質を強引に利用して魔法を行使するなんてアズテックオスターにしか不可能でしょう。
「ーーーここだな。アズテックオスターの要素を当方の方で注入するので、ルーテが生命の樹に命令してくれ。」
「じゃあもう魔法は行使される所までやってくれたんですね。行使するのは私というだけで。」
「そういうことだ。だが…これは面白い。こういった手法も可能とはな。」
「え?」
「気にしないで良い。そのまま行使してくれて構わない。」
なんでしょうね…アズって好奇心がとても高く感じます。そういう種族なのでしょうか。それとも個性なのかな?もしそうなら好奇心で私に協力してくれているのでしょうね。ありがたやありがたや…
「では行きます。」
手から伝わってくる流れに逆らわずに魔法を行使するだけで生命の樹が輝き始めました。こんなの見たことが無いです!
「あ、アズ?」
返事がありません。というかもう根の間から膜が生まれて人らしき輪郭が見え始めました。…順調なのはいいのですけど、冷静に考えるとアズテックオスターとの間に種族をもうけるなんて出来るんですね…。
この生命の樹ってもしかしてどんな種族とも種族を掛け合わせが出来るの…?
(もしそうなら精霊様…凄すぎです!)
ルーテの明後日の方向へと向かった感想は置いておき、膜の中にはルーテと容姿の似た女性が目を覚ます。
そして膜を破ろうと立ち上がるとルーテは生命の樹から手を離しその者に近付いていった。
その者は一言で言い表すと…暗かった。あの生命の樹の謎の輝きを見たせいかルーテの始めの感想がそれだった。
「これは…なんでしょう。エルフでもハイエルフでもない…。」
膜を破ろうと立ち上がったその者は慣れない感覚に襲われていたが、エルフとしての本能ともいえる行動を無意識に選択し、膜の頭頂部が縦に割れるとすぐに両腕を広げた。
すると膜は服のような質感へと変わっていき目の前のルーテのような格好へと変化する。しかし所々がルーテの着る服とは趣きが違っており、胸元の部分が開いていた。
これは裂け方が横か縦の違いではあるが、この裂け方はルーテでも知らないものだ。
そしてその容姿も長年生き続けたルーテでも知らないものだった。最初の印象として暗いと表現したが正に暗い者と称するに相応しい容姿をしている。
先ず髪がハイエルフとエルフと違って黒みが強く、光の加減では灰色にも見える。しかし光がその者の髪に降り注いでも反射して輝くことはない。正に闇そのものだ。
それから顔立ちはルーテとほぼ同じだが、肌の色が…暗い。そう、“暗い”だ。
髪色と同じく肌が暗い。光が反射してこないのでそういった感想が出てくる。それはアズテックオスターの鉱石のような身体と同じ特徴でありながらも、エルフと同じ肉々しい肌でもあった。
瞳も黒いがどちらかというと灰色に近く、まるで夜に出る霧を彷彿とさせる。
そしてハイエルフであるルーテを比較に上げて彼女との差異で顕著なのが体格になるだろう。ルーテは女性らしさを感じるボディラインをしているが、その者は全体的に細く、胸元を見てもルーテのような膨らみは感じにくい。
しかし確かな膨らみはあるので女性であることは見て取れる。それに胸元が開いている服を着ているので真正面から見れば間違いなくその者が女性であることを理解できるだろう。
だが全体的な雰囲気も相まって中性的な印象を受けるのでぱっと見のシルエットでは性別の判断は難しい。
ルーテも目の前の彼女が本当にエルフ種なのかすぐに判断がつかなかった。彼女達は全員が女性としての特徴を持って生まれるからだ。
「あの…私が分かりますか?言葉は話せる?」
初めて生まれた種族であっても生命の樹から生まれた種族は全員生まれた直後でも言葉を話せる。これは生命の樹内部に記録された情報が脳に書き込まれて最低限必要な知識を与えられているからだ。
「ーーーこれが新たな当方の身体か。」
声はルーテと似た女性的で高い声だがルーテよりもずっと低い印象を受ける。話し方が違うせいもあるが、声帯も異なるのだろう。
「…え?もしかして…貴方ってアズ…なの?」
「そうだ。」
目をこちらに向けて意思疎通を図ってきた彼女はなんとアズだった。これはどういうことなのだろうか。
「驚いているな?これは当方の意識をこの身体に書き込んだのだ。生命の樹内部にある情報は脳に書き込めることは分かっていたからな。」
そう言い終えると彼女の身体にラインが走る。これはアズテックオスターに刻まれた模様と非常に似たもので、まるでタトューのようなものだった。
タトューのみが光を反射するせいでそこだけが際立って見えるが、その模様は肌色と同じく黒いもので暗い肌に黒色の線が走っているように見える。
それが全身に浮かび上がるので生物というよりもアズテックオスターのような超常的存在に近い姿だ。
「ーーー当方にはルーテのような靴は無いのか。」
「え?あ、そうですね…なんででしょう。」
言われるとアズの足元が寂しい。しかし不思議とその出で立ちが似合っています。私と似た丈の服装だけど、こうも趣きが違うと種族が全く違うように感じますが…。
「さて、この身体のおかげで動くだけで周辺を破壊してしまうことは無さそうだ。」
「それを聞いて安心しました。アズが動くたびに地面が揺れて地響きが鳴るので。」
背丈は同じようで目線を合わせると真正面から見合うことになる。そしてその顔立ちも双子のように同じなので明らかに血の繋がりを感じさせるが、アズの持つ強者感のオーラはルーテには決して存在しないもので、どちらかというとアズのほうが姉に見えた。
しかしまだ生まれて数十秒なので赤子同然である。そういった要素が関係して奇妙な関係性になっている。
「…顔立ちがルーテとそっくりだが、エルフ種はみんなルーテと同じ顔立ちをしているのか?」
「そうですよ。みんな似た顔立ちをしています。」
「だからこの模様を刻んで生まれるのか…」
アズはルーテの服に刻まれた模様を見てこれで個体を認識し合っていることに気付く。でなければ彼女達はお互いを認識し合えないだろう。
「そうですね。でも、中にはこの服の上にまた服とか装束を着たり、装飾品を付けたりするので服だけだと分からないんですけどね。」
「その場合はどうする?互いに名前を言い合うのか?」
「えっと髪型で認識し合います。」
ルーテは自分の髪を持ち上げて一番分かりやすい外見的特徴である髪型について説明する。
「装飾品も最初は髪型を変えたり特徴を付けたりするためのものだったので、髪型を見て私達は個体を認識し合います。」
「ーーー面白い。髪色も肌色も体格も同じなら髪型で判断し合うのか。これは当方には出ない発想だ。」
「ふふ、そうですね。アズには髪はありませんもんね。」
ルーテはアズの本来の身体を見るが、そこである疑問が浮かんだ。
「…今のアズってどっちですか?あっち?こっち?」
「こっちになるな。あちらには当方の意識は無い。こちらに完全移行している。」
「じゃあ魂も?」
「そうなるな。」
これにはルーテも驚く。まさかそこまでの事が出来るとは思ってもいなかったからだ。これは生命の樹の性能によるものなのか、それともアズテックオスターの性能によるものなのかは分からなくとも、アズのやったことが非常識であることは理解していた。
「種を誕生させるだけではなく新たな身体を作ってそこに魂を移せるなんて…」
「汝もさっきやっただろう?新たな身体を作り、そこに自身の魂を移した。当方もその性質を利用して自身の魂をこの身体に移しただけだ。」
アズは自身の胸に手を当ててルーテに驚愕的な話を聞かせる。
「つまり…どんな生物でも身体を移し替えることが出来るってことですか?」
「そうなるな。というよりもそっちの機能が本命な気がする。あくまで当方の考えだが。」
「もしそうなら…精霊様は何を思ってこの樹を創られたのでしょう。」
「それは本人にしか分からないことだろう。」
つまり真相は闇の中ということだった。もう聞き出すことは出来ないのだから…。
「ーーールーテ。これで契約を果たせる。汝の安全を保証するために当方の傍に居ることを提案する。」
「それはもうこちらからお願いします!」
この世界で最も安全であろうアズの隣を独占出来る私はなんて幸せ者なのでしょう!これでエルフの繁栄も約束されたものでしょう!
「だが一つ問題がある。」
アズの隣に行くと少し不穏な事を言われる。
「問題…ですか?」
「ああ、この身体に未だ慣れていないせいで力のセーブが上手くいかない。勿論ルーテを傷つけることは決して無いようにしている。しかし…」
アズは自身の手を開いたり閉じたりをして眉を顰めました。…嫌な予感がします。
「しかし…?」
「力を使おうとした場合、調整が効かなくてこの星そのものを破壊してしまうかもしれない。」
これはなんの誇張もなければ冗談の類でもなく、たった一つの事実を言い表していた。
半分はルーテと同じエルフ種であってもその残り半分はあのアズテックオスター。星を一つ破壊するのは容易いことで、寧ろ調整の効かない状態である今のほうがある意味危険だった。
「…もし、今敵が襲ってきたら…?」
「…敵が死ぬか。星が死ぬかだろうな。」
真顔で言われたルーテは心の底から出た感想を口にする。
「本当にあなたエルフですか?」
こうして、せっかく手に入れた肉の身体はただアズテックオスターを更に危険な存在へと変化させてしまうだけで、ルーテにとって未だに危険な状況下なのは変わらなかった。
「ーーーエルフであるかどうかの定義は当方には無理だ。これも契約の中に入るが汝が当方を観察して理解し、そして…」
「…観測しろ、ですよね。もちろん覚えていますよ。」
「なら良い。ならば今の当方は如何なるものか。」
両腕を広げてアズが私に問いかけてきますが、答えなんてすぐには出ませんよ…
「…私達は私達のことを樹から生まれる人種で樹人種と呼んでいました。ハイエルフでは指導者、又はエルフを導いていく者で導く者とも。」
これは精霊様が付けてくれた大切な名前ですが、もう精霊様が居ないのだから私が付けなければならないんですね。
「ーーー暗き者。少し他の種族と名前が被りますが暗き者で“暗き者”…と、私は貴方の種族に名前を付けます。」
「暗き者か…。確かそのようなエルフの亜種が存在したな。汝と同じ様に他の種族から自分達を欺く為の名前か…。これは面白い…。気に入った。当方は今からダークエルフのアズだ。」
面白いと言う割には表情が変わらないダークエルフのアズはルーテとの契約に大いに満足していた。まさかアズテックオスターである自分に新たな定義が生まれるなど考えもしていなかったし、何よりも自身がたった一つの存在のみでは無くなったからだ。
故郷も同胞達も失ったアズテックオスターではあるが、この生命の樹があればいくらでも繁殖出来てしまう。つまりこれはアズテックオスターの復権を意味していた。
「ではルーテ、エルフ種を繁栄させる為にもダークエルフを更に生み出そうではないか。」
そして、この時を以てエルフの数は増えていく事となる。脆弱なエルフ種のみならず、一人で星をも破壊してしまう脅威的なダークエルフ種も…
この調子で毎週投稿を目指します!