エルフと包囲網
ワルキューレのいけないボーダーラインという曲が好きです
原生生物たちの動きは特上の餌を目の前に置かれたかのように正気が失われた様子だった。もはや群れの形は失われ様々な種が今にも飛び掛かりそうな勢いだ。
「妹ちゃんず、お互いの背を守り合うように展開して。」
「「「「もうやってます!!!!」」」」
「優秀優秀。じゃあ狩りを始めようか。」
狩りとは狩る側のタイミングで行なわれるものだ。勿論相手の動き方次第ではタイミングを見定める必要が出てくるがあくまで狩人側が仕掛けるのが定石である。
しかし今回に関しては狩る側が原生生物たちで狩られる側がエルフ達だ。つまり不利な状況下の中で敵を一掃しなければならない。
「詰め寄ろうとしてくる相手だけを狙って!」
リタが声に出して指示を飛ばすと彼女達を囲む原生生物が驚いたようなリアクションを取り始める。その様子を見たエルフ達も同様に驚いたが原生生物が何故驚いたのかが分からずにいた。
しかしルーズだけは何故原生生物が驚いたのか理解していた。その理由とはリタの声だ。エルフ種というよりも人種が持つ発達した発声器官から発せられる声に原生生物たちは驚いた。
人は高音と低音を上手く使い分けて一音一音を区切るように声を出すが他の種族はこういった“音”を聞く経験が無い。即ち聞き慣れない鳴き声で威嚇されたようなもので、頭から突然冷や水を掛けられたような衝撃があったはずだ。
でなければもう飛び掛かっていても不思議ではない。ご馳走を前に止まる理由など無いのだから。
「さっきは声を出さないでって言ったけど今は口に出して喋っていいよ。こいつらルーズ達の声にビビってる。」
「声…ですか。」
リタ達は幸運にも周りを観察する暇を手に入れた。この時間があとどれぐらい続くかは分からないが非常に貴重な時間であることは間違いない。
(先ず優先順位を決めないと…)
この貴重な時間を使ってエルフ達がやらなければならないこと、それは何をおいても先ず周囲を囲む敵の分析だった。
急な事でろくに迎え撃つ準備が出来ていないエルフ達にとって敵を知る事を大事なことだ。特に敵の数を把握することは急務であり、戦力差を導き出すことが活路に繋がる。
「1…2…私の視界には4体!」
「私は5!」
「こっちは3!」
「私の所は6!」
背中を合わせて死角を消したエルフ達は自身の視界に収まっている敵の数を口頭で報告し合った。これにより敵は再び警戒して詰め寄ってきたりが出来なくなる。明らかにエルフ達の声に驚いていた。
「姉さまの方はどうですか!?」
「こっちのは数に入れなくていいよ。ルーズでやるから。」
「了解しました!」
エルフ達から2メートルほど離れた所でルーズは手に持った頭を捨てて目の前の敵に集中し始める。ルーズの前には先程捨てた原生生物の仲間と思われる5頭が怒りを露わにして今にも突進を仕掛けてきそうだったが、仲間の死体とルーズを交互に見て足踏みを鳴らすだけで攻撃行動に移ってはいない。
「私達が相手にするのは18体!」
「そうなるとマズいよ…」
「私達が構築出来る矢の合計数は…」
「全部で16本…」
彼女達の魔素の量ではひとり4本しか矢を構築出来ない。つまり全てのリソースを注いで尚且つ全ての矢を命中させたとしても2頭は撃ち漏らすということだ。
「でもやるしかない!やらない理由なんてある!?」
リタはリーダーとして有事の際に決定権を有している。なのでリタがやると言えばそれは決定だ。
「「「了解!!」」」
例えエルフ達が1射も外さずに敵を仕留めたとしても2頭を仕留め損なう事が確定していたとする。それでも敵に向けて矢を放つことは果たして賢い行為と言えるだろうか。
矢を放つということは自身の魔素を失うということだ。ならば2頭は撃ち漏らすと分かっていたのならそんな危険な択は選ぶべきではない。普通ならそう考えて後退をするべきだ。
だがエルフ達はそれを分かっていて、それでも行動に移した。ではその理由とは何か。それはひとつの問題が最低でも解決するからだ。
自分達を食らおうとする者達が18頭も居るというのが今現在のエルフ達にとって最大の問題点である。その問題を解決するには殲滅しかない。そしてその方法を有しているのに実行しない理由は考えられないことである。
矢を1射も外さず急所に当てれば最低でも16頭は殺れるだろう。そうすればエルフ達に残る問題は2頭だけになる。18頭から2頭に出来るのに行動しない理由は無い筈だ。だってそうだろう。数が多いのが一番の問題なのに数を減らさない理由は無い筈である。
それに残った2頭が自分達を襲う可能性は半々だ。次々と周りの生き物が殺されているのに逃げ出さない方がおかしい。例え知能が発達していなくても死を認識することは誰だって出来る。エルフ達はそこに賭けた。半数を殺すことが出来ればそれだけで上々で、特に仲間たちを殺された個体は逃げ出す可能性が非常に高い。
何故ならエルフ達を囲む原生生物は全員草食動物だからだ。彼らは肉食動物ではない。基本的に狩りをしない彼らが死を恐れずに襲い掛かる事は考え難く、また集団による狩りは経験が無い筈だった。
「構えて!!そして敵の特徴を報告!!私が見える種は枝分かれした角を持ち背中のコブが盛り上がってて結構デカい!!あと結構速そう!!」
リタの視界にはシカ科と思われる草食動物が一つのグループを形成してよだれを垂らしていた。
「こっちは…なんかデカい!!足が短いけど全体的に太くて鼻も長い!!それに毛が全身に生えてて皮膚も分厚そう!!」
ツインの視界に映る生物は大型の哺乳類で鼻が1メートルほど伸びた草食動物だった。図体はずんぐりむっくりとしているが筋肉質で一撃で仕留めるのが難しそうである。
「こっちもそんな感じ!!でもこっちのは首が長くて頭の位置が高い!!胴体部分は毛深くて急所が分かりづらい!!」
ミロと見合う原生生物は細長い首と小さな頭部を持った生き物だったが、その代わりに胴体が長い毛に覆われていて全体的に太く見える。
「こっちは逆に細くて体高が高い!!すばしっこい見た目で当てるのが難しそう!!」
アザの前には長い足を持った四足歩行の原生生物で耳がピンと立っていて目が大きく機動力が高そうな見た目をしていた。
「というかなんで草食動物っぽいのに私達を食べようとしているのよ!!この星には肉食しか居ないの!?」
「私達も半分は植物みたいなもんでしょうが!」
「じゃあ肉食からも草食からも狙われるってこと!?」
「雑食からもね!!」
つまりほぼ全ての生き物達から狙われるということだった。植物から生まれる雑食性の生き物というかなり特殊な生態を持つエルフ達はどんな食性の生き物からも狙われやすい。そのことを身をもって知れたのは大きな成長と呼べるかもしれない。
「ヤバい痺れを切らして来た…!!私一人じゃ対処出来ない!!」
「ミロの援護!!!」
周りを囲む原生生物達は種類がバラバラでしかも連携を取るという概念が存在しない。故に攻めてくるタイミングもバラバラで一体が前に出てくれば隣に居る者も釣られて出て来てしまう。
その一連の動きに知性は感じられない。衝動的な行動ではあったが、自分よりもデカくて重い生き物達が突っ込んで来る光景は生命の危機を感じさせるのには充分過ぎるものだ。
(ここからは喋ってる暇なんて無い…!!)
エルフ達が皆同じことを考えている間に3頭の原生生物達が威嚇行動としてその長い鼻を振り回しながら詰め寄ってくる。
そしてミロとその彼女をフォローする為にリタとツインのふたりが弓を構えて足に魔素を回していく。ブースト無しで立ち回れるほど敵の動きは鈍くない。それに向こうは1メートルの太くて力強い腕を振り回しているようなもの、もし身体のどこかに当たれもすればそれが致命傷となってしまう。
だからミロとリタとツインの3人は一定の距離を保つ必要があった。距離を離すのではない。保つだ。
彼女達はあの大きな鼻に触れないギリギリの距離を保って…矢を放った。放った矢の長さは1メートルで太さは1センチメートル。そして重さはたったの100グラムと矢としては異常な軽さを有した矢がエルフ達の魔法によって超加速し、そして胴体の深くまで突き刺さった。
3頭のそれぞれに一本の矢が突き刺さると原生生物達は痛みと衝撃によって反射的に背を反らすように身体を動いてしまう。これは生き物として当たり前の行動だったが、これが己を傷付ける行為であると原生生物達は知る由もなかった。
もし身体に長さ1メートル、太さ1センチメートルの矢が突き刺さったとする。それはつまり深さ1メートル以上、直径として1センチメートルの穴が身体に空いたということだ。
これは生き物にとって致命傷になり得るが身体の体積が大きければ致命傷とまではいかないかもしれない。何故なら相対的に傷口が小さくなるからだ。
そして今回の場合、矢が突き刺さった生き物は全長が6メートル、体高が2メートル、胴回りの太さも2メートルとかなりの巨体。1メートルの穴が胴体に空いたとしても直径が1センチメートルの範囲ならば重要な臓器を傷つけもしない限り今すぐに死ぬということはない。
だが結果として矢で射抜かれた原生生物は激痛で身体を反らすと…そのまま死亡した。傷口からは血が流れ口からも血が漏れ始める。
これが矢という武器の恐ろしい点である。最初は小さな傷口でも身体に矢が残っている状態で身体を大きく動かすと自身の力で傷口を広げてしまう。特に矢が身体の深くまで突き刺さっていれば尚更だ。
何度も言うが身体には長さが1メートルの矢が残っている。つまり棒が身体の中にあるような状態だ。身動きなど取れる訳が無い。棒が骨と筋肉の動きを阻害してしまうのだから。
しかし激痛による反射的な動きはそれでも筋肉を動かしてまい、その際に矢は肉を引き裂き、骨とぶつかってその骨を折ってしまう。
最初は1センチメートルの傷口も縦や横に裂けてまるで刃物で切り裂いたように出血を促していく。これが致命傷となった。身体に10センチメートルも縦に裂けた穴が出来ればそれは致命的だ。例え皮膚が分厚かろうがそんな大きな穴が空けばなんの意味も無い。
「3本消費!!残り13本!!個人の持つ矢の量を把握して!!」
リタが怒号に近い命令を飛ばす。もう気遣う暇はない。少しでも気を抜けば死がすぐそこまで来るような状況下では普段の冷静な彼女をも狩人へと駆り立ててしまう。
「この距離からならどんな生き物でも致命傷を負わせられるわ!!」
ツインの報告で彼女達の攻め方が決定する。先程の彼女達は原生生物との距離を保ったがこれが理由だった。離れ過ぎると矢の威力を低下させてしまう。だから彼女達は敵の攻撃が届くか届かないかの距離を保ったのだ。
「ブーストを使って間合いの管理を徹底して!!」
「「「了解!!」」」
エルフ達は弓を構えて間合いを詰めていった。4人それぞれが同時に前へと駆け出して原生生物に近づいていく。
この行動は原生生物たちを大きく動揺させた。捕食対象と思っていた生き物が仕掛けてきたのだからその衝撃は凄まじい。まさかと誰もが感じただろう。その隙をエルフ達は決して見逃さない。
エルフ達はブーストによる加速で敵の斜め前方に立つとすぐさまに弓を引いて矢を穿った。これにより矢が胴体に突き刺さり致命傷になるからだ。もし真横から放てば恐らく矢が貫通して即死させられず、しかも矢が遠くまで飛んで行ってしまう。
だからこその斜め前方からの射撃。真正面では頭部に当たって致命傷にならないかもしれない。エルフのような脳が大きい生き物ならば頭部を狙ってもいいが原生生物のような脳の容量が小さいであろう生き物相手だと頭骨を貫通させられても臓器を傷付けることが出来ずに仕留め損なう可能性が高い。
その事を知識として知っているエルフ達は頭部ではなく柔らかい臓器と筋肉が集まる胴体部分を狙う。頭部はほとんど頑丈な骨で守られている部位、そこを狙う理由は彼女達にはなかった。
「私はあと2!!」
「私も2!!」
「私も2で終わり!!」
「私は4!!」
リタとツインとミロに残された矢の数は2本。そしてアザだけが4本を残していたが実は彼女達は矢を4本以上構築するだけの魔素を有していた。
しかし体内の魔素を全て体外に出すことは生命活動に支障が発生してしまう。それに体内に魔素がある程度残っていればブーストによる逃走が可能となり最悪その場を離脱することが出来る。
これはルーテから厳しく指導されたことで決して魔素を使い切るなと非常に難しい口調で言われていた彼女達はその言いつけを守っていた。
「やっぱりこいつら速い…!」
アザが相手にしていた原生生物は恐らくではあるがエルフ達と同様に魔素を使ってブーストを行使していてこちらの狙いを絞らせないように機敏に動き回っていた。
例えアザが弓の扱い方が上手くとも一瞬にして間合いを詰めたり離されたりすれば狙いが定められず矢を放つことが出来ない。
(こいつらは私が殺らないと…!他の娘には手が負えないッ!!)
アザは自身の腕に自信を持っていた。そしてその自信を裏付ける才能もあった。そんな彼女はこの獲物は自分にしか手が負えないと判断すると、攻め方を変えてみせる。
(機動力は同じぐらい。でも体格は向こうが上で数も上、しかもこっちの手数はそんなに多くはない。)
アザはブーストで敵の背後を取ろうと動くが向こうはその大きな目でアザの動きを見切るとすぐさま反転して背を取られないように群れ全体がひとつの生き物のように動いてみせる。
「チィ…!厄介な奴らっ…!」
哺乳類のような骨格を持ったその生き物は全身に小さな羽のような鱗を持っていて種類目の判断が非常に難しい種類だった。まだこの星の生き物達は若く成長をしている途中なのだろう。だから分類がまだ出来ておらず様々な進化を試しているような印象を受ける。
自然淘汰という言葉もまだ存在しないこの星の生態系は本当に豊かでありアザ本人もそれを強く感じ取っていた。特に攻防が続くと嫌でも相手の事が分かっていくもので、敵の特徴というものを理解するのにそれ程の時間は掛からない。
(そうか、あの羽のような鱗のせいで動いても音がしないんだ。)
エルフは耳が良い。だから目で見るよりも音で相手の位置を知ろうとする。しかし敵はブーストによって素早く動いても空気の抵抗が少ないのか非常に静かに動いてみせるのだ。
なので聴力による敵の索敵が上手くいかない。エルフの目は正面にしか付いていないので死角が存在するが、その死角をカバーする聴力が上手く働かない相手になると途端に狩りの難易度が跳ね上がる。
特に1対6といった多数を相手にする場合、視覚外からの攻撃は避けようが無かった。
「アザ!大丈夫!?」
「私のことは良いから目の前の敵に集中して!!」
他の姉妹達が相手にする種類は身体が大きく狙いやすいものばかりで次々と仕留めていた。だがアザの相手は動きが素早く数も多い。しかし細身であることから攻撃力はあまり無さそうではあるものの、幼体であるアザにとってすれば体当たりをされただけでも大怪我は免れないだろう。
そんな相手をひとりで受け持つアザは人生で最も思考が回っていた。打開策を考えなければと思考が加速していき感覚が研ぎ澄まされていく。
今のアザは敵と相対してから瞬きを一度もせずに出来るだけ視界を確保していた。そしてその視界から得た情報を精査し戦略を構築していく。
(ここだ…!)
アザは弓を構えるのを辞めて全速力で駆け出した。弓を構えながらでは相手を捕らえることは出来ないと判断しての行動だったが、それが上手いことハマった形で一頭に詰め寄る事が出来たアザは手に持っていた矢をその一頭に目掛けて突き刺してみせる。
すると背中に矢が刺さった個体は嘶くように鳴き声を上げ後ろ足でアザを蹴り上げろうと暴れ始めたが、しかしアザはすぐに間合いをあけてもう一本の矢を構築するとなんとその矢を使ってその個体目掛けて弓を引いたのだ。
ただでさえ矢の数が足りない状況下で1頭に対し2本の矢を消費したのは無計画な行動に思えた。だがアザの思惑は光を差し、結果として2頭の個体が地面に倒れ込んだのだ。
(アザちゃん、やっぱり一人だけ突出してる。戦闘能力が他の娘よりも高い。)
その場に居た者でダークエルフであるルーズだけがアザの攻撃を観測していた。アザは矢が刺さり暴れまわる個体に矢を放ったが、その時に矢は横っ腹を射抜いて貫通し、そして矢はそのまま射線上に立っていた他の個体を射抜いていた。
仲間の胴体から矢が飛んでくるなど意識外からの攻撃、つまり意識の死角からの攻撃だ。初見では先ず避けることは出来ない。例えその大きな目でもし矢を視認出来たとしても意識外の攻撃になればその機動力を活かすことなく仕留めることが出来る。
「先ずは2頭…あと4頭。」
アザは一番最初に突き刺した矢を引き抜くと再び駆け出した。この迷いの無い動きからここまでの一連の動きは全て彼女の思惑通りであることを雄弁に語っていた。
そもそも何故リスクを負ってでも最初に矢を自身の手で突き刺したのか。それは相手の硬さを測るためだった。矢が貫通しもう一体に突き刺さるのかを確実に知るためにアザは自分よりもデカい生き物に近付いて自身の手で矢を突き刺したのだ。
そして手から伝わる感触を触覚で感じ取り、同時に自身の魔素である矢から伝わる感触を魔覚で感じ取って確信を得たアザはすぐさま弓を引いて射抜いてみせた。しかも暴れ回る1頭とその死角になるもう1頭をもだ。
センスが無ければこんなことは出来ない。アザ本人でも知り得ない戦いの才能が今まさに開花し始めていた。
(ブーストの質が互いに下がっている。私は魔素を矢で消費し、向こうは仲間が殺られたショックで動きが鈍い。)
ブーストを行使する際に体内にある魔素の量でその質が変わっていく。多ければ高く少なければ低くなる。そのことを体感で感じ取ったアザは相手に休ませる暇も与えず攻め続けた。
「すぅー…」
空気中の魔素を少しでも得ようとアザは口で呼吸し右手に魔素を集めていく。そして反応が遅れ逃げ遅れた1頭に目掛けて右手を振り抜く。
すると鮮血がアザの髪を濡らした。その血の正体は原生生物のものだったが今までにない攻撃方法にその攻撃を実際に受けた原生生物は力無くその場に倒れ込み絶命してしまう。
「あれは…」
ルーズが口に出すと他のエルフ達もアザの方を向いた。そしてアザを見るとその右手には矢ではなく剣のような刃が延長したように伸びており、それが前にルーテが見せた魔法であったと気付く。
「あれなら魔素を消費しなくても殺せるけど…」
「斬れ味はそこまでじゃない。」
「それに近付くリスクを背負わないとだからリターンが釣り合わないから止められているのに…」
これもルーテから教わったもので魔素を刃物のように構築して使用する魔法だ。しかしエルフの構築する刃はルーテほど斬れ味が良くなく飛ばすことも出来ない。なので近距離戦で使用したり獲物を解体する際に用いたりするもので実戦的ではない代物のはずだった。
だがアザは相手の硬さを触覚と魔覚で感じ取っていたのでこの魔法ならば相手に致命傷を与えられると確信を得ていた。アザの相手は他の種よりも素早いが細身で皮膚も筋肉も柔い。柔軟な身体の造りだからこその機動力ではあるがその分、防御力は低いのでエルフの攻撃でも十分に致命傷は負わせられる。
その事を最初の一手で理解したアザの手腕は他の姉妹達とは一線を画すものだった。
「残りは3頭…。まだやるなら私はいいけど?」
半分が殺られた原生生物たちはアザを脅威と認識し始めて背を向けずに後退をし始める。
「…賢いね。ここで全滅させたほうが後々のことを考えると良いかも。」
アザが弓を構えると残った3頭は背を向けて一目散に逃げ出していく。そしてアザは弓を下ろすと姉妹達の援護に回ろうと振り返ったが、その場に残っていた原生生物は死体のみで生き残った他の原生生物達はエルフ達に背を向けて逃げ出していた。
「ルーズ達が強いってことを理解して逃げた。頭が良い個体は生き残る。これが世の常。」
ルーズの手にはまた原生生物の首があり、断面をよく見るとねじ切られたような断面をしていて一種のホラーだった。
「…ルーズ姉さまが一番強い種を相手にしてくれたおかげで勝てました。」
「そんなことないよリタ。一番強かったのはアザちゃんが相手にしていた種だよ。」
「そうだよリタ。アザが一番大変そうだったもの。」
「功労者は労らないとってね!」
ミロがアザのもとに走っていくと肩車をしてアザを持ち上げてみせる。
「おわあっ!?ちょ高い高い!地面に着かせて!本当に地面に着かせてよ!!」
エルフは地面から離れるのを嫌う傾向があり肩車程の高さであっても突然地面から離れると不安感を覚えて軽くパニック状態になる個体も存在する。
「こらふざけないの。この量の獲物の解体なんてやった事無いんだから早くやるよ。」
「ならミロに言ってよ!!」
「ミロ〜飽きたら降ろすのよ。」
「ツインまで!」
あれだけの戦いをした後で気が抜けたのか少し涙を流すアザをみんなで胴上げして更に泣かした後、ルーズはある企みを話し始める。
「解体する前にちょっちやりたいことありけり。」
「左様でありますか…」
まだなにかあるのかと訝しむ目で見守るエルフ達。先程の狩りでかなり疲弊して座り込む者も居るのにまだ何かあっては流石に文句が口から出てきそうだった。
「な〜にルーズ姉さまに任せてくれよ〜。ちょちょいのちょいだから。」
「なんか楽しそう…」
「こういう時は大体楽しくないことが起こる。」
「完全に同意するわ。」
自分の株が大分暴落していることに気付いたルーズは慌てた様子で準備をし始める。
しかし暴落して当然のことだった。先程まで自分達は食べられそうになったのだ。それなのに当の本人は楽しそうで反省が見られない。論理的な観点からルーズのやったことは到底許されるものではなかった。
まあ倫理的に生後20日の子供を狩りに行かせている時点で今更な話ではあるが。
「このタブレットでこの獲物を生命の樹に送る。そうすれば解体作業は要らない。」
「え?そんなこと出来るんですか?」
「出来る…と思われる。だから試してみるね。」
ルーズは先ず自分で狩った…というよりもぎ取った首にタブレットを当てると魔法を行使し始める。すると…
「「「「おおおおおおー!!!!」」」」
原生生物の首は分解されてタブレットに吸い込まれていくとたった数秒でその場から消えていった。これを見たエルフ達は興奮したように歓声を上げ、かなり良い反応をしてもらったルーズは胸をなでおろす。
(ふぅぅ〜…成功して良かった。ありがとうマイシスターズ。)
そしてこの場に居ない筈の姉妹にお礼を述べてルーズは本当の意味で胸をなでおろしたのだった。
今回はアザが活躍する話でした。これからもそれぞれのエルフ達の長所を描いた話を書いていきたいです。




