エルフ、彼の者と出会う
ヒトリエのポラリスという曲が好きです。
それと目が合った。そう知覚するほどにそれは知性を有し、そして意識をこちらに向けていた。
だが同時に視覚からの情報では別の認識が彼女の中に生まれる。その認識とはそれに眼という部位が存在しないように思えたことだ。あるのは眼そのものではなく眼のような模様。
しかしその眼とは何故か目線が合うという矛盾した感覚に襲われ、この奇妙な感覚にエルフの彼女はある可能性を見出した。
(ま、まま、まさか、これって…!?)
第17次宇宙戦争に参加していたハイエルフは目の前の存在を知っていた。前線でも後方にもエルフ種は出兵していなかったが、食料や各種素材などを多世界宇宙軍に提供し、時には素材の加工などを請け負っていた過去がある。
なので敵として想定していたアズテックオスターの姿を収めた写真などのデータが彼女達の暮らす星にまで出回って来ているし、勿論彼女はその画像データを見たことがある。
だからこそ彼女は目の前に居る存在がアズテックオスターであることに気付けた。その特徴的な姿を見間違える訳が無い。
そして強者にしか許されないこちらの行動全てを制限するような威圧感が彼の者が本物だと雄弁に語っていた。そのあまりにも大きな身体はすこし動かすだけで地鳴らしが起き、その振動を足から感じれば全身の骨が響いて痛みすら覚える。
だが痛みを感じるという事は彼女に刺激を与えたということ。刺激を与えられればどのような生物も何かしらのアクションは起こすのは道理。
その中でもハイエルフという生き物は魔法に精通している種族、目の前の出来事が本当に起きているのかを確認する術を持ち合わせている。
(いや、待って。これ…本当に起きている出来事なの?もしかして幻覚を見せられていない…?)
私達エルフ種はある程度の毒に耐性があります。なので何かしらの毒で幻覚を見せられている可能性は非常に低く、特に私は毒物を含む薬草を長年扱ってきたのでハイエルフの中でも特に耐性がある方です。
つまり残る可能性としては魔法による幻術か、又は単純に私の頭がイカれたかの2択…。
魔法の場合は抵抗しないとですけど魔法特有の幻術じゃない気がします。良く仲間内で悪戯目的で幻術を掛け合っていたので感覚で判断出来ます…でも、そうなると残る可能性は遂に私の頭がイカれたって事に…
「一回死んでみますか…」
右手を自身に当てて攻撃魔法を行使しようとするエルフの女をアズテックオスターは懐疑的に見ていた。
そしてこのままだと間違いなくエルフの頭が吹き飛ぶことになると予想し、理由のわからない行動を取るエルフにアズテックオスターは話しかけることを決める。
「ーーー汝、当方の言葉を理解出来るか?」
急にどこからか声がしてきた。間違いなく耳で拾った情報ではあるが、とても信じられないものであることは変わらない。
まさかこうして見上げなければ彼の者の頭部と思われる部位を見ることも叶わず、その大き過ぎる身体のせいで私の居る場所が影になる程にお互いのサイズ感が違う存在がですよ。
私を認識して話しかけてきた…?
「…あ、やっぱり私の頭イカれたんですね。あのアズテックオスターが銀河の外れにある辺境の星の言葉を話す訳がありません。」
“やはりイカれていた”…そう確信したハイエルフの女は攻撃魔法を自身の頭に撃ち込もうとする。
「当方の中には宇宙の様々な言語が保存されている。汝はアルル銀河系内にあるアノン星の住人であろう?」
「…何故、私の母星の名を…?」
あのアズテックオスターがエルフという何も脅威とならない種族の星まで記録していた?そんなことあり得る筈が無いです。
もしドラゴンが急に私の目の前に現れ、そして私達が使用する言語で話し掛けてきても私は自分の頭がイカれたと判断します。
だってドラゴンがそんな事をする理由が無いからです。私達エルフなんてドラゴン達からすればそこら辺の虫けらと大した差は感じないでしょう。
ドラゴン達ですらそうなのに、あのアズテックオスターが私達の言語や星の位置まで知っていた?こんなの理屈に合っていません。ええ、そうです。理屈に合わないことは起こり得ません。
「ーーー当方の…同胞達が知っていたようだ。当方が汝のことを知っていた訳では無く、汝の魔素やDNAを解析し、同胞達の情報と照らし合せ種族を特定したまで。」
「…そうなのですか。ということは…これは夢でも幻覚でも私の頭がイカれた訳でもなく…?」
「現実である。」
10秒という時間をたっぷり使ってエルフはその場で停止した。その間アズテックオスターは何も言わずに待ち続けた。互いに長寿だったこともあり10秒など瞬き程の時間にも感じない。
しかしアズテックオスターを前にして10秒もぼーっと立ち尽くした者は間違いなく彼女が初であろう。ある意味で勇敢過ぎる立ち振舞いであった。
「…マジですか?」
「マジである。」
どうやら崩した言葉も知っているらしいことがここで判明するが、だから何?と考えを改めて再びエルフの女はアズテックオスターを前にして10秒間停止する。
勿論のことだがアズテックオスターも先程と同様に相手の出方を伺いつつ彼女のことを見下ろしていた。
そして遂に長いようで短かった10秒という時が経つとエルフの女は事態をようやく把握し…
「ぎゃあああああああっ!!アズテックオスターっ!?なんでっーー!!!???」
思いっ切り取り乱した。それはもうもの凄く取り乱した。先程まではその場で微動だにしていなかったのにこの緩急の差は流石のアズテックオスターも思う所があるようだ。
「ーーー冷静になることを推奨する。当方はそなたに危害を加えるつもりはない。」
「ぎゃあああ食われるっ〜〜〜!!!!」
「当方は咀嚼行為も消化・吸収・排泄行為も出来ない。よって、汝を食らうことはない。」
「アズテックオスターがまともなことを言ってるっ〜〜!?」
「ーーー汝の当方へ対する印象は理解した。時間が経てば汝も多少なり冷静になるだろう。その時に改めて…」
アズテックオスターが何かを言い終える前にエルフの女が自分の頭に手を当てると、魔法が行使され女の頭が吹き飛んだ。
「ーーーなんとも、彼女の種族はストレスを与えると自殺するのか。やはり当方という存在は周囲への影響が大き過ぎるようだ。」
そうアズテックオスターは自己の定義を嘲笑するかのように評価するが、すぐ近くに生えているこの星の植物ではない木の魔素が急激に変化するのを感知した。
そしてその木の根と根の間から今さっき自身の魔法で頭を撃ち抜いたエルフの女が生えてきた。
「ーーー面白い。非常に興味深い生態を有している。」
エルフの女はアズテックオスターと再び目線が合うとまた10秒間停止するが、観念したのか物凄く重い足取りでこちらに向かってトボトボと歩いてくる。
そして彼女は彼女の死体を持ち上げると、そのまま例の木の方へと持って行って根と根の間に自分の死体を放り投げた。
このような奇妙で他に類のない行動をアズテックオスターは興味深そうに観察しているとある事に気付く。それは彼女達の着ている服の紋章に1箇所だけ差異があったことだ。
それは102という数字が103へと変化していた事。言葉を話せるということは言語の読み書きも出来る。アズテックオスターは彼女達の用いる言語を読み解き、彼女達の生態に対して非常に興味を抱いていた。
「マジか…」
「マジである。」
アズテックオスターの目の前に先程と同様の彼女が先程と同様のリアクションを取っていたが、どうやらこれが現実で起きていることに気付いたようだ。
「あの…質問、質問をしてもよろしいでしょうか…?」
「構わない。だが、その代わりにこちらの質問にも答えてもらおう。先ずは汝から申してみよ。」
圧迫感に顔を伏せがちではあるが、しっかりと目線だけはアズテックオスターへと向けているエルフの女は意を決して質問を口にし始める。
「あ、アズテック…オスターですよね?」
「その認識で合っている。」
「合っちゃってましたか〜…」
彼女の顔から更に生気が失われるが、先程のパニックを起こした状態よりはマシであるとアズテックオスターはスルーを決めこんだ。
「他に質問はあるか?」
「…質問というか、お願いがございます。」
「申してみよ。」
「わ、私のことはどうしようと構いませんが、あの樹だけはご容赦してもらいたいのです…。」
「先程と同じ答えになるが、当方はそなたに危害を加えるつもりはない。そして周囲への攻撃も行なわない。」
信じられる訳が無い…そうエルフの女は考えた。圧倒的に力の差がある関係性において口約束は何も意味を持たないからだ。
しかしだ、そもそもエルフとアズテックオスターの力の差を考慮すれば口約束を文字通り口にする必要が無い。エルフを騙してもアズテックオスターには何も得がないからだ。
「もう当方への質問が無ければこちらの質問を答えてもらいたい。」
「あ、はい!」
背筋をピンと伸ばしてアズテックオスターの眼らしき模様を見上げると、アズテックオスターは徐々に頭部らしき部位を下げて目線をこちらに合わせてきました。
その動作はこちらへの警戒心を下げるためのものだったのかもしれない。しかしサイズの違いを考慮せずにそのような動作をされるとエルフである私からすれば近付かれているのと同じ。
あの宇宙どころか他の世界の住人達全員から畏怖された存在がですよ?こちらに近付いてくるなんてとてもではないですが冷静ではいられません。
「汝は103体目か?つまりこれで102回目の死か?」
「え?…あ、はい。そうです。恐らくそのぐらいかと…」
私は自分の着ている服の前掛けの部分に印されている数字を確認して答えたけど、どうやら私達の使用する言語は完全に知り尽くされているみたいです。
でも口振りから私達の生態については良く知らない…?言語は知ってるのに?ん〜…これ答え続けても平気なんでしょうか。でもここで嘘なんてついて仮にアズテックオスターにその嘘がバレたら多分死にますよね。
「興味深い…当方は宇宙に存在する様々な生物の生態を知っているが、汝のような生き物は非常に希少である。」
「は、はあ…私は他の星の生き物については良く知らないので…」
「汝との会話からは先程の汝との相違点を見つけられない。完全なる同一個体という認識で合っているか?」
「そ、そう…ですね…はい。」
あのアズテックオスターがあと数歩の距離で私に話しかけて来る…。目眩がしてきました…
「何故先程は自殺を図った?」
「え?えっと…頭に問題が起きたのかなって思いまして、それで一度新しい頭にしようと思った次第です…」
「ーーー面白い。大変興味深い。つまり汝達はそうして生存し続けてきたのだな?この生態は汝だけではなく種全体に及ぶか?」
「そうですね。まあ概ねは。」
「概ね?それはどういう意味か。」
「んーー〜…私はエルフ種なのですが、精霊とエルフのハーフなのです。」
「精霊と?精霊とは肉体を持たず、精神体のみの存在を指す言葉で合っているか?」
「はい。その認識で合っています。半分精霊で半分がエルフ。そういった者達を私達はハイエルフと呼んでいます。」
私達エルフ種は精霊様によって生み出されましたが、精神体である精霊様とあの生命の樹が加わると非常に説明がしづらいんですよね。私達の生態を知らない者に対して1から説明をする時は特に。
「つまり汝はハイエルフ。精神体とエルフのハーフということか。…それで肉体を失っても死なないのか。」
「えっと、別にハイエルフのみの特性ではありません。純粋なエルフ達も私と同じ様に肉体を失ってもあの生命の樹から生えてきますから…。」
「ーーー不死の種族、そのような種族はこの宇宙で汝達のみだ。」
アズテックオスターは私の説明を聞き、何かを思案し始めました。…恐らくは、になりますけど。
だって表情も息遣いも無いので推測でしか語れません。でも、多分何かを思案していると思います。表情は鉱石のような面に彫られた模様のみで変わらないのですが、視線がこう…どこかへ向かった気がするので思案中だと思います!
「ーーー情報が不足している。同胞達も詳細の情報は持っていなかった。」
「はぁ…まあ、私達は殆ど星の外へは出ませんので知らなくて当然かと…」
私達は外向的ではなく内向的な種族でしたからね…。
「エルフとハイエルフの違いは出生のみか?」
「ぜ、全然違います…!」
思っていたよりも大きな声が出てしまい、自身でもその行動に少しだけ驚いたが、私には否定するだけの思いがあったのだ。
「私は誇り高いハイエルフなのです!」
「誇りの有無のみか?」
「いえ!私は精霊様に…、その…ええと…」
先程の勢いが嘘のように鳴りを潜め、話している途中でエルフは言葉を切ってしまった。その理由として目の前に居るアズテックオスターにとってすればハイエルフもエルフも大した差が無いことに気づいてしまったからだ。
虫が己のアイデンティティを人間相手にプレゼンしているようなものだと考えたエルフは羞恥心を覚え…
「…ハイエルフの亜種がエルフです…」
「なるほど、理解した。」
非常に癪ではあったがエルフは分かりやすくアズテックオスターに説明をし直すことにした。
「これまでの会話と当方の持つ情報を照らし合せた結果、汝の目的はこの惑星にてその樹を利用し繁殖する事。この周辺に魔素が無いのは魔素を保有する汝のようなエルフを生み出す為でもあり、魔素を必要とする生き物を遠ざける為である。」
ここまでの情報のみで私の目的を?あえて口にしていない情報まで見抜かれていたとしたらアズテックオスターは私達エルフなんかより遥かに知能が発達してる…
その圧倒的な巨躯に加えて知性まで有していたら私達なんて勝てるわけないですよね。あの戦争は最初から勝機なんて無かったんですね…
「そして肉体を生み出す為にはそれだけのエネルギーと有機物と化合物も同様。だから汝は先程の身体を樹に戻した。詰まるところはそなた達エルフ種は魔素と栄養とエネルギーが必要、そしてその3つの要素が揃った星は前提条件として必須になる。」
「…仰るとおりです。」
「ということは汝の母星はその樹の生育環境に問題が起きた訳だ。でなければ星を出る理由が無い。」
「全てをお見通しのようですね…」
「しかし、色々と問題のある方法を選択したものだ。汝ひとりではその樹を守り抜くのは難しいだろう。」
アズテックオスターの眼は神をも見通す。直接触れなくともその樹の特性についてある程度は理解していた。
「魔素と栄養とエネルギーを蓄えた植物は恰好な餌にしかならない。いずれ周辺の生き物に見つかり食われるだろう。汝ひとりでは決して守り抜けない。」
「…言いますね。これでも何万年も生きてきた経験があります。」
「しかしこの星ではどうだろうな。汝の星のようにエルフにとって過ごしやすい星と決めつけるのは早期な判断だ。まだここに来て1日も過ごしていないだろう?」
「…」
私がここに来て間もない事も理解していて、この星の環境について未だに私がよく理解していないことも分かっている…。
「しかし安心しろ。汝達の身は当方が保証しよう。」
「え…?いま…なんて言いました?」
「この惑星にて汝達を害せる者は居ない。それを当方が保証しようと言うのだ。」
…ん?私の頭も耳も悪くなければ今アズテックオスターが私と生命の樹を守ってくれるって言いましたか?あの世界最強と云われたアズテックオスターが?片田舎のエルフを?…どうして?
「なんの得があるのですか?だって、今さっき出会って、貴方様…その、私達と戦争をしましたよね?」
アズテックオスターとの戦争で私達の種族は絶滅の危機に陥った。宿敵…と言ってもいい関係です。アズテックオスターも自分達の星を無くしたと風の噂で聞きましたし、協力関係を結べるとは到底…
「ーーー言いたいことは分かる。しかし最早戦争をする理由はお互いに無い筈だ。当方も汝らとは距離を取り、出来るだけ何もせずに過ごしたかった。しかし結果としてほんのひと時分の平穏しか訪れなかった。その代わりに訪れたのは…汝だ。」
アズテックオスターの鉱石のような頭部に刻み込まれた模様は私を真正面から見ていた。私よりも大きい眼は私の眼よりも無機質な筈なのに、私と同じく故郷を失い、そして同胞達を失ったことに対しての悲しみを持ち合わせた瞳のように見えて…私はアズテックオスターへ持っていた恐れや畏怖、そして恨みに似た感情が薄れていくのを確かに感じました。
「ならばここで汝らと良好な関係性を築き、後の世代へと可能性を託したい。汝にも当方達では駄目だったことは分かるであろう?」
「…その結果を知っているからですね?」
「そうだ。その結果がこれだ。お互いに敵対し合い、そして暴力によってその関係性を閉じようとした。それは誤りであったと当方は感じている。」
この世界にアズテックオスターを止められる者はもう存在しない。何故なら神や魔王は姿を消し、私達のような種族は環境へ適応出来ずに滅びようとしている。
だからその気になればこの世を征服することも可能なのに、このアズテックオスターは次への世代のことを考えて行動に移そうとしているみたいです。
「だから知りたいのだ。観測したいのだ。観察したいのだ。そして…出来れば当方のことも汝に知ってほしいのだ。当方がどのような存在であるのかを知ってほしいのだ。この世界にアズテックオスターは当方のみになった。当方という存在を観測出来る者はアズテックオスター以外の種族に託すしかない。自身だけでは観測ではなく評価になってしまうからな。」
「…知って、観察して、それで、私達はこれからどうしていくのですか?」
「ーーー分からない。しかし、何もしないという選択肢を選んだ結果、汝と出会った。当方は何もしないという選択肢は取れないことを知った。」
「私のせいですか?」
「そうだ。ならば責任を取れ。」
初めて…アズテックオスターから理不尽なことを言われましたが、これは私にとって悪い話ではない。あのアズテックオスターに身の安全を保証してもらえるんですよ。ここは手を組み、彼の望みを叶え続けてエルフの復興を目指すべきでしょう。
私の意思よりも皆に託された使命のほうが大事なんですから。
「…分かりました。責任を取りましょう。」
「言質は取った。」
「え?」
アズテックオスターは私から生命の樹へと意識を向けて頭部を動かしましたけど、まるで私の事はもう用無しみたいな…。
あれ?私の思っていた展開と違うのですけど…
「ーーーやはり、分からないな。直接触れれば内部の構造などが分かるとは思うが…」
神をも見通すアズテックオスターの眼ですら生命の樹の内部の構造を見通せずにいた。つまり神よりも未知という事実を示している。
「えっとその…その大きな身体で触れた場合、枝が折れたりしてしまう危険性が…」
「それは確かにそうだ。考慮してみよう。」
「あ、触れるのは確定なんですね…」
「汝らの生態を理解するのに必要な工程だ。それでまだ聞きたいことがある。先程は汝たちエルフは身体を失ってもまたあの樹から生えると言ったな。どうやって記憶を持ち越している?何故死ぬ前と死んだ後の汝とで記憶の相違点が無かった?」
ん、んー〜…ここなんですよね。何も知らない者に説明する際に最も難しい所がここです。私達の生態をどうやって説明したものか…
「ええと、私達エルフと生命の樹の間には“廻廊”と呼ばれる繋がりがありまして、どうやらそこを通って私達の魂が生命の樹へと戻るらしいです。」
「…面白い。大変面白い。魂すらあの樹は管理出来るのか。」
どうやら相当私達の生態に興味を抱いているみたい。顔?もこっちに向けて私の話に集中しています。
「どうなんでしょう。私はよく知りません。精霊様がそう申しておられたと記憶しています。」
「その精霊とやら。名前は何と言う。」
「え?精霊様は精霊様ですよ。」
「ーーー汝はハイエルフであろうが、ハイエルフにも個体名があるはず。精霊にも個体名があって然るべきであろう?」
「そう…言われるとそうですね。でも、昔からみんな精霊様と呼んでいたので特に気にしたことがありませんでした。精霊様はお一人しかいませんでしたし、呼び名で困ることは特に…」
「たった一体の精霊のみでこの生命の樹とやらを創造した?もしそうなら相当な高位の精霊であるはず。当方達にもその情報は出回ってきてもおかしくはないが、該当する精霊は居ない…」
「精霊様も私達も星の外には出ませんからね。」
私からすると生命の樹や精霊様よりも圧倒的に凄い存在なんですけどね貴方は。
「その精霊…今は何処にいる?」
「…知り得ません。私達は種の絶滅を防ぐために私とあの生命の樹を星の外へと脱出させましたから。なのでどうなったかは分かりかねます。」
「踏み入った質問をしたようだ。この話は終わりにし、今は目の前の事を明らかにしたい。」
「そうしてもらえると嬉しいです。」
どうやら私の口調や表情を理解しているみたいですね。これも観察されているということなんでしょうか。
「汝の話から推測して一つ気になる点がある。どうやって精霊が交わった。汝の身体の構造は調べたが、ハイエルフは他の人種とは違い妊娠する機能を有していない。勿論精神体である精霊もそのはずだ。」
そこも説明が難しい。どうやって説明すれば理解させられるのでしょうか…
というよりもどうやって私の身体を調べたのでしょう。魔法の類では無いはず。魔素の動きは無かったです。じゃあ…他の方法で?それは一体何なんでしょう?少し気になります。
「んーと…先ずですね。精霊様が生命の樹を創造しました。これは私達ハイエルフが生まれる前の話になるので…」
「構わない。続けろ。」
おぉ…すっごく食い付いているのが分かります。ちょっと手を伸ばせばアズテックオスターに触れられる程に近付いて来ましたよ。
「え、えっとそれで精霊様は生命の樹を使ってハイエルフを生み出したのです。」
「ーーー何工程か飛ばしていないか?それとも汝は己の出生について詳しく知らないのか?」
「…そう感じますよね。そう返されると思っていました。でも真実です。」
「ーーーまさか、あの樹は…」
「ええ、多分想像の通りです。生命の樹は親となる者との間に種族を作れるのです。なので正確に言うと私達ハイエルフは精霊様が生命の樹を使って自身の子供を作ろうとした結果生まれた種族になります。」
エルフもハイエルフもこの世界では凡庸な言葉に当たる。しかし他の星のエルフやハイエルフは私達のエルフやハイエルフとは大きな違いが存在します。
両者は異なった進化を辿っている種族で決して同じ種族とは言えません。
「これは驚いた…。樹から生まれるエルフは滅多に存在しないが、その中には汝らは含まれていない。同じ言葉でも中身と進化の仕方が異なればそれは全くの別種になる。」
「そうですね。私もそう思います。」
「エルフと名乗り、そのエルフの特徴的な耳を見て当方は似たものだと勘違いしてしまっていたようだ。」
「耳?ああ、私達の星にはエルフしか居なかったのでこれが普通だと思っていたんですけど他の種族からしたらエルフの特徴として見えるんですね。」
私は自身の耳を動かしてアズテックオスターに見せますが、他の人種とは異なる形になるらしい。私達のような貧弱な種族は周囲の音を聴く為にこのぐらいの大きさは必要なので、特に変とは思いません。
寧ろ他の人種はどうしているのでしょう。長くない耳なんて何のために付いているのか理解が出来ません。代わりに眼が良いのか戦闘力が高いのでしょうかね。
「見た目は平凡なエルフそのものだ。しかし…これでは紛らわし過ぎる。他の星にエルフが存在することは知っているのだろう?汝たちはその時に混乱しなかったか?」
「ん〜?そういうものなのかな〜って受け入れていましたけど改めて言われるとそうですね。でも、私達の星には私達しか人種は居なかったので特に混乱することは無かったですよ?」
アズテックオスターはこの話を聞いて彼女達の事情について深い興味を抱いていた。まるで他の種族を欺いているようだと感じ、彼女達を生み出した精霊はワザとエルフに似た姿を彼女達に与え、そしてエルフという名を名乗らせたのではないかと推測を立てる。
しかしその答えはもう得られないだろう。どうやら彼女達の精霊はもう居ないらしく、答えを知る者はこの世界にはもはや存在しない可能性が非常に高いからだ。
「ーーー話は分かった。汝達の事情も理解した。それでは約束の話をしよう。」
「約束…?」
「当方が汝らの安全を約束し、汝が当方へと責任を果たす約束だ。」
「あ、あぁ…確かにそうでしたね。…その責任とは具体的にどうやって取れば…?」
アズテックオスターが頭部を持ち上げると地面が揺れ土埃が宙に舞った。これはアズテックオスターが途轍もなく重く、そして想像もつかない程に運動エネルギーが働いている証明だ。
「ーーーこの身体では汝らを傷付けてしまう可能性がある。なので…肉の身体を頂きたい。」
そう言い放ったアズテックオスターはハイエルフと生命の樹を交互に見て、それから私の顔を真正面から覗き…
「これは契約だ。我が名はアズテックオスター。個体名はもはや存在しない。その理由は当方のみがアズテックオスターだからだ。汝も同じ様にたったひとりで残された者、汝の呼称は如何かな。」
お互いにこの世界に一つしかいないと思われる存在であり、同胞達から託されたものを抱えてこの星で出会った者同士である。そんな両者は奇しくも同じ境遇を持ち合わせていた。
「私は…アノン星で生まれ、精霊様によって生み出されました。精霊様は私にルー・テ・メーデという名前を与えて下さり、同胞達は私のことを“ルーテ”と呼んでいました。」
「“ルーテ”…か。ならば汝は当方を好きに呼んで良い。」
「好きに…ですか。なら…あ、アズテック…だと、少し長いですよね?だと、アズ…様?」
私の文化だと名前を短く省略して呼ぶのが普通でしたけど、良く考えたらあのアズテックオスターを愛称で呼ぶなんて恐れ多いことなんじゃ…!
「…面白い。愛称で呼ばれるのは初めてだ。あと敬称は無しで良い。我らは対等の関係性を築くべきだ。」
「え、じゃ、じゃあ…“アズ”」
「よろしい。ではルーテ、これからよろしく頼むぞ。」
「はい…。こちらこそ、その…よろしくお願いします…アズ。」
この日を以て彼女達は躍進を続けていくことになり、そして同時に奇妙な関係性も続いていくことになるが、まだ彼女達はその事を知る由もなかった…
毎週投稿しようと思うので、1話当たりの文字数を1万文字以内に収めようと思います。そちらのほうが見直しも出来て負担が少ないので。