エルフ、掴む
初音ミクバージョンのshiningrayという曲が好きです
森の中の様子は昨日とは大きく異なり、木漏れ日の光量が多いせいか森全体の印象が大きく変わっていた。
昨日までは昼間であっても薄暗く視界はお世辞にもあまり良くは無かった。しかし今日に限っては数百メートル先まで視界が良好で急に森自体が広く感じる。
そして生き物たちも活性化しているのか、今までで見たこともない数の小動物達が姿を見せて騒がしそうに鳴き声をあげていた。
「…こういう日はみんな外に出てくるのかな。」
昆虫の数も多いのか視界にチラホラと羽虫が見える。だがこれは視界が良好になった影響もあるだろうと考えて先入観を捨てて情報を集めていく。
「この星独自の生態かもね。」
リタの後ろについていたツインはこの星の生態系に興味を抱いていた。衛星が3つもあると潮の満ち引きにも影響が考えられるだろうし、そうなると海流や気候にも何かしらの特徴が出てきてもおかしくない話である。
「じゃあ生き物もこの星に順応した独自な生態系を有してるってことかな。」
ミロは環境の変化が生き物に対してどのような影響を及ぼすのか想像もつかず不安そうな表情で周囲の警戒をし始める。
「あとそこに私達っていう要因も入れるとどうなるか分からなくなるね。外来種が既存の環境を変化させてしまうことはよくあるっぽいし。」
それは確かにと他の姉妹たちも同意する。最も変化を与える要因とすれば自分達に違いない。
「…上を見て。葉っぱの色が違う。」
リタは上を見て木々の葉の色が変わっている事に気付く。元々は緑色をしていて生命の樹と同じような色合いをしていたが、今は薄緑色に変わって色合いも変化していた。
まるで透明度が急に上がったように陽の光が透けて見える。しかも陽の光とは別に衛星から反射して降り注ぐ光が葉っぱを通して地面に降り注がれるとなんと黄色の光として視覚化されていた。
「なにこれ…どういうこと?」
「分からないわ…。もしかして植物にとっては有害な光なのかしら?」
「だから透明度を上げて通過させた…?」
「なら私達にも影響があるんじゃない?」
もしそうなら生命の樹にも影響があるかもしれない。だが確かめようにも自分達には何かをする術も力も無い。
「…考えても仕方ない。私達はこのまま森の中を探索しよう。それに向こうには頼りになる姉さま達とルーテ様が居る。あとアズ様ならどんな状況でもどうとでも出来るんじゃない?」
「どうとでもって言うと衛星を破壊したり…?」
「…かもね。」
やりかねない…口にせずともエルフ達は同じ考えに至っていた。もし本当にそんなことが出来るのなら尚更自分達は必要ないだろう。
「なら私達はこのままでいい?」
「うん、今回はちゃんと成果を出して帰還しよう。」
所々から黄色の光が降り注ぐ森の中を進んでいくには必ずその光に晒されてしまう箇所があり、この森を進むには避けては通れない問題となった。
それぐらいの広範囲で木々が葉を透明化させているのだが、どうやら一種類の木だけがそのような特性を持っているのではなく、様々な種類の木々が全ての葉を透明化させているのだ。
つまりこの現象は生存競争として優勢な働きがあるから行なっている事で、この星では当たり前の行動だと分かる。
「見て、虫は気にした様子もなく黄色の光の下を飛んでる。触れた瞬間どうにかなるようなものじゃなさそう。」
もしこの光が紫外線が強くて肌が焼けたり細胞が死んだりしたとしても最悪生き返ることが出来る。ならどのような影響があるか実際にこの身体で見るのが得策かもしれない。
そうリタが考えているとアザが手を伸ばして黄色の光に肌を晒していた。
「あっ!勝手に…!」
「いや、平気かどうか調べないと帰ることも出来なくなるよ?」
アザは振り返ってここまで来た順路を見るとそこは黄色の光で埋め尽くされていて、この光を避けて帰ることが出来ないことを皆に教える。
「それは、そうだけど…でも、相談はしてくれてもいいじゃない…。」
リタが不貞腐れた表情を浮かべてアザに何故相談しなかったのかと非難した。すると…
「だって相談したらリタがやるって言うじゃん。」
「え?」
あまりにも予想外な事を言われてきょとんとするリタ。しかしツインやミロはアザの言いたい事が分かるらしく自分も同じ立場ならそうしただろうとミロに共感していた。
「あなたが私達の中で一番生き残っていないとなのに責任感が人一倍あるせいで先ず最初に自分を使って試そうとするでしょ?それは駄目だよリタ。こういうのは優先順位が低い子がやらないと。」
アザはそう言って全身を黄色の光の下に晒した。
「…温かい。今のところ不愉快さは無いよ。寧ろ気持ちいいぐらい。やっぱり植物から生まれたからかな。陽に当たると元気になる。」
アザは自身を使って危険性は無いことを証明してみせた。
「そんな、あなたが優先順位が低いなんて…」
リタはアザの主張を否定しようとしたが、ツインが後ろからリタの肩に手を当て…
「否定してあげないで。こういうのは否定された方が傷付く。だって…ただの事実なんだから。」
ツインはリタの肩に置いていた手を上げてアザに向けて手を振り、アザもツインのように手を振ってありがとうと返した。
「…ごめん。こんなことふたりに言わせちゃって。ちゃんと切り替えて行くから。大丈夫だから。」
両手で自身の頬を叩いて切り替えるリタ。その姿を見て他の姉妹たちは笑みを浮かべて周囲の警戒に移る。
「えっと、私達には危険性が無さそうだから森の奥に進んでいきましょう。キュルルが居る辺りまではまだ長いからね。」
再び森の奥へと進み始めるエルフ達。昨日よりも足取りが軽いのは視界が良好な事と慣れた事が大きな要因になっていた。
彼女達の身体は昨日生まれたばかりで森に入るのは今日が初めてになる。しかし記憶は新たな身体になっていても受け継がれているので昨日までの経験は持ち込めているのだ。
しかも昨日と今日とで肉体的な相違はほとんど存在していない。何故ならどちらも生まれたばかりで肉体の癖や特徴も存在していないからだ。
もし生まれて1年にもなれば筋肉は付き、動きにも本人独特の癖が出てくる筈だ。だがたった1日も経験していない肉体ならば両者に差異はなく、違和感なく森の中を進んで行くことは可能になるだろう。
「…なんか、光だけじゃなくて森の雰囲気変わってない?私の気の所為?」
「ううん、私も感じてる。光の量だけじゃなくてな〜んか違うのよね。」
ミロの疑問についてツインも同じ感覚を覚えていた。どうにも昨日とは明らかに違う点があるらしいが、4人ともにその差異が分からないといった具合だ。
しかし木々が生い茂り木の根が複雑に絡み合う地面を歩いていると足の裏に感じる感触でその違和感の正体に気付く。
「あ、光が当たった場所が歩きやすい。」
これも昨日の経験があるから気付けた。彼女達は昨日よりも歩くペースが早い事は分かっていた。その理由として視界が良好であるからだと思っていたが、どうやら理由は他にもあったらしい。
「…これって、苔が無いから…?」
「うん、この黄色の光が当たる箇所は苔とカビが無くなってる。」
空から降り注ぐ黄色の光はエルフ達や虫といった生き物には影響が無いが、乾燥に弱くジメッとした日陰を好む生き物にとっては多大な影響を与えているようだった。
「じゃあさ、あの光が差す時はこうして自分の身体に付着して寄生してる苔や菌類を駆除してるってこと?」
「そうかもね。どれぐらいの周期でやってるか分からないけど、どの種類の木もやってるから相当だね。」
「うん…異常だと思うよ。」
そういうことをする種類もいるのなら無視していい事柄だが、見渡す限り全ての木がこういった進化をしているとなると話は変わってくる。
「そう…異常よ。もしこの進化を選んだとなるとその理由には2つのパターンが考えられる。一つはこの星の木という種族が免疫力が無くて陽の光を利用して寄生した種を殺す必要性がある。そしてもう一つはこれぐらいのことをしないといけないほどに菌類が強い…とかね。」
苔も植物と考えると2つ目の説が有力になる。何故なら植物という種族に免疫能力が備わっているのならこんな事をする必要性がない。それなのに陽の光を利用していると考えると植物の免疫力では菌類に太刀打ち出来ないということになる。
そして何度も言うが苔は植物だ。苔は菌類ではない。つまり木の根に付いているのはそこが快適だからである。しかし菌類となると話は変わってくる。
木に取り付く菌類は木から栄養を奪ったりするからそこに根付いているのだ。木と苔はお互いを利用し合う関係を取っていても植物と菌類は一方的な関係性の場合が大半であるのが常識である。
そのことをエルフ達は知識として知っているので、この現象は木が菌類を殺す為に行なっていると考えた。その証拠によく見ると苔は表皮を引っ込めているだけで死んではいないようだ。
「あ、苔はこうして乾燥を防いでるんだ。でもカビとかの菌類は死滅しちゃってるね。」
茸というほど大きな菌類は見えない。大体がカビと評していいサイズで黄色の光が触れると燃え尽きたかのように真っ白に脱色してしまっている。
「これさ…大体どのぐらいで元に戻ると思う?」
「…それってつまり菌類が昨日の状態まで戻るのに掛かる時間ってことだよね?」
ツインとリタはこの星の菌類についてある仮説を考えていた。様々な種類の木が菌類を死滅させる進化をしているのにも関わらず繁殖している事実。
つまりこの菌類は今のところ死滅しているように見えるが、夜になると凄まじい繁殖力で元の状態に戻っているのではないかという推測をふたりは立てた。
「…これ私達にも毒になるかもね。」
「そうね…私達も植物の特性を持ってるし、それに植物以外の生き物にも毒になる菌類なんてどの星にも居るものね。」
リタはこの情報をダークエルフ達に伝える事が出来た事で一先ず区切りをつけて本来の目的である狩猟に戻ることにした。
自分達の視界を覗いているダークエルフ達にもこの情報は渡っているという事実は彼女たちの行動方針の助けにもなっている。
「時間は…もう6時過ぎ。7時になる前には獲物を見つけたい。」
リタ達は腕に印された時計を見て現在の時刻を確認した。
ここに来る前に時計を貰った際、時間を確認したら5時を回った辺りだったが、その時からもう1時間以上は経過している。
「弓の練習もしたいし狩りは時間を掛けたいね。」
ミロは弓を使うことが初めてであることを鑑みて初めての狩猟は先ず上手くいかないと考えていた。勿論だが他の姉妹たちも同じ考えだ。
「うん、急ぎましょう。」
リタを先頭にエルフ達は森の中を駆けていった。高低差が激しい森の中を進むにはエルフの体躯では難しい。しかしエルフ達は自身の体内に魔素を巡らせて身体能力を大きく向上させることでその問題を解決した。
大木すら持ち上げて投げ飛ばせる魔素の運動エネルギーを利用したこの方法は“ブースト”と呼ばれて魔素を扱う者は皆が扱えるものだ。
しかし細やかな部分は種族で違っていて種族間でも個人でもまた変わってきたりもする。
エルフ達が行なったブーストの方法は胸の中にある魔素袋にある魔素を血管のような管に流し込み全身に巡らせる方法で、その魔素を筋肉のように操ることで自身の身体能力を向上させている。
なので魔素が通う管は血管よりも頑丈で伸縮性に富んでおり、もう一つの筋といった部位だ。
そしてそんな方法で駆けていくエルフ達は壁のようにせり上がった道をも迂回することなく駆け上がっていく。
時には跳躍し、時には壁に手を当て登るが、弦を張った弓を斜め掛けで担いでいるおかげで両手と両足が自由なのだ。
ダークエルフ達が弓を小さく設計した理由が正にこれで、エルフ達は非常に華奢ではあるが人種の中でも走ることに関しては獣人種と遜色ない機動力を有している。
なので手荷物は最小限にし、狩猟の道具も最小限の大きさに留めることはエルフ種では当たり前のことだ。もっと身体が大きくなったり様々な魔法を使えるようになれば弓以外の武器を持つことにもなるだろうが、今の彼女たちにとってこの小さな弓は最も最適化された装備なのである。
「…停止。」
30分もの間ずっと駆けるように進んだエルフ達は息切れをせずにリタの合図と共に身を低くしてその場で停止する。何故これだけの運動をして息切れをしていないかというとエルフが肺呼吸以外に皮膚呼吸で酸素を取り込める事と魔素を使って動いた事で筋肉がそこまで酸素を使っていないことが理由だった。
だがこの方法での移動は肉体の負担を減らす代わりに魔素を少量だが消費してしまい体内の魔素量を減らしてしまうデメリットが存在した。
しかしエルフは空気中の魔素を吸うことで自身の魔素に変換させられる能力を持っており、すぐに変換させることは出来なくても1時間もすれば運動で失った量の魔素程度すぐに補充出来る。
「見て…あの木の間から見える奴。」
リタは指を指して数百メートル離れた木々の間から見える獲物の姿を仲間たちに伝える。その獲物は二足で歩行しており近くの木と比較してかなりの体格を持った生物だった。
「…キュルルと似てるけどサイズが全然違う。一回り…か、二回りは大きい。」
鳥型の原生生物だったが体毛が黒く足もかなり大きくて太い。キュルルとは大きく異なった姿に別の種類だと推測した。
「…鳥なのに羽じゃなくて獣のような体毛?キュルルとは明らかに違うね。」
「もしくは進化した固体…とか。」
そう言われるとキュルルと似てる要素もあるように思える。しかし最も違う点として大きく発達し地面にまで垂れ下がった嘴を見るとキュルルとは違った生物のようにも思えた。
「あの嘴さ、すごく重そうだよね。」
「うん…それでいてすごく鋭そうだよ。あれで身体を突かれたら多分貫通しちゃう。」
ミロとアザは目を凝らして嘴を観察した。大きさはもしかしたら自分達の身長と同じかもしれないその嘴は先端が鋭くなっていて刃物のように鋭利なものだ。
「…あれ一匹?キュルルは集団行動だったけどあれは単独行動をしてる?」
「なら良い練習相手になりそうね。デカい的なら外しようが無いもの。」
リタとツインはあの獲物が単独行動をしている事に気付き、あれを狙って弓の練習をしようと考えた。あれぐらい大きければ外すことは無いだろう。
「木に登りましょう。幸い葉は半透明化してて標的が見えないなんてことは無さそうだから。」
リーダーであるリタの提案で木の上まで登ったエルフ達は枝に座って弓を構え始める。
「歩く速度は早くなさそうだけど大きいせいで歩幅はかなりある。」
ツインは独特な間合いで動く標的を見て本気で走られると自分達の足では逃げられないかもしれないと姉妹達に伝える。
つまりこちらの攻撃が外れた場合、向こうがこちらの存在に気付けば襲って来る可能性が非常に高いということだ。
「外さないよ…この距離なら。」
4人が一斉に弓を構えて魔素で作った矢を番える。そして弦を引き絞ると独特な音と共に引き絞られて弦が張った。
エルフの弓の構え方は左手で弓を持ち右手で矢を持つやり方だが弓が小さいこともあって弓を引いても弦が左肩の辺りまでしか張られない。
これだとそこまでの射程を得られないのだが、そんなことはエルフ達も分かっていた。なのでエルフはここで魔法を使い威力を高める方法を実行した。
弦は元々彼女達の髪の毛を使用しているが、この髪の毛にも魔素が含まれている。そして前述で語った通り魔素は筋肉のように操れるので弦自体を筋肉繊維のように伸縮させることも可能だ。
つまり弦自体がエルフ達の意思で伸縮するので普通の弦に比べて大きな運動エネルギーを生み出すことが可能になっている。
エルフはこの方法を編み出したおかげで狩猟民族として生態系の頂点に立てたのだ。これこそエルフが弓を扱う理由であり、ダークエルフ達が魔素で弦を作る方法と自分達の髪の毛で作る方法のふたつを挙げた理由でもある。
「ふぅ…………スゥ~……………」
息を吐いてから吸い込んで息を止める。それが合図だった。一斉に矢を放つと初速70msという驚異的な速度で放たれ標的目掛けて真っ直ぐに進んでいく。
空気抵抗をも無視した軌道を取る透明な矢は放った本人達ですら視認することが不可能で、標的とされた原生生物にも不可能だった。
その矢の存在に気付いたのは自分の身体を貫通し、強烈な衝撃が身体の側頭部から内側へと流れた時だ。そして痛みすら感じる間もなく原生生物は駆け出した。
駆け出す方向は決めていない。ただ攻撃されたので反射的に逃げ出そうとしたこの動きから、戦うなど一切考えていないことが伺えた。
しかしこれは考えていなかったのではなく考えれなかったのだ。生きるのに必要な臓器を大きく損傷させてしまった事で思考をするほどの余力が残っていない。
しかも急激に走り出した事も原因で、矢が貫通した際に生まれた大きな傷口から血が流れていたのだが、急に走り出したことでその出血量も比例して多くなり急激な貧血を起こしてしまったのだ。
そして貧血が原因で失神し、ついにその場で倒れてしまう。生命機能も維持出来ない状態からではもう意識が浮上することはないだろう。
4つの矢で射抜かれた原生生物はうめき声を上げる事も断末魔もあげることが出来ず、そして自身の死因も襲って来た存在も分からないまま絶命してしまうのだった。
やっと前へと進むお話を書けた気がします。




