エルフと宇宙からの来訪者
Ar TonelicoのXaaaCiという曲が好きです
先ず最初に思ったことは何故思い付かなかったのか、ということ。
私は他の星から来た者で、この星の住人ではない。そして私が一番最初に出会った者もまたこの星の者達ではなかった。
つまるところ、これはよくある話。どの星でもあり得る話だ。
なら私が一番警戒すべきことは森の周辺ではなく星の外から来る来訪者だった筈。なのに私はそこまで思考が及んでいなかった。
私の故郷にも外から来る者達が居た。ほとんどが友好的な種族だったが、中には侵略目的で来る種族も居た。
これは言い訳にしかならないけど驕っていたんだと今では思う。アズが居るから大丈夫だろうという自分勝手な思い込みのせいで私は子供たちを危険に晒してしまった。
そもそもの話、何故今日なのだろう。私とアズとで子供たちに教育を行なって3日が過ぎ、遂にエルフ達が沼地へと向かう日が今日でした。
今日の為に色々と準備してこの星での定住に必要な事を少しずつでも熟していこうとしていたのに…なんで今なんですか。
朝日が登って、エルフ達が活動しやすい時間帯になり、これから森の中へと入ろうとするエルフ達をみんなで見送ろうとしたらですよ、突然なんの前触れも無く宇宙からの来訪者が私達の前に現れたのです。
そこで私は気付きました。これは偶然ではないと。明らかに私達の居る地点目掛けて降りてきましたと。その原因は…私が施した魔法陣であると。
宇宙は途轍もなく広いです。そして惑星も大きな体積と面積を有しています。だからここをピンポイントに見つけるには目印のようなものが必要になります。
それが魔法陣。ですがこの魔法陣は惑星の地表を覆い隠すような大きさではありません。直径で200メートル程度です。
しかし向こうはそんな小さな魔法陣を星の外、遠く離れた距離からでも見つけてきた。そしてその魔法陣がどういったものであるのかを見抜き、何かを隠しているのだろうと当たりをつけて降り立ったのです。
これだけでとんでもない魔法適性と知能を有しているのが分かります。私なんて遠く及ばない。正に生き物としての格が違う相手…。
私の知るドラゴンとは全然違う。故郷に居たのはドラゴンではなく大きなトカゲだったのでしょう。これを見ればドラゴンとはどういうものかが嫌でも分かります。
魔法陣の上で停滞しているので魔法陣と比較し、そのおおよその全長が測れました。体高は50メートル近くもあり、とても大きい事が分かりますが、身体と同程度の面積を誇る両翼と下半身から伸びる強靭な尻尾があるので実際にはもっと大きく感じます。
そんな巨大なる存在が確かに私達を認識して対空しているのです。恐怖しかありません。しかも対空しているといっても羽を動かしているのではなく、ただその場に停滞しているのです。どうやってその場に留まっているのか検討もつきません。
恐らくは魔法によるものでしょうが、ハイエルフである私がその魔法を理解できずにいます。何十…いや、何百もの魔法を複雑に組み合わせているということだけは分かるのですが…たった一つの魔法すら見通すことが出来ないのです。
そんな高度の魔法を使用しているにも関わらずあのドラゴンは魔法を使っている者特有の緊張感を感じません。あくまで自然体で意識せず魔法を行使しています。
つまりですよ、途轍もなく重いであろうあの巨大を空中に停滞させることはあのドラゴンにとっては造作もないことで、私が瞬きをしたり呼吸をしたりすることと同程度のことなのです。
生まれてから当たり前に身に着けていたものが私とは大きく違う。ああやって佇むのはドラゴンにとってすればただその場に立っている程度のこと。何も難しいことではないのでしょう。
私たちエルフ種からすれば人知を超えた魔法なのですけどね…。本当に、本当に嫌になります。認識を阻害する魔法陣越しに私達を認識しているのですから私の魔法なんて、文字通り魔法とすら認識していないのかもしれません。
しかしこればかりは仕方ないと考えなければ。だって相手があの伝説の竜なのですから。
竜は一生成長し続けると言われていますが、しかし年齢を重ねても身体の大きさは種によるでしょうけどある一定まで育つと止まると言われていて、竜の年齢を知るには角を見ればよいとむかし精霊様から教わりました。
角だけはずっと成長し続けるという特性を持つドラゴンは年齢と共に角が枝分かれしていきます。最初は一本か二本で、そこから更に枝分かれしていって先端の本数が増えていくのですが、あのドラゴンの角は金属のような光沢があり、まるで王が被る冠や女王が頭につけるティアラのようで気品と荘厳さを感じさせます。
まるで職人が手をかけたような美しい並びの角ですが同時にとても機能的で頭部全体を守るように伸びています。あれでは頭部を攻撃しようにも角に邪魔されて攻撃が通らないでしょう。
それに顔だけではなく身体全体にまで鱗に覆われているのでここからでは金属の鎧に身を包んだように見えます。
どんな生物もこれを見たら高圧的でとても恐ろしい存在という印象を受けるでしょう。実際にこういった話があります。
この宇宙に存在する生き物は全てドラゴンを恐ろしく感じるという説です。私は初めて聞いた際はあまりピンと来ていませんでした。
だって星が変われば価値観も生き物の姿形も変わるからです。同じ星でも大陸が変われば生態系も異なります。ドラゴンよりも大きな生き物だっているでしょう。
しかしそんな考えはこのドラゴンを見て吹き飛びました。これを見て怖く感じない生き物は存在しません。精霊様の言う通りドラゴンは根源的恐怖そのものです。
そういえば更に馬鹿げた話がありました。全宇宙の生物がドラゴンを恐怖の対象として認識するのは集合意識のせいという説です。
本当に馬鹿げた話ですが、否定し切れない説だとその時に聞かされました。ドラゴンという存在が集合意識を立証する根拠になっているそうなのです。
宇宙という広大な世界であっても生き物の意識というものは繋がれる。そこに距離も時間も関係ないのです。本当に馬鹿げた説ですが、今では私も賛同してしまいそうですよ。
だってこんなに恐怖を感じた事は生まれて初めてのことなのですから。何万年も生き、死すら克服した不老不死の私がですよ?
様々な経験をし、色々な死を体験してきました。そんな私が恐怖のあまり何も出来ずにいます。恐くて身を竦めるなんて…思い出すことも出来ないほど昔のことです。
アズテックオスターと初めて対面した時ですらここまでの恐怖はありませんでした。というよりもあの時は恐怖よりも衝撃のほうが大きかったです。
とんでもないものに出会ってしまったというのが素直な感想。しかし今回はとんでもないものに見つかってしまった…。これが今の素直な気持ちになります。
出会ってしまったのではなく、見つかってしまった。見つかってはいけない存在に認識されてしまった。これが恐怖の根源になります。
向こうは全宇宙の生態系の頂点にいる生物です。つまり全ての生き物が捕食対象になる。そんな生き物に見つかったのです。恐怖を覚えるのは当たり前なことでしょう。
そう…当たり前、当たり前なのです。ですからこの感想はおかしなもので、私の価値観が普通のそれとは大きく異なっていたのでしょう。
間違いなく恐怖の対象として認識しているのに、私にはそれがとても美しい生き物だと思えたのです。
全ての生き物がこうあるべきだと示されたような一種の感動。実際、全ての生き物はドラゴンへと至るという話があります。どんな生き物も進化していくと不思議とドラゴンという種に寄っていくのです。
これらの説が正しいと思えるのは私がいま本物のドラゴンを見たからでしょう。つまりこの説を考えた人達もその説が正しいと考える人達も実際にドラゴンを見たからだったのだと今では思います。
しかし今はそんな話はどうでもいいのです。問題なのはこのドラゴンがあの伝説の竜だということ。
赤い鱗に身を包み、太陽を凝縮したような瞳を宿すといった特徴を持つ竜は“赤竜種”に分類され、竜の中で最も有名な種族になります。
数自体はそこまで多くないドラゴンの種が何故全宇宙で有名なのか?それは正に目の前にいるドラゴンの影響によるもの。
ドラゴンで最も有名な話は一息で星を燃やし尽くすというもの。
そう…そうなのです。たった一つの生命が膨大な質量と体積を誇る星を燃やし尽くしてしまった。これがこのドラゴンとこの種族を有名にした要因。
プライドが高く自身よりも上、もしくは対等と認めた相手以外には言う事を聞かない数多のドラゴン種をその力で束ね、全てのドラゴンの頂点に立ったこのドラゴンの呼び名は様々あります。
竜の王、赤い流星、神を滅ぼし者、他世界種の天敵、太陽の化身、そして…“プロメア”これがこの竜の名前。
実際に見たのはこれが初めてになりますが見間違える訳がありません。私みたいなド田舎の星にもこのドラゴンの情報が回ってきます。あの特徴的な角の形と体内に内包する膨大な魔力を見れば張本人だとすぐに分かりました。
(どうしましょう…私が動かないとなのに何も出来ない…!)
下手に動けば死が訪れると理解していたルーテは何も動けずにいた。そして勿論だがエルフ達もルーテのように動けずにいたが、エルフ達はルーテを守ろうとどうにか合流しようと考えていた。
ルーテと距離としてはそこまで離れていない。森の中へ入ろうとしていた直前だった事もありエルフ達は森側に立っている。しかしルーテは広場の中央辺りに居るので近付くには歩かなければならない。
しかしそんな事をして向こうを刺激し、ルーテの身に何かあればと考えれば動ける筈もなく、エルフ達は少しでも向こうを刺激しないようにただ立っているしかなかった。
現在この場では力の無い者が何かアクションを起こす権利や資格すらない。例え己の使命を理解していても、ルーテを第1優先として自分達が盾にならなければならないと分かっていても、彼女達は身動ぎ一つすら出来ないのだ。
つまりハイエルフとエルフには資格が無かった。しかしこの場には彼女達以外にエルフ種が居る。暗い皮膚と長い髪に真夜中に出る霧のような瞳を持つ者達。
全宇宙どころか他世界を含む全存在の中で最強と称された種、アズテックオスターとの混合種が遂に動いた。
最初に動いたのは暗き者の幼体達。ハイエルフであるルーテを守ろうと彼女の前に立ち臨戦状態に入る。
そして、エルフ種の最大戦力であるアズがルーテの隣に立ち、空に浮かぶドラゴンを注意深く観察し続けながら状況を整理していた。
「赤竜と会うのはあの戦い以来か。」
アズの一言でルーテは気付く。寧ろ何故今の今まで気付かなかったのかと自身の無能さに辟易としたぐらいだ。
アレがプロメアならあの大戦に参加していた筈だ。アズテックオスターを討伐しようと全宇宙の猛者達が集い、この世界全ての種の天敵であった他世界種とも共闘した第17次宇宙大戦。あの戦争ではドラゴン種が前線を務めて世界最強のアズテックオスターと戦ったことは有名な話である。
つまりあのドラゴンはアズテックオスターとの戦いで生き残った個体。ただでさえ警戒度を最大値まで上げていたのに更に警戒度を上げなければならなくなった。
そしてルーテは現段階で最も気付かなければいけなかった事にようやく考えが及んだ。
このドラゴンはアズテックオスターを直接見ている個体。つまり自分達の後ろに地中から生えたアズテックオスターの存在に気付いているということ。
これだけの条件が揃っている事実にようやく気付いたルーテはあの大戦の続きが今、正に起ころうとしている事実に凍りつく。
(ま、まずい。子供達と生命の樹を守らなければ…)
ルーテが視線を泳がしてドラゴンからほんの一瞬、視線を逸らし再びドラゴンへと向けた瞬間…目線が合った気がした。
(見られていたっ!?まさかこちらの様子を観察され…)
気付くのが遅かった。これで何度目になるだろう。ルーテはハイエルフとして様々な経験をした実力者だ。しかし向こうはルーテよりも遥かに経験を積み、ルーテよりも長い時を生き残ってきた竜の王。
ハイエルフ如きに先手を取られるような個体ではない。
先ず始めにルーテのみならずその場に居るエルフ種全員が魔法の対象に入れられた。
魔法は行使する対象を選ぶ際に生物か無機物かを選択するが、これは魔法を行使する者は対象がどちらかであるのかを知覚、認識することができる。
これはルーテが初めてこの星に降りてアズテックオスターに触れた際に鉱物ではなく生き物であると知覚した時と同じだ。
そしてその時にアズテックオスターが目を覚ましたのは魔法の対象として選ばれた事を知覚したからだ。つまりある一定の魔法適性を持っていれば自分が相手の魔法の射程に入ったかどうかが分かるのだが、ルーテは自分達がプロメアの魔法の対象として囚われた事を知覚していた。
(れ、抵抗出来なかったっ!?ずっと警戒していたのに一瞬過ぎて何も出来なかったです…!)
魔法を使う者同士が魔法を掛け合う際、相手の魔法の対象から逃れる方法が存在する。その方法は色々とあるが、どの方法もある程度の時間が必要だ。
大した事のない相手ならば自身の魔素の量次第で無意識の内にレジストすることが可能で、実力が拮抗していれば数秒から数十秒掛かる場合がある。
しかしこれは逆説的に言えば反対に大したの事ない相手ならば自身の魔素の量次第で無意識の内に魔法の射程に囚えることが出来るということ。
つまりハイエルフ程度の魔素の量ではドラゴンの魔法から逃れる事が出来ないという事実を示していた。これはもう心臓を掴まれたのと同義。握り潰すのも引き抜くのも向こうの自由だ。
例えば即死の魔法を行使されたらルーテ達は抗えない。しかしそれぐらいならば問題がないのがエルフ種という種族。死んでもすぐに生まれ直せる彼女達にとって即死魔法は大した魔法ではない。
よって問題となる魔法は記憶を読み取ったり身体の自由を奪うといった生命を脅かす魔法ではなく個人を脅かす魔法だ。特に命を奪わずに行動不能にするといった魔法は彼女達にとっては脅威になる。
しかし…竜の王が選択した魔法は彼女達の誰もが予想していなかったものだった。
『人よ…余の言葉が理解できるか。』
突然頭の中に言葉が響いた。声ではない、言葉だ。なので音といった情報はない。ただ分かるのは竜に話しかけられたということ。しかしこの事実がルーテに畏怖を覚えさせた。
(竜がこの短時間で私達の言語を理解した…!?)
話しかけてきた事よりもルーテは相手がこちらの言語を理解した速度に驚いていた。何故ならテレパシーといった能力はそこまで珍しくなく、他の星から来た者とはこういった方法でコミュニケーションを取る事もあるからだ。
しかし、だからこそルーテは驚いた。お互いに意識を共有出来ても言語形体が違えばコミュニケーションは取れない。使用する言語が違う両者が互いの声を送り合えば理解の出来ない言語が頭の中に響くだけになるからだ。
なのでテレパシーで会話するにはある程度の知識が必要になる。特に文脈や共通した単語を互いに知らなければコミュニケーションは成立しない。
ならテレパシーは不必要な魔法になると思われるかもしれない。しかしテレパシーは言語の発音を無視して対話が出来るのでそういった肉体的な問題を解決する優秀な魔法なのだ。
人種同士でも異星間となると発音機能にも差があり、正しい発音そのものが不可能の場合がある。そういった問題を解決する為に開発されたのがテレパシーという魔法で、竜の王が使ったのも同じ魔法になるが問題となるのは何故エルフ達の使用する言語を使えるとかという部分だ。
(まさかこれも魔法…?つまり今の一瞬で私達の頭の中を調べられたっ…!?)
向こうが自身の考えを送れるのならばその逆にこちらの考えを読み取れるということ。頭の中を調べられるような感覚は無かった筈だが、どうやらドラゴンの魔法は容易く生き物の頭の中を覗けるようだ。
因みにだがルーテも同じようなことが出来る。昔仲間たちとふざけあって互いの頭の中を覗き合うといった遊びが流行った。その時に頭の中を覗かれる感覚というものを覚えたが、今回はそういった不愉快な感覚は覚えていない。
(まずいまずいまずいまずいっ!!知能も知識も向こうが圧倒的だ!自分よりも遥かに頭の良い種族となんて会ったことも想定もしていなかったですよ!)
ただ身体が大きく力が強いだけの相手ならばまだ対処のしようがある。そして同様にただ頭の良い貧弱な相手でも同じようなことが言える。
しかし相手はその両方の長所を兼ね備えた超常生物。流石は魔法生物と言わしめた生物の頂点。
ただ単純に生き物として、種としての壁が分厚い。その事実をまざまざと見せ付けられたルーテは心が折れかけた。
だが、此処にはそんな超常的な存在と肩を並べる種族達が居た。
アズがルーテの腰に手を回して自身のもとまで抱き寄せる。
「あ、アズっ…」
「ルーテよ、当方との約束を覚えているか。汝の安全を保証するために当方の傍に居ることを。」
ふたりとも同じ身長のためアズがルーテの顔を見ると自然と視線が合うが、ルーテは真剣な面持ちのアズのの表情を見て不思議と落ち着きを取り戻し、同時に何か大きなものに守られているような安心感を覚えた。
「え…?お、覚えていますよ。その代わりに私はアズに肉の身体を与えてあなたを観察して記憶するって…」
「その約束を果たすぞ。必ず汝らを守る。」
普段の残念なアズとはかけ離れた様子だったが、この状況下においては誰よりも頼りになる存在だった。その証拠にアズはドラゴンの注目をこちらに向けるように話しかける。
『可能だ。当方の言葉を理解したのならば返答を望む。』
ダークエルフである今のアズは魔素を有している。なので竜の王と同様にテレパシーで話しかけることが可能だ。そしてアズがこのタイミングで話しかけたのには理由がある。
(奴め、生命の樹の異様さに気付いたな…。)
奴が姿を現してからずっと視線がこちらにではなく後方へと向けられていた。最初は当方の元の身体であるアズテックオスターに注意が向けられていたが、すぐに奴は隣にある生命の樹へと向けた。そして今もずっとそちらに視線が向いている。
つまり当方、ひいてはアズテックオスターよりも関心があるという事。ならばもう奴は見抜けなかったのだろう。そんな存在がまさかこんな星にあるとは思わなったという反応だ。
当方の元の身体が探知されないように対策はしていた。しかし今回は相手が悪かった。ルーテの魔法陣を見つけ、そこに何かがあると睨んですぐに行動へと移せる相手はこの宇宙でも限られている。
(まさかそんな限られた相手がここまで追ってくるとはな。)
アズはルーテよりも遥かに先の事まで見抜き、そして思考が及んでいた。普段のアズは子どものように興味のあるものだけに意識を向けて過ごしていたが、本来のアズは情報を集めて統合する役目を担ったアズテックオスターの一柱だ。竜の王に遅れを取るような性能はしていない。
『ほう…余の種族が使う言葉を知って使うてくるとは驚いた。』
竜の王が初めてエルフ達へと顔を向けた。竜の目線はずっと生命の樹の方へと向いていたが、別にエルフ達を見ていなかったわけではない。人種とは大きく異なった目を有している竜種はとても視野が広く、そして同じようにとても正確だ。
視界に入ったものは注視しなくとも正確に見ることが出来る竜種の目線は常に正面へと向けられている。この事を知っているアズはドラゴンが何に注目しているのかが分かっていた。
『そうか。驚かせてすまない。今後気を付けよう。』
アズと竜との会話は他の者達には聞こえていない。敢えてそうしているのだが、もしこの会話をルーテが聞いていたら卒倒していただろう。聞くものによっては煽りに思えるアズの言葉は肝を冷やすものだ。
『なに、それはお互い様であろう。余こそ其方らを驚かせたようだ。』
竜の王は特に気にした様子もなく地上へと降りてきた。その途中にあった魔法陣は竜に触れると次第に歪んでいき、最後は消滅する。
(ま、魔法陣が消滅した!?規格外の魔素に触れて形状を保てなかったとでもいうのっ…!?)
魔法陣を破壊するにはそれなりの魔法が必要になる。しかし今回の場合は特に何も魔法を使っていない。ただドラゴンがその魔法陣をすり抜けて降りてくる途中で勝手に壊れてしまったのだ。
理屈としては理解出来るが、こんなことは滅多に…いや、ルーテの人生の中で一度も経験のしたことが無い事象だった。こんなこと、想定出来るはずがない。
あの魔法陣は魔素を含んだ生き物が触れたところで何も起こらない。そういった要素を組み込んでいないし、逆に生物などの影響を受けないように創り出したものだ。
それがだ。通り抜けようとしたら崩壊した。こんなことは魔法に詳しい者程ありえないと思う事象である。
そしてもっと不可解で理解の出来ないことが立て続けに起こる。竜が地上へと降り立つとまるで木の葉が落ちたかのように何も起きなかったのだ。
竜が足を着けた衝撃も空気の揺らぎもない。あれ程の体積を有している生き物が動いてもルーテ達は何も感知することが出来なかった。恐らくは魔法によるものだろうが、どうやっているのかは分からない。
ただ分かることはドラゴンはその気になれば音もなく空から強襲を仕掛けられるという事実のみ…。
『ーーーそう構えるな。余は長い旅で疲れているのだ。此処へ立ち寄ったのも休憩がてら…用が済めば此処を立ち去るつもり故。』
竜は四足歩行の生き物のように両手と両足を地面に下ろすと肘や膝まで地面に着けてゆったりとした体勢で尻尾を巻いた。そして羽まで閉じて首のみを上へと向けると完全なリラックスの状態に入ったのだ。
この体勢が明らかに敵意が無い構えであることは明白ではあるが、しかしこの状況下でリラックスとした体勢を取るとは思いもしないことだった。
なにしろ竜の目の前にはダークエルフ達が今にも飛び掛かりそうな体勢を取っているからだ。
『ほんの少し…ほんの少しでも不審な動きをしてみろ。』
『もしそのような行動が見られた場合…』
『攻撃行動と見なし、全力で反撃に移る。』
ルーズ、メーテ、クーデの3人から殺意のような鋭い気配が漏れ出していた。そんな気に当てられてルーテとエルフ達は腰が抜けそうになる。
ダークエルフが前に少しだけ敵意を漏らした際は自身に向けられたものではないと分かっていても背筋が凍るような思いをした。そして今回も自身に向けられたものではないと分かっていたが、その圧倒的な威圧感にエルフ達は完全に呑まれてしまう。
ダークエルフは幼体であっても1%の力で地形を変えてしまう程の超常生物だ。そんな生物がだ。100%の力を振り絞り、尚且つ完全に敵として認識した相手にその力の全てを振るった場合どうなるだろう。
しかもそれが3人分ともなればもはや想像もつかない話になる。ダークエルフという種が狩りではなく戦闘目的でその力を解放すれば例え相手がドラゴンであろうともただでは済まないと考えるべきだ。
しかし…竜の王はそんな3人を見ても構えを取らなかった。
今も微動だにせずリラックスとした態度を取り続け、こちらに敵意を向けるダークエルフ達を無視して後ろに控えているアズだけを見ている。
つまりこれは…竜の王にとってすればルーズ、メーテ、クーデの3人はわざわざ姿勢を崩して構える必要もない存在ということだ。
これは別に竜種特有の驕りから来る行動でもなければダークエルフ達の力量を見誤ったものでもない。
竜の王は目の前の生き物がエルフ種ではないことを理解しているし、ダークエルフのような姿をした人種の体内に凄まじいエネルギーがある事も見抜いていた。
というよりもだ。そもそもの話、竜の王が相手を見誤る訳が無い話である。この竜はこの戦後の時代まで生き抜いた竜だ。
数多の種族と戦争をし、100を超える星を焼いて魔王の尖兵達とも戦い抜き、あまつさえ神の1席をも滅ぼした圧倒的強者。
そして竜の王は何度も宇宙大戦に参加している。しかもあの第17次宇宙大戦では前線に出てアズテックオスターと戦闘行為を行ない、神の攻撃やアズテックオスターの攻撃からも逃れて生存した戦争帰りの竜だ。
そんな強者が相手を見誤る訳が無い。つまり全てを理解していてこれなのだ。もしダークエルフ達が踏み込んできて先手を取られようとも、自身が不利な姿勢から後手に回ることになったとしても、何も問題が無いと判断し、尚且つ意識を他に向けている。
つまりこの体勢からでも反撃が充分間に合うということ。
これが圧倒的な実力差と経験値の差なのだ。竜の王は全てを理解していた。その証拠に竜の王は3人に言葉を掛ける。
『人の子らよ、そなた達が戦いを知らないこと、全力の出し方を知らない事、そして自身の攻撃で仲間を巻き込むかもしれないと踏み切れないことも余は分かっている。』
ダークエルフの姉妹に動揺が走る。ほんの少しの時間の内にこちらの諸事情まで見抜かれた事実は冷静な部分を捨て切れていなかった彼女達の動揺を誘うには充分なことだった。
『だからこそ英雄になろうとは思わぬことだ。もし…その足を一歩でも出してみよ。そなたらの首が飛ぶぞ。』
この場に居る全員の頭の中に言葉が響いた。エルフ達は初めて感じる感覚に驚く暇もなく金縛りにあう。
竜の言葉は脅しではなかった。声ではなく言葉だけの情報だったが、これが脅しではなくただの事実を伝えていることはこの場に居る全員が理解出来た。
ただの言葉で無力化されたダークエルフの姉妹はエルフの姉妹と同様にこの場において何も権利が無い立場だったことを理解させられた。
これが竜の王、これが戦争を生き抜いた個体。ただの一度も命のやり取りをしたことが無い者に口を挟む権利など無かったのだ。
よって、この場で発言権があるのはあの戦争を経験した者達だけ。つまり竜の王との拝謁する名誉はアズとルーテのみに与えられる。
「ルーズ、メーテ、クーデ、3人はルーテを連れて後ろに下がれ。」
ここは退くしかない。悔しそうな態度を取る事も許されない状況下で3人はアズの指示通りに動くだけだった。
『失礼した。当方らの者が粗相を働いてしまい申し訳ない。』
アズが面と向かい謝罪をする。あのアズテックオスターが謝罪をしなければならない相手、昨日まではこんな事が起こるとは誰も考えていなかった。
『構わん。童子は元気過ぎるぐらいが丁度よい。此方も少々脅し過ぎだった様子。力の割に幼く優しき子達よ。』
気にした様子もなく今も竜の王はとぐろを巻くように尻尾を手足の周りに巻いている。この状態ならば例え竜の王であろうともアズ相手であればすぐに戦闘体勢には入れないだろう。
しかし竜の王は構えない。そしてアズも同様に構えたりはしない。ここで両者が争えば瞬く間に星を砕いてしまうだろうと考えてのものだったが、これで互いの目的がある程度絞れるというもの。
もし竜の王が戦闘目的で此処に現れたのなら星の外から攻撃を仕掛けていた筈である。それはアズにとって考えなくとも分かってはいた。分からないのはこれからの行動だ。
それを知る為の対話。アズは向こうがどう動くのか知る必要がある。
しかし、向こうは思いもしない行動に出た。
『ふむ…其方は種の代表者ではないな。余は代表者との対話を望んでいる。もし其の方も対話に加わりたいのならば代表者にその許可を貰うのが道理であろう。』
ここで初めてアズに動揺の兆しが見える。まさか竜という種族がエルフ種という別の生態を持つ生き物の仕組みや関係性について詳しいとは思いもしなかったことだ。
竜は他の種族を見下している部分がある。アズはそういった印象を抱いていたし、事実としてドラゴンがそういった態度を取るのは珍しくもない。しかしこの竜は他の種族に対して詳し過ぎるし知識もあるようだ。
普通は他種族の顔を見たり挙動を観察して関係性を見抜くのは非常に難しい筈である。簡単に言えば人が虫達や魚達の顔を見て関係性を見抜けるかどうかの話だ。これはそういう話である。普通は長期間の観察のもとに推測が立つぐらいだ。
しかし竜の王は推測ではなく完璧に把握しているようだった。ここまでの情報だけでもプロメアという竜が規格外なのが分かる。
まだ一度も竜の王は牙や爪などといった目に見える力は見せていないが、エルフ達に畏怖の念を抱かせるのに充分な力をもう現段階で見せつけ終えている。
こんな相手、誰もが御免被るだろうがやるしかない。でなければ竜の王に蹂躙される事は火を見るよりも明らかである。
「ふぅ……………ルーズ、メーテ、クーデももう手を離していいですよ。」
種の代表者として指名されたからには出なければならない。これがそういう風に向こうが誘導した結果であるのは私でも分かっているつもりです。完全に向こうのペースであることも主導権を取れないことも分かっています。
しかし私も譲れないものがあります。私は絶対に私達の種族を繁栄させなければなりません。それが家族達を故郷へと置いて行ってしまった私への罰であり使命なのですから。
『私が、種の代表者です。』
子供達の縋るような手を置き去り私は前へと踏み出します。私が立つべき場所は後ろではない。私が立つべきなのはみんなの前だ。
全く…子供達に守られるなんて正気ではありませんでした。いつも誰よりも子供っぽいアズが一番前に出ているのに、何故私は怯えて下がっていたのでしょう。どうやら脳が腐っていたみたいです。後で自分の頭を撃ち抜いて交換しないとですね。
「約束…覚えていますよね。」
私が来るのを待ってくれていたアズに私は大丈夫だと伝える為に軽口を叩きます。
「今更何を言う。寧ろ聞いたのは当方のほうだが…」
「汝の安全を保証するために当方の傍に居ること…でしたよね。約束通り傍に来ましたよ。」
笑顔で私がそんな冗談を言うとアズは素っ頓狂な顔で私を見ています。…なんだ、思っていたよりも表情豊かなんじゃないですか。普段もそんな風に振る舞ってくださいよ。
「ーーー全く、本当に今更だが当方はとんでもない者と契約を結んでしまったみたいだ。状況を理解しているか?種の存亡が掛かった場面だぞ?」
「ふふ、良かった。分かっているじゃないですか。なら早くしないとですよ。向こうを待たせる訳にはいきません。」
アズは自分の隣に立って並ぶルーテを見て…この場でおいては不謹慎のような感情を抱いていた。それは単純な好奇心と興味。竜の王がすぐ側に居るのに関わらずアズは自分の傍に立つルーテに強い関心を向ける。
そして、アズに負けず劣らずの関心をルーテに向けている者が居た。
(なんだこの生き物は…余を前に笑うか。…クフフ、面白い。)
余と張り合うつもりとはただの馬鹿か、それとも気が触れた人形か、もしくは…稀代な指導者か。
まあ話せば自ずと明らかになるであろう。さあ、頼むから余を失望させてくれるなよ。そなたらが余の想像通りの存在なのか、それとも余の想像を超える者達なのか…余の全てを用いて見定めようぞ。
ここから第二章になりますが、本当はもっと前の話で二章に入るはずでした。あくまで一章は序章として簡潔にまとめるつもりだったんですけど、説明しなければならない部分が多くて気がつけばもう21話です。早いようで遅い進行ですね。
これから話のテンポが全体的に早くなると思いますので楽しみしていてください。




