エルフと山登り
Neruの脱法ロックという曲が好きです
タブレットに触れるだけで狩った獲物を生命の樹へと送り込める機能は正に魔法と言うべき事象だった。しかしこの魔法を見てエルフ達の中に一つの疑問が浮上する。それは魔法適性が低い筈のダークエルフであるルーズがかなり高度な魔法を使ったことだ。
「…あ、この魔法って生命の樹が吸収するのと似てますよね。もしかしてそれを模倣したのですか?」
「ニュアンスはあってるし方向性もあってるけど中身は全然違う魔法だよ。プロメア様に協力してもらって似たような魔法を作ったの。」
「プロメア様が…?」
ここでプロメアの名前が出たことに驚くエルフ達。それもその筈、一緒に暮らしていて一度もそういった所を見かけたことが一度もなかったからだ。
「魔法そのものの構築はルーズ達でやったけど、こんな凄い魔法はダークエルフには無理。だからプロメア様の元の身体であるドラゴンの身体を触媒に魔法を構築した。この世界で類がない超超超優秀な触媒だから楽だったよ。」
竜は魔法生物だ。その身体には魔法が宿っており様々な魔法に転用出来る性質を持つ。その性質を利用すればダークエルフでも高度な魔法を行使することが可能になる。
「プロメア様の元の身体と生命の樹って物理的に繋がってるよね?それにアズ様の元の身体も生命の樹と物理的に繋がってる。ルーズ達はエルフであり同時にアズテックオスターだから生命の樹にもアズテックオスターにも干渉出来ることを利用しプロメア様の身体を触媒に計算や演算を行なってて…」
そこからは気持ち良くなったルーズの長い長い説明が為されるが聞いているエルフ達は話の内容を理解することが出来ずにこの話は一体どれぐらい続くのだろうかと腕の時計を確認していた。
「…というわけ。どうでしょ凄いでしょ。」
「すみません…話の1割も理解出来てません…。」
「がーん。」
口で効果音を出したルーズは軽く落ち込んだ。本当ならばここでルースーの誰でも分かる解説動画を流したい所だが、生憎そういった動画を編集する時間が無かった為にまだ頭の中での構想でしかなかった。
「じゃあ簡潔にまとめる。アズテックオスターという物凄い計算機で生命の樹を解析していた。でもそこにプロメア様という超凄い計算機が加わって並列で生命の樹の解析が出来るようになった。そして生命の樹が生き物を分解する工程が解析出来たのでルーズ達がプロメア様とアズテックオスターの計算機を利用して魔法を作った。」
「「「「最初からそう言ってください。」」」」
「ごめん…」
ちょっとだけ不本意ながらも姉としてちゃんと謝罪をしたルーズはこれからの話をし始める。
「この魔法はルーズのような魔法適性の低い種でも使える。だから妹ちゃんずでも使えるの。」
「でも私達にはタブレットがありません。」
「この魔法はタブレットありきの魔法じゃない。そもそもタブレットは多機能で便利だからこれに魔法を書き込んだだけ。妹ちゃんずの腕に描き込まれた魔法と同じでこの魔法は妹ちゃんずの狩りの補助目的で作られたものだから。」
ルーズの言う通りこの魔法は狩りに行くエルフ達の為に作られた魔法である。
そしてこの狩りは獲物をその場で解体して運ぶという工程をこの魔法で省く事が出来るのかを見る為のものであり、ルーズとしては目的の8割はもう達成したも同然だった。
「そんな…私達の為に…」
「リソースはルーズ達ではなく妹ちゃんずに優先して注ぐのがルーテ様達の方針だからね。ルーズ達も賛同してる。」
「ルーテ様達の…?」
「ルーテ様とプロメア様とアズ様の大人組は二階で寝てるよね?そしてその時に大人組が夜遅くまでお話してるのはみんな知ってるとは思うけど。」
「もしかしてその時に話し合っているんですか?」
「ただ騒いでいたんじゃないんだね。」
エルフ達の住居である2階建てのログハウスでは階によって大人組と子供組で別れている。そして夜になると寝るために大人達は2階へと上がっていくのだが、その時に大人達の声が1階に居る子供達に聞こえることが多いのだ。
「まあ半分はイチャイチャしてて騒がしいだけだと思うけど、子供には聞かせられないような話を夜遅くまでしているんだよ。特にプロメア様が加わってからは毎日じゃないかな。」
これからの方針を決める上で子供たちに話す前に先ず大人達がちゃんと話し合い、そこである程度の方向性を決めてから自分達に話すようにしているとエルフ達は初めて知らされた。
「私達…なにも知らなかったです。」
「知らせてないもん。でもこういうのは話せないと思うよ。ルーテ様の立場からすれば不明瞭なことを言って混乱させてはいけないって考えていると思うし、特に妹ちゃんずは危険な仕事を任されているからね。少しの迷いが命取りになる。だから余計な情報は毒になると考えていたんじゃないかな?」
こんなことを言われたら何も言えなくなる。仲間外れに近い関係性に対して文句すら言えないのは自分達のせいだと自覚しているから尚更だ。
「だから今は自分達の仕事に専念しててほしいかな。小難しい事は大人達が考えてそれをルーズ達が形にして妹達に渡す…これが暫くは続くと思う。」
ルーズはそう言い終えるとこの話を終わりにし、狩った獲物達をタブレットで生命の樹に送る作業へと移る。
「この魔法をまた模様としてみんなの腕に描き込めるようにするね。」
「この時計みたいにですか?」
「うん、どうやらルーテ様の故郷…というか文化として肌に魔法陣を彫るのは有ったんだって。魔法の補助としては結構メジャーなやり方で色んな種族がそういった刺青を彫っていたらしいよ。」
「あ〜…部族の入れ墨ってやつですか?」
「お、ツインちゃんは知ってたんだね。他の娘は…知らないみたいようだし、やっぱり生まれる際に与えられる知識に個人差があるんだね。」
トライバルタトゥーはそんなに珍しいものではない。そもそも目の前に居るルーズもトライバルタトゥーが全身に彫られている。
「そういえばダークエルフってみんなトライバルタトゥーしていますね。」
「そうそう。だからお揃い。みんなの全身にトライバルタトゥーを彫るのがルーズの夢。」
「「「「ううぅん〜〜〜〜っ…………」」」」
それは少しどうかなと感じたエルフ達は唸ることで返事を誤魔化すことに成功する。
「まあ弱点にもなり得るからそこまで大きな模様にはしないつもり。エルフの肌だと黒い模様が目立っちゃうから外敵に見つかりやすくなる。」
「あ、そこはちゃんと考えてくれているんですね。」
「あくまで狩りの補助として開発してるからね。欠点は潰すよ。時計もそういう風に設計したしね。」
「確かに狩りの邪魔にはならないよね…」
自由に動かせる上に縮小も可能と、かなり便利な機能が盛られている魔法であることを改めて認識するエルフ達。
「この魔法もちょ〜〜う便利に設計した。音もなく吸い込めるし魔素の消費も最小限。」
ルーズの言う通りタブレットに触れた原生生物たちの死骸は音もなく吸い込まれてとても静かな魔法だ。特に魔素の消費量が少なく魔素を感知される心配が無さそうなのがエルフ達にとって好印象だった。
「この魔法にデメリットは無いんですか?」
「確かに制約とかありそうよね。」
「流石エルフちゃん達、鋭いね〜。確かに制約がある。例えばルーズの魔法適性だと死んだものしか送れない。」
「…ということは魔法適性が高いと生きてても吸収出来ちゃうってことですか?」
もしそうならこの魔法だけで食っていけるとエルフ達は考えたが、世の中そんなに甘くはないもので、この魔法には致命的な欠点を抱えていた。
「そんな事が出来る魔法じゃない。かなり脆くて繊細な組み方をしているから生きてる原生生物を吸収しようとすると触媒が破壊される恐れがある。」
「そのタブレットであってもですか?」
「このタブレットはアズテックオスターの外皮で出来てるからバラバラに破壊されることは無いけど内部の機構が死ぬ可能性がある。そんな勿体無いこと出来ない。」
見た目はよく成型された岩のような見た目で無機質な印象を受けるが、内部には非常に細やかな機構が幾重にも重なっていてとても複雑な造りをしている。そしてアズテックオスターはそもそも魔法は使えるものの魔法生物でもなんでもないので触媒としてはそこまで優れてはいないのだ。
「だからエルフの魔法適性であっても死んだ獲物限定だよ。仮死状態で細胞の動きが非常に小さければ出来るかもしれないけど。」
「そうなんですね。」
エルフ達はルーズの話を聞きながら獲物を1箇所に集めて効率化を図っていた。ただボーっと立って話を聞いていられるほどエルフ達は警戒を解いてはいない。
ここはエルフ達の住むエリアから離れた地区であり、先程逃げ出した原生生物がまだ自分達のことを遠くから見ているのだ。早くこの場から離れたいとみんなが考えていた。
「みんなのおかげで無事に狩猟は終わりました。パチパチパチ。」
ルーズの拍手につられてエルフ達も拍手をすると何故か遠くの方でこちらの様子を伺っていた原生生物達が逃げ出していった。
「拍手の音も聴き慣れていないのかもね。襲われてヤバくなったら拍手するのワンチャンあるかな?」
「姉様…殺される直前で拍手する度胸は持ち合わせていません。」
「それもそっか…。なら魔法で大きな音を立てれば…」
「自分の腕から大音量の不愉快な音が出たらそれはそれで嫌ですよ。」
「それもそっか。」
「あとそれならなんか攻撃魔法か防御魔法が出るトライバルタトゥーのほうが良いです。」
「それもそっか。」
(あ、これふざせてるだけだ。)
ふざけた返答を繰り返すルーズにどっと疲れを感じたエルフ達はもう帰ろうと踵を返すが…
「こらこら。まだ山の調査終わってないよ。」
「…マジですか?」
「おおまじ〜。さあ楽しいハイキングの時間だぜ〜。へいほーへいほー。はいほーよっほほっほー。」
「「「「マジか…」」」」
少しも疲れを見せない姉の後ろを付いて行くしかない妹達はそれはそれは憂鬱そうな表情を浮かべていた。
そしてそんな憂鬱な時間が2時間続くと遂に山の麓まで辿り着いたが、ここからの方が憂鬱であるとエルフ達は察してしてまう。何故なら山はひとつではなく何個も連なっており、とてもではないが1日で調べられるような面積、体積をしていなかったからだ。
「じゃあ手前の山の山頂を目指そう〜。えっさほいさえっさほいさ。」
「「「「マジか…」」」」
地面が露出した山肌はとてもではないが登りやすいものではなく、一歩進むだけでも相当な集中力を有するものだった。場所によっては岩肌となっていたりと靴が滑って登りづらいポイントが点々とあるかと思えば触れれば土が削れて足場として安定していない地帯もある。
ここを登るには道具が無ければ難しいとエルフ達は登り始めて数分で気付いていた。しかし一人だけ軽快に登る者が居たのだ。この場に居る者が限られているので言わなくても分かるだろうがそれは彼女達の姉であるルーズだった。
「魔法を使うんだよ。足の裏に魔素を出してスパイクにするの。」
裸足であるルーズの足裏には黒い突起状の魔素が幾つも生えていてこれを利用し斜面でも軽快に歩いていたが、これはかなり難しい魔法であった。特に靴を履いているエルフ達にとっては…
「…靴を脱ごう。靴を覆うように魔素を動かしたり突起を生やしたりとか操作が複雑でちょっと調節ミスったらこの斜面を転がることになる。」
リタが靴を脱ぎ始めると他のエルフ達も同じように靴を脱いでから登り始めた。
彼女達が登る山の標高はそこまで高くはない。恐らく200メートルも無いだろう。しかし斜面が急だったりと人が登るにはあまりにも適していない形、土質をしていた。
それでもエルフ達は登り続け何度も休憩を挟みつつではあったが遂に山頂部まで登る事に成功する。
時間としては3時間以上もかかり空はもうすっかり夜になっていた。
「もうムリ〜…!!」
「水も無しに登るもんじゃない…!」
「それな〜…」
「しゃ、しゃべるの…むり…」
強い夕陽と乾燥した空気に当てられたエルフ達は体内の水分が飛んでしまい軽い脱水症状を訴えていたが、実はエルフ達の魔素は液体なので体内の水分が無くなると魔素に含まれる水分を体内に循環させることが出来る。
なので彼女達はかなり乾燥に強く、1日水を飲まなくても活動する事が出来る生態を有しているのだ。
「まだまだ仕事あるんだよ〜。起きて〜。」
「「「「マジか…」」」」
「この山に岩塩とか有益な物質があるのか調べる為に登ったの忘れた?」
「…そういえばそんな話を最初の方でしていましたね。」
「そもそもどうやって調べるんです…?」
「そりゃあ魔法だよ。ほらみんな寝転がらないで円陣を組むよ。」
まだまだ元気なルーズに若干辟易としつつも姉の言う事は絶対に聞くことにしているエルフ達は疲れてもう立っていられないような状態でもどうにか円陣を組むことに成功した。
「じゃあみんな右手を出してルーズの手の上に重ねて。」
「こう…ですか?」
円陣を囲った5人が右手を重ね合わせ、そしてその右手を下に降ろし地面に触れる。ここだけを抜き取ると山頂まで登ったことを記念して青春ごっこをしているように見えて非常にシュールだった。
「次は魔素を右手に送って地面のすぐ下に固めるように停滞させて。」
「また小難しいこと…!」
このような操作をした経験が無いことも相まってかなり難しい操作が要求され、5人それぞれの魔素が右手から溢れ出ると互いの魔素とぶつかって操作がままならなかった。
「多少混ざってもいい。操作可能な範囲内で留めるように。」
「土に当たると跳ね返る…」
「というか手と地面が密着してるから物理的に無理なんだけど。」
「そこは気合と根性でカバーして。」
「「「「無理です!!」」」」
物理的にスペースの無い空間に魔素を固める事は難しく、しかもルーズ地面に触れている手はルーズのものでびくともしない。
「う〜〜ん…密閉性が無いとあまり効果は期待出来ないけど今はこれぐらいが限界かな。じゃあ魔法で地中を調べるよ。」
「調べる…?」
「はい、いち〜にの〜さ〜ん〜。」
間の抜けたリズムの無い掛け声と共にエルフ達の魔素が凄まじい勢いで地中目掛けて放たれた。その衝撃はエルフ達の腕にまで伝達し、骨が強く圧縮されたような感覚を覚えさせエルフの優れた聴覚を激しく刺激した。
まるで手の中で何かが爆発したような衝撃だったが、今のエルフ達にとってはそんなことは些細なことでどうでもよいことだった。何故なら彼女達は現在進行系でそれ以上の衝撃に襲われていたからだ。
一言で表すと自分の感覚のみが地中深くまで落ちて行くようだった。自分自身が土の中に落ちて行くような錯覚を覚えたエルフ達は本当に地面目掛けて落ちる様に倒れてしまう。
これは魔覚からダイレクトに伝わって来る感覚がエルフ達に誤認を覚えさせたからで実際に落ちている訳では無い。落ちているのは彼女達の魔素のみだ。
仕組みはこうだ。エルフ達の魔素をルーズの持つアズテックオスターの要素を利用し、運動エネルギーを加えて地面目掛けて射出した…。
これが真相であるが、ろくな説明もなくやられたエルフ達は急激に襲って来る落下感にただただ全身を引っ張られ続ける。
「ーーー感じる?自分達の魔素を。何処までも落ちるようで怖いかもしれないけど地中に何が埋まっているのか調べる為に地中深くまで浸透させているから何か感じたら手を上げてね。」
ルーズの言葉は頭に入ってこない。入ってくるのは魔覚から送られてくる感覚のみで、それだけが今のエルフ達にとっての全てだった。
「リタが敵を索敵するのによく使う魔法の応用だったけど上手くいって良かった。山全体の地中が感覚で感じられる…。」
しかしその感覚も終わりを迎える。自身から離れ過ぎた影響で魔素との繋がりが途切れてしまう。
「うん、特に何も無かったね。この山はハズレだったか。」
魔覚に引っ張られて今も立ち上がれない妹達をルーズは抱き上げると立たせる為に声を掛ける。
「あ〜〜ルーズの声が聞こえる〜?聴覚に集中〜。」
エルフの持つ感覚で最も鋭いものは聴覚だ。例え他の感覚に引っ張られようとも聴覚を刺激し続ければいずれ正常に戻るだろうとルーズは知識で知っていた。
実は魔覚に引っ張られて身体に影響が出る事は特段珍しいことではない。魔素を有する生き物の共通した弱点ともいえるもので、誰にでも起こり得るような事象のひとつだ。
「…ね、ねえ…」
「ねえ…?」
そしてようやくルーズの声に反応を示すエルフ達はルーズの方を見て…
「ねえさま…ここから歩いて帰るの…むりです…」
「ーーーうん、ルーズもそうなんじゃないかって考えてた。」
とてもではないがこのまま山を降りて長い道のりを歩いて帰ることは出来ない。それがエルフ達の最後の言葉だった…。
「でもご飯も無いし母様も心配してるから帰らないとだよ?」
「…その崖から転がり落としてください。そうすれば還れます。」
「リソースの無駄遣い。」
「正論やめて…」
エルフ達は無言で山を降り始める。そしてエルフ達は山は登るよりも降りる方が大変だと学んだ。下を見ればそこが高い場所であると強く認識してしまうから…。
「ほいお疲れ様〜。」
下山を終える頃にはもう夜の11時を回っていた。いつもならとっくに寝ている時間である。
「じゃあ森のところまで歩いて行こうか。」
エルフ達は無言で歩き始める。もはや言葉は必要ない。この場に居るエルフ全員が同じ事を考えていた。
二度と姉とは外を出歩かないと…
今回は短めでした。次回でちょっとやりたい描写があったので調整した感じです。




