エルフ、星へ降る
ここから本編になります。
戦争は終わった。こう文字で表すと物凄く良いことのように見える。しかし、実際はそんなことはなく、戦争が終わってからは私達を取り巻く環境は大きく変わってしまった。
私達の種族は戦後の荒れた環境下では生き残ることが難しく絶滅の危機に陥ってしまったのです。勿論、私達は抗いました。
しかし、そんな努力は実ることはなく、みんなを救う手立ては存在しなくて…誰かがこの役目を担うしかなかったのです。
「貴方に私達の運命を託します。」
こう文字で表すと物凄く良いことのように思える。…しかし、実際はそんなことなくて、私は滅んでいく母星と僅かに生き残った仲間たちを置いて星を脱出しました。
…あれからどれぐらい時間が経ったのでしょう。母星とは連絡も取れず、母星に残った仲間達がどうなったのかも分からない。…いや、本当は分かってるんです。ただ深く考えたくないだけでみんなはもうとっくに…
仲間達のことを考えると心がとても冷える。宇宙はあの恋する故郷と違って氷のように冷たい。ここに居るだけで心まで凍えてしまいそうで、例えこの木の中に居ても指先から感覚が無くなっていくような錯覚を覚える。
現実感とか自己の感覚が薄れていくみたいで怖い。でも、私には私の命よりも大切な役目がある。皆から託されたこの“生命の樹”を使って種族の再建を図らないといけないんです。
そして…遂に私達“エルフ種”が繁殖するのに適した星を見つけました。この星で定着し、繁殖を行なって種族の繁栄を目指す。そのためにも降りる前に色々と調べないと…
「えっと、これが…こうやって?そして、こうなって…ううん??」
未だにこの生命の樹の事が分かっていないから勝手がよく分かっていない…。この生命の樹は色々と出来るはずなのに操作の仕方が…!
「ま、魔素は感知出来た!重力は…」
重力は星の大きさで大体計算出来るからこれは私の方で処理出来る。この生命の樹の機能を使って魔素を感知したみたいに空気の配分と温度を調べたい。
でも恐らくは大丈夫だとは思う。水も見えるし大地には植物が生い茂っているのか、土色以外の色も広範囲に見える。そうすると生命は多く居るのは間違いないし、しかも私みたいな知性が発達した生き物は居ないと思われる。
人工物特有の図形に近い模様は地表には見られませんからね。…まあ、地下に文明を築くパターンなのかもしれないですけど。
ドワーフみたいな頑固で荒々しい奴らが居たら…嫌だな…。
「…考えても仕方ない。ここは降りてみましょう。駄目そうならまた別のエルフに適した星を探せばいいし。」
私はそう方針を決めてとりあえず降りることにしました。生命の樹は星に向かって確実に近付いていく。その速度はかなり速い。さっきまでは星全体の形や模様が見えたのに今は近付き過ぎて星が視界に収まらないほどの距離まで来ている。
そして大気圏内に入ると大気を急激に圧縮させた影響で生命の樹の前面が高温になり景色が赤く染まるけど、それも一瞬のことで気がつけば雲よりも低い高度まで降りていた。
「流石は我らの祖…このような物を創り出し、そして私に与えくださったこと、感謝に尽きません。」
この生命の樹は文字通り“樹”なのに宇宙空間でも大気圏内でも問題なく機能する。これは私達だけの技術では創り出せない。精霊様の御力があっての創造物。これを私ひとりに託されたという重圧で喉が締め付けられるけど、気を落ち着かせてやることを頭の中で精査しないと…。
(先ずは出来るだけ早く安全な場所を見つけてそこでキャンプを張る。そして安全が確認されたらすぐ食料を調達してこの星に滞在出来る時間を確保する。)
繁殖よりも先ずはそこからだ。私自身の安全の確保を取らないとなりません。逸る気持ちを抑えて理性的、理知的に取り掛かりましょう。
私がそうして順序立てて方針を決めていると生命の樹は自動的に降下ポイントを決めて地上へと降り立とうとしていた。
「…よし、覚悟を決めて行きましょうか。」
気を引き締め直した私は最初に生命の樹から出るためにも果実を地面へ落として様子を見ることにした。生命の樹の枝に赤い実が実り、瞬時に成長すると自重によって枝から地面へと落ちるが、これは私の身を守る為には必要な工程。
地面に落ちた赤い実は形が崩れて液状になると草が生い茂る地面に染み込んでいった。すると土壌が変化し、生命の樹が植樹出来る環境へ変わっていく。
生命の樹の根が地面へ沈み込むように張っていくと安定感が生まれて私はやっと安心して外へと出ることが叶う。生命の樹が根を張るということは私達ハイエルフやエルフといったエルフ種が過ごせる環境下ということになるからだ。
空気や土壌が私達エルフ種に適していない場合は生命の樹がこうして根を張ることはない。例えあの果実が土質を変化させて土を柔らかくしても有害な物質が土壌全体に広がっていれば生命の樹は根を張ることなくすぐさま飛翔して星を抜け出していたと思う。…良くは知らないですけど。
精霊様…時間が残されていなかったとはいえあまり説明をしてくれなかったからですし、こういう他の要素で魔法を行使するには経験と知識が不可欠な要素なのに…。
そもそもの話、この生命の樹は勝手に自己で判断して魔法を行使しますし、あまりにも私の知る魔法道具、魔法生物とは異なった点が多い。
そもそもこれ…何なのでしょう。道具と言っていいんでしょうか。木なので一応は生き物ということになるとは思いますが、両方の性質も有しているせいか判断に迷います。
昔から故郷に何本か生えていたのに良く知らなかったのはそこにあって当たり前だったからでしょうか…。
当然すぎて何も疑問には感じていなかったです。生命の樹って改めて考えると結構凄い性能をしていますよね。
「…今は考えても仕方ないです。もう答えの知る者は居ないのですから…」
降りる為にも先ずは私自身の身体がいる。生命の樹が勝手に動いてくれるからこういう時はありがたい。今の私には身体が無いので生命の樹をどうこうすることも叶わない部分が多いです。
(あ、そろそろかな?)
生命の樹に保存された情報から彼女の身体に関する情報を抜き出し身体の構築が始まる。生命の樹にはエルフに必要な情報全てが保存されており、その中には勿論エルフそのものの情報も保存されていた。
この樹から成る人種という非常に珍しい進化を遂げた生き物は、生命を生み出す樹があればいくらでも個体数を増やすことが可能で、繁殖をするのに番いを必要としない。
そんな特殊な繁殖方法を用いるエルフは根と根の間から生まれる。星に降下した生命の樹の根と根の間に膜が張られ、見た目はシャボン玉のようであり、日に当たると虹色に輝いて宝石やガラスのような硬質感を感じさせた。
しかし所詮は膜は膜でしかない。重要なのはその中身。膜の下には幼いながらも女性と思われる身体が構築されると瞬く間に成長し、成人を迎えた身体へと変化する。
そしてハイエルフの身体が構築しきるとひとりでに動き出して膜を破ろうと立ち上がろうとする。しかし膜は破れることなく非常に柔軟性が高いのか、彼女の身体にフィットして伸び続けていく。
虹色に輝いていた膜は空気に触れると色彩や厚みが徐々に変化していき、もはや膜とはいえない代物へと変質する。言うなれば服のようなものに変化したのだ。
虹色に色彩を放っていた膜は落ち着きを覚えたかのように薄い白色に変わるが、透明感は無くなり生地で出来た布と遜色ない質感へと変化し、頭頂部があると思われる箇所が割れると彼女の髪が顕わになる。
髪の色合いは一本だけを見るとプラチナに近い色をしているが、それが束になって重なるとホワイトゴールドのような明るさを持つ髪色になり、腰の辺りまで伸びて輝きを放っていた。
そして頭頂部付近で割れた生地は前後に別れ前掛けのように彼女の胸と背に垂れて刺繍のような模様が浮き上がる。この刺繍は彼女が何者であるのかを示しており彼女達にとっては紋章のようなものだ。
示すのは彼女の地位や彼女の属する種属、そして他にも名前と何体目かという情報。それらが彼女達が使う2つの言語で様々な紋様のように編み込まれていた。
「…ふぅー…呼吸は出来る…そして温度も湿度も丁度いいですね。」
目を開けると金色の目が覗き、真上から降り注ぐ陽の光を認識した。生まれて間もないというのに視覚といった五感は問題なく機能しているようだ。
そして彼女の身体にフィットしていた膜は程よく拡がり裾と襟の部分に余裕が生まれる。所謂ドレス型に拡がるが、ドレスの長さは彼女のくるぶしが見える程のロングドレスで、ドレスの下には下着となるロングラインブラと裾の長さが膝辺りのハーフパンツが着用されていた。
そして次に足元を見ると靴というよりも靴下に近いシンプルな履物が履かれており、靴底には細やかな彫り込みが成されて様々な地形でも問題なく歩けるように構築される。
「重力も私達の居た星とそこまで変わらない…太陽からの紫外線も防げられているはず。じゃないと植物は育たない。」
彼女が辺りを見回すと金色の髪が揺らぐ。その姿は妖精のようで神秘性を秘めた容姿をしているが、妖精とは違って体躯は人間と同じで成人女性そのもの。
身長は170cmあってスタイルは全体的に細いといった印象だ。しかし女性らしさは感じられる体つきなので決して貧相だったり幼さを覚えさせるようなことはない。
見た目の年齢は他の種族を比較して大体ではあるが20代前半といったところだ。しかし彼女は生まれたばかりであり生後1分も経っていない。なのに彼女は二足歩行で問題なく歩き、生命の樹の根の間から抜け出して地面へと降り立った。
「あぁ…土、土の感触が伝わってくる…!」
彼女は数十年ぶりの土の感触に涙を零した。これは肉体が無い状態が長かった事と彼女達が植物から生まれるという特性が相まったことが起因している。
彼女達にとって土は起源であり故郷といって差し支えない。例え別の星であっても魚類が水を欲するようにエルフは土を求めているのだ。
「ここで…ここでなら私達エルフ種は繁殖出来る!」
確信を得たハイエルフの彼女はすぐさま準備に取り掛かる。この星で永住するにはまだ資格が足りていない状態だ。
他の星から渡ってきた異星人である彼女にとってはその資格はこの星で生きる上で必要な物。繁殖よりもまずは自身の身の安全を確保し、生活環境を整えるといった基盤作りこそが生き物が生きる上で最低限持たねばならない資格である。
その資格を手に入れる為にもここで時間を無駄に浪費するわけにはいかないのだ。
「私一人分の食料は手に入れられる。…結界、かな最初にしないとなのは。」
エルフは戦闘力の低い種族ではあるが手先が器用で魔法の適正がある種族だ。特にハイエルフはその特徴が顕著で複雑な魔法を行使出来る。
(周りに木々が生えているけどひらけた場所があるし、土地も決して平らじゃない。原生生物達に見つかるのも時間の問題ですね。)
彼女は長年の経験からやることは自然と理解していた。元々居た星でも危険な動植物は居たので危機管理能力は非常に高い。一応母星内での食物連鎖では頂点にいたハイエルフではあるが、先述語った通りエルフ種は戦闘力が低いので生存戦略として他の種族達に発見されないような技術が研究、開発がされていた。
その最たる例としては結界があるが、これは様々な種類があり複数の結界を重ねて張るのが一般的であった。
「色彩とあとは…魔素を奪えば大丈夫かな。」
張る結界を決めると行動は早かった。彼女が右手を上に掲げると体内にある魔素を消費して魔法を行使し始める。その際に呪文を口にしたりはしない。基本的に無詠唱で魔法を使えるようにエルフ達は進化している。声を出す行為は敵に見つかるリスクが増えるからだ。
「…あ、音はどうしましょうか。…まあ、魔素の方をどうにかすれば原生生物の生き物たちは近付いて来ないでしょうし…」
彼女が振り返って生命の樹へと歩き始める頃には周囲に生えている木々の樹頭辺りの高さに魔法陣が展開されていた。この魔法陣には光学迷彩の魔術が組み込まれており上空からは変哲もない景色としか視認出来ない。
そしてそれとは別に認識阻害の術式が編み込まれているがこれは癖で付け加えたものであまり効果はない。ここには認識阻害が必要とする程の知性を有した生物は存在しないからだ。
母星では当たり前のようにしていたことを無意識に行なった。それだけのことであった。
「えっと…こういう小難しくて責任のあることは精霊様か私よりも先に生まれた娘たちがやってたからな〜。」
生命の樹に手を伸ばして幹に触れてから魔法を行使しようとする。この生命の樹は魔法を行使する上で非常に優秀な触媒になり、魔法を行使する術者の持つ能力以上の魔法を行使することが可能となっている。
(周辺の魔素を生命の樹が取り込むように指示を出したいんだけどどうやるんだろう…。こういう環境を変える事は当番制でやってましたからね。私は当番じゃなかったからやり方が…)
生命の樹に対して命名や指示を出す場合はエルフという種が魔法を媒介にして行使しなければならない。ただ念じるだけではこの生命の樹は指示を受け付けないように創造されている。
そうすることでエルフ以外がこの生命の樹に命名を下せないようにしている。魔法を使えるのは別にエルフに限った話ではない。種の存続を司る生命の樹には他種族が絡んでも問題が発生しないようにロック機能が付いている。
そしてこの生命の樹は彼女の命令に従うように調整されている。よって最初から魔法を行使する必要はない。何故ならもう魔法自体は生命の樹によって行使されているからだ。
だから念じれば勝手に生命の樹の方がやってくれる状態ではある。しかしその事実を今の彼女は知り得ていないようだった。
「もう〜説明書か指南書が欲しいです…!精霊様は昔から言葉が少ないんですよ全く。」
口では愚痴のような物言いをするがその表情は昔を懐かしむもので、そして同時にどこか寂しいものであった。
しかしすぐに表情は引き締まり、その横顔には長者を感じさせる風格と気品が現れる。彼女は見た目こそ20代で身体は今さっき生まれたばかりだ。その事実は変わらない。
だが彼女自身は数万年もの時を生きたハイエルフであるのも事実。気持ちの切り替えなどとうに熟知し、ごく自然に振る舞える大人の女性である。
「やった…成功しました!」
生命の樹の枝から緑色の葉が生い茂り、周囲に存在する魔素を吸収し始めた。生命の樹は魔素をエネルギーとして活用する為に魔素は必須。彼女達が魔素のある星を選んだのはこういった彼女達の生態が関係している。
(これで周囲の魔素は無くなる!そうなったら原生生物達はこの周辺に寄り付くこともないでしょう!)
魔素の存在する星で生まれた生き物は必ず魔素を必要とする法則のようなものが存在するが、その中でも原生生物と称される生き物は魔素を体内に貯める機能を持っていないことが広く知られている。
逆にエルフといった進化した生き物は体内に魔素を貯めておけるので周囲に魔素が無くてもすぐに死ぬことはない。勿論限度はあるのだが数日は問題なく活動が出来る生態を有している。
その中でもハイエルフにもなると長期間は魔素を取り込まなくても体内に存在する魔素だけで生命活動を続けられるよう進化しているので、生命の樹が急速に魔素を吸収しても何も問題は生まれないのだ。
寧ろ原生生物にとっては魔素の無い空間は空気のない空間のようなもの、害しかない生命の樹の周辺は彼女の身の安全が保証される“結界”のようなものであった。
「最低限の環境は整った。あとは食料調達が上手くいくかですね。」
ハイエルフは魔素があれば長期間生存することが出来るとはいったが“生存”は出来るというだけで長期間“活動”が出来るという訳ではない。
魔法を使えば魔素は減るし生命活動しているだけでも魔素は減っていく。そうなるといつかは魔素が尽きてしまうのだが、彼女の身体は魔素だけでは維持することが出来ない。
栄養素といったエネルギーも無くなればいずれ自由に身体を動かせなくなり飢餓状態へと陥って最後は餓死してしまうだろう。
そして植物から生まれた時点で分かる通り水が必須になる。それと陽の光も生命活動において重要な役割を担っているが、今回はその辺の説明を割愛しようと思う。
今、彼女にとって目下のところ最も必要としているのは陽の光ではなく食料であるからだ。
「やっぱりアミノ酸は取らないといつかは死んでしまいますし、タンパク質は動物を狩って摂取出来るようにしないとですかね。」
目をつむり頭を捻りつつも生命の樹を操作して黄色の実をつけさせると左手を横に向ける。すると彼女の左手に目掛けて落ちていき、黄色の果実が手に収まった。
この一連の動きから手慣れていることが伺え、母星でもこうして生命の樹から果実を摂取していたことが分かる。
彼女達はこうして魔素や栄養を摂取する生態を有しており、生命の樹は周囲にある魔素を葉から吸収し、地中に張られた根は土から栄養を吸収して実をつけている。
勿論水分も土や空気から吸収しているので果実には栄養と魔素と水分が豊富に含まれ、彼女達エルフにとっては欠かせない食料となっている。
しかし取れる栄養は完璧ではない。特に塩分とタンパク質が不足し、この果実のみでは飢えを凌げてもいつかは代謝を繰り返す身体を賄えきれなくなる。
「まあ…今すぐ必要じゃないのかな?出来たばかりの身体ですし。」
植物から生まれるエルフだが身体はタンパク質などの有機物が含まれているので彼女たちも肉を食らったりする。つまり動物も植物を食らう雑食性だ。
生まれたばかりなのに様々な菌が潜んでいる肉を食らうことが出来るのか…という疑問は今は置いておこう。
彼女は手に持った黄色の果実を口に運ぶと咀嚼しつつ適当に宛もなく歩き始めた。
しかし適当といっても向かうのは自然とひらけた土地の方向だ。周辺は木々が互いの領分を侵さないように生えているが、不自然に木が生えていない箇所を見ると植物や自然と共に過ごし続けた彼女にとっては少しだけ違和感を覚える不自然さであった。
(この星に来たばかりで何も分かっていないけどそれなりに地質学の知識はある。こうやって他の星に来るのは初めてだけど星の事はある程度勉強していましたし…)
星が違っても基本的な部分は大きく変わらない。地質も私の居た星と似てる所から推測は可能。…断層がズレた?それとも火事でもあったのでしょうか?
色々と憶測を頭の中に浮かべつつ暫く歩いていると隆起した岩のような物が視界に入った。そしてその物体を見てある事に気付くと驚きのあまり手にした果実を地面に落としてしまう。
(これは…加工されている…?)
確証はない。ただ人工物特有のエッジの効いた角度でこの岩のような物は加工されているように思える。そうなるとこの星には岩を加工出来る者が居るということになり、もし私という他の星から来た他所者が見つかったりもすれば…!
全体像を把握しようと考え、少し後退して見てみてもやはり自然的にはあり得ない形状をしており、この周辺には似たような物体が見られないことからも不自然な物であることは確実だった。
地殻変動によって地中から隆起したとしてもこんなに大きな岩が地面の下にあった場合、周囲の木々がこんなにも高く生える訳が無いのだ。
この土の下に岩盤があるのなら大きな木は根を下ろす事が出来ないし、地中から水分や栄養を十分に吸収出来ない。だから地中には目の前のような鉱物は絶対に無い。周囲に生えている木々と私の真後ろに根を下ろした生命の樹がそれを証明している。
「宇宙から飛来した…?隕石…もしくは魔素を有した星の欠片とかかな。」
あり得る可能性だった。しかしさっきの憶測と同じで確証はない。…やはりここは近付いて観察しなければならないでしょう。
思い切って近付くことにした彼女は歩き始める頃には落ち着きを取り戻しており、流石は幾つもの戦争を見届けてきた経験のある生き残りといったところだ。
こういう場面を幾度も経験したことのある彼女の行動は素早く無駄がない。いつ自身の身が危ぶまれるか分からない状況下で適切な行動を取れない個体はすぐに死ぬ事を彼女は深くまで理解していた。
(高さは10mぐらいでしょうか…でも埋まっている部分もあるから正確な大きさは分からない…)
まるで六角形の半分だけが露出したような見た目に薄気味悪さを覚え、観測点を変えることにした。
彼女はその物体の真横に回ろうとするとその物体は想定したよりも大きくしかも途轍もなく長い事に気付く。
「岩石や鉱石でこの大きさはあり得るものなのっ!?まだ鉄鉱石と言われた方が納得行きますよ…!」
見たところ何処まで長く連なっているのか分からない程に長い。しかし私はそんな事実よりも重要な事に気付いてしまった。
「こ、これ…鉱物じゃない!生き物だ…!」
なんですぐに気付かなかったのっ!?これは岩や鉱石なんかじゃない!魔素がある星では巨大な生物が発生する場合があるけどこんな原生生物は資料でも見たことがないですよ!規格外にも程があります!この星の大きさに対して大き過ぎます!生物として成り立ってない…!
「魔素が感じられないのに信じられない…魔力が測れないとはいえ、生物特有の感触がします。」
実際に触ってもいないのに何故生き物と認識出来たのかといえば、それは生物と認識出来たからである。
一見して矛盾した表現のように思われるだろうが魔法を行使する者には分かるのだ。それが生物であるということが。
魔法を行使する対象を選ぶ際に大体ではあるが大きく2つに分類することが出来る。それは対物と対人の2つ、前者は文字通り岩や鉱石といった物質で、後者は彼女のような生物がそれに該当する。
魔法を長年行使し続けた者には目の前のものが対物なのか対人なのか感覚として理解出来るのだ。魔法というものには法則というルールが存在し、対物用魔法は対人には行使出来ず、対人用魔法は対物には行使出来ない。
なので彼女には目の前の生物とは到底思えないそれが対人用魔法でしか行使出来ないことを知覚していたのだ。
「…逃げましょう。逃げないと死にます。うん、死にますよこれ。」
長い間ひとりで宇宙を彷徨い続け、そしてやっとの思いで見つけた彼女にとって好条件の星をだ。訪れてからたった10分程度で捨てなければならないというのは並々ならぬ覚悟が必要になるだろう。
しかし、どうやら彼女はその覚悟を持っていたようで、すぐさま駆け出してその場を後にしようとした。…そう、しようとしたのだ。しかし結果としてそうはならなかった。
ではどうしてそうはならなったのか…その答えは単純明快、その者が起きたからだ。
地から身を起こすとその振動で木々が震えた。まるで音叉のように音を鳴らす木々に彼女の耳は反応してピクッと反射的に動くが、しかしそれだけだ。それ以上の動きを取ることは許されない。
この者の前ではドラゴンですら身じろぎ一つ許されないだろう。例え神や魔王ですら下手には動けない筈である。でなければ彼の者に滅ぼされてしまう。
そう…これは神や魔王をも滅ぼせる超生物。この宇宙で誕生したのかすら怪しいといわれる概念的、超常的な存在。
どの種族も彼の者とは並べる者が存在せず、どの世界にも彼の者と比較に挙がるものは存在しない。
彼の者はハイエルフよりも長寿で、ハイエルフよりも巨大で、ハイエルフよりも前にこの星に辿り着いていた。
その誉れ高くも悪名高い彼の者の名は“アズテックオスター”
その名を聞けば誰もが震え上がる御伽噺であり、それでいて確かにこの世界に存在する災いだった。あまりにも格が違う為に誰もがアズテックオスターを畏怖し、盲目的に恐怖した。
彼女がこうして一人でこの星に訪れる原因となった第17次宇宙戦争においてたった1種族で神や魔王、そしてドラゴン等の強者を相手取り、そして壊滅的な傷をこの世界そのものに与えたアズテックオスターが今、その身を持ち上げ…
「あ、あぁ、あ…」
地面に這う虫へ神をも見通す眼を向けたのだった。
次の話は週末に投稿出来たらなと思います。