エルフ、仕掛ける
Chuck BerryのYou can never can tellという曲が好きです
もうすっかりと暗くなった森の中は不気味な程に静まり返り、生き物の気配は感じられなくなっていた。もしかしたら彼女達以外の生き物は森の中に居ないんじゃないかと勘繰ってしまう程だったが、彼女達を認識し、尚且つ彼女たちを追いかける者達が確かにそこに存在した。
「キュルルはどこまで来てるリタ!」
キュルルとは鳥達のことで彼女達が決めたあの鳥の呼び名だ。あの特徴的な鳴き声から来ているが、何かの名前を決めることはコミュニケーションを円滑にし、互いの認識を共有させることが出来る。
彼女達はその重要性を理解している。何故なら自分達の名前を決めてからは互いに情報のやり取りが円滑に出来ているからだ。
「待って…また探ってみるから…!」
リタは再び自身の魔素を体外に排出し、音波のように拡げて周辺の情報を収集する。これは魔法というよりも生き物が音の反響で物を“視る”のと同じで、五感を使った“視る”行動だ。
つまり生き物が視覚などの五感で物を視るのと変わらない。この感覚を“魔覚”と呼び、魔素を体内に宿す生き物なら誰でも出来る“視る”行動である。
「近い!追いつかれる!」
「ならあの木の後ろに回ろう!」
アザがそう提案すると前方に生えている大きな木の後ろへとエルフ達は駆け込むように回り込んだ。これは鳥達の見えない攻撃を警戒した行動で、この状況下で最も彼女達が警戒しなければならない事項である。
「鳥は5…私達よりも数が多い。」
リタの探索した範囲内に限る情報だったが、今のエルフ達にはその情報だけで十分で、寧ろ余計な情報は足枷にすらなり得る。
今日生まれたばかりのエルフには他に割けるリソースは存在しないのだから。
「今は…?敵はどうしてる?」
「分からない…あの探索方法は持続性が無いから。音と同じで拡がったらどんどん薄まって魔素が動かなくなるの。」
「なら音で…!」
鳥達はエルフと同じ背丈をしているのでそれなりに重く、そこに集団、疾走が加わることで更に足音は大きくなる。
こうしている間にも地面を伝って鳥達の爪が地面を裂く音が振動としてエルフ達のもとに伝わって来ていた。
「ヤバいよ、もうすぐそこまで来てる…!」
鳴き声はしない。しかしもうそこまで来ているのが分かる。気配もそうだがこちらを認識していると視線を感じるのだ。
「しっ…、声は最小限。気取られたくない。」
ツインが声を抑えて皆に静かにするように伝えるとエルフ達の気配が薄くなっていく。生後から僅か10時間にも満たない間にエルフ達は狩人として覚醒しつつあり、彼女達が優れた種族であることが証明されようとしていた。
そのことに鳥達も気づいたのか、その場で足踏みをして木を回り込もうとはしない。そこにあのご馳走がいることを分かっているのにだ。
ここで待てるのは種族として優れているということだ。彼らはただ単純な肉食動物ではない。エルフと同じ知性を持った狩人、そしてこの森の中であのダークエルフの行進から生き残った個体達。
彼らは自分達よりも遥かに優れた存在がいることをもう知っている。つまりあのご馳走達はそれに準ずる可能性があると考慮しなければならない。
なので無闇には手を出さない。そう、手は出さないが…誘いはする。
「キュルルル…」
木が揺れた。何かで斬りつけたというよりも何か物凄く早い物がぶつかってきたような衝撃をエルフ達は背中で感じていた。
木に背中を預けていたからこそエルフ達はこの攻撃が前に鳥達が放ってきた見えない攻撃とは違う攻撃だと気付けた。
あれは刃物のように鋭く衝撃は無かったと直に受けたエルフ達が一番良く理解している。なので鳥達の攻撃には様々なパターンが存在し、しかもそれを使い分ける頭もあることがこの時点で4人とも分かっていた。
だから言葉にはしない。目線のみで互いの理解度を図れる。だって姉妹なのだから。全く同じ個体同士…理解度も全く同じ。そこに齟齬は発生しない。
よって…動き出したのもほぼ同時。最初に仕掛けたのはエルフ側、その中でも一番積極的に動く傾向のあるリタが木の陰から飛び出て地面に落ちていた石を手にし魔素を送り込む。
そして彼女は手にした石を一番大きな個体の鳥に目掛けて放った。勿論腕の力で放ったのではない。魔法による射出によって放ったのだ。
彼女が魔素を体外に排出することが出来るということは、自由自在に魔素を動かせるということ。そして魔素を石に送り込むことで石そのものに自身の“魔覚”を埋め込み、まるで自身の手足のように動かしてみせた。
だが手足のようにといっても動かしたのは石。彼女の手足よりも遥かに硬度が高く視認がしづらい。なので狙われた鳥は避けることも出来ずに頭部に直撃。堪らずに叫び声のような鳴き声と共に地面に倒れ込んでしまう。
「ギューギュルル!!」
倒れた鳥は頭部が大きく揺れた影響で平衡感覚を失い立つことも寝ることも出来ない。
生き物は平衡感覚を完全に失うと自分が立っているのか横になって寝ているのかすら認識出来なくなる。寝ているということは自分の身体が横になっていると認識しないと発生しない認識なのだ。
よって頭部が脳震盪によって麻痺した鳥はその場から反射的に離れようと足を動かすが、倒れ込んでいるせいでジタバタと足掻いているように周りからは見える。
そんな状態の仲間を見れば鳥達も統率を失う。ここで冷静にならないといけないが、そこまでの知能を持っていない彼らは見せてはいけない隙を狩人達を前に晒してしまう。
「今っ!!」
リタの合図で残りの3人が同時に魔法を行使する。その魔法とはリタの使った魔法とは毛色が異なる攻撃魔法。リタは石に干渉したが今回は彼女達が身を隠していた木そのもの。
前にアザが木の後ろに回ろうと言ったが、あれは木の後ろに隠れるという意味だけで言ったのではない。そもそもの話、エルフ達はこの森へ狩りに来ている。
そして覚悟もしている。ここで結果を出せば一生安泰な地位に就けると話し合っていた彼女達にとってこんな事態は想定の範囲内。戦わずに逃げるなんてものは一度死ねば終わりという一般的な種族にしか存在しない価値観でしかない。
もう彼女達は一度死んでいるのだ。そしてこれから何度も死ぬことになるだろう。だからこそチャレンジ出来る。一度自分達を殺した相手に再戦するというゲームの中でしか起こり得ない挑戦を。
彼女達エルフ種はこれを何年もし続けてきた種族だ。初めはそれこそ死ぬのが当たり前に感じる程に殺されただろう。ハイエルフのルーテが100回以上も死んでいるのが良い証拠だ。
そんな彼女達はアノン星の生態系で食物連鎖の頂点になるまでそれを続けた。そしてその末裔が彼女達である。ここで死ぬことに何も感じていない。
彼女たちはたった一度の死で覚悟が決まってしまったのだ。
死ぬまでやると。何百回と死のうとも挑戦し続けると。決して自分達は諦めないと。殺されようが生きたまま食われようが向こうが死ぬまでこれを続けると。
何故なら自分達の生態がそれを許さないからだ。文字通り死んでも死んでも生き返ってしまう。他の種族なら誰でも取れる死んだらおしまいという選択肢が存在しないのだ。
なら諦めるということを諦めるしかない。例え食われると分かっていようが挑まなければならない。だって…それしか選択肢が無いのだから。
そんな半分諦めのような覚悟がエルフ達に覚醒を促した。鳥達の攻撃を受けても揺れるだけで倒れなかった大木が地鳴らしを起こしながら宙に浮かび上がり、その場で足を止めていた鳥達目掛けて大木を投げ飛ばしてみせた。
大木はその巨体さから分かる通り質量が桁違いで、根に付いた土だけでもエルフ一人分よりも重い。そんな質量を持った大木を3人だけで持ち上げられたのには理由がある。
その理由は単純なもので、ただエルフ達の魔素が膨大だった…それだけだ。たったそれだけのことだが彼女達の持つ魔素の量はあのダークエルフ達よりも多い。
だからダークエルフ達はエルフ達に言った。敗因は魔法を使わなかったことだと。そしてそのことを指摘されたエルフ達は見事魔法を行使してみせた。
その結果、大木は倒れた鳥とその周りにいた3頭を巻き込んで下敷きにし、大木から逃げようとした残りの1頭は自身の何十倍も質量のある枝にぶつかりその衝撃で失神してしまう。
「…やった?」
ミロは大木が生えていた地面の穴に身を隠しながら向こうの出方を伺っていたが、動く気配のない様子から警戒心を解いて声を発した。
「かもね…。でも警戒は続けて。こんな大きな音を立てたら生き物は警戒して近寄らないけど、暫くすれば色んな生き物がここに集まってくる。…死骸の臭いを嗅ぎつけてね。」
リタは微かな血の匂いを嗅ぎ分けることで鳥達が死んだか、又は身動きが出来ないほどの重傷を負ったと予想し、すぐにここから離れることを提案する。
そして他の3人がその意見に賛成し、大木の下敷きになっていない気絶した鳥を素早く処理してからその場から離れた。
「やったやった…!お肉ゲット!」
「自分達の食い扶持は稼げることが分かっただけでも大きいよ!」
「羽も爪も上等じゃん!」
「血も取れたね!生命の樹の栄養に出来る!」
鳥を素早く解体したせいで後処理が不十分なために肩に担ぐと首周りが血だらけになるがそれでも笑みが溢れ足取りも軽かった。
それはその筈、ルーテに頼まれた仕事を無事に完了し、しかも僅か数時間で自分達の仇がうてたのだ。かなり上出来な結果といえるだろう。
だがまだ仕事は完了していない。全ては無事に帰り着きルーテに報告し終えるまでは仕事は終了しないのだ。
辺りは暗くなり夜行性の生き物が活発化し始める。そして夜行性の生き物は極端に目が良いか、極端に鼻が利くか、又は極端に耳が良いなどの傾向にあるが、この星の生態系にもその傾向があり、エルフ達はこの傾向がある生き物にとってはとても見つけやすい。
血の匂いもそうだが先ずエルフという種族が目立つ。二足歩行という生き物が先ず珍しいものもあるが一番特徴的なのはその声だ。
先ず第一に言葉を発する生き物はこの星には存在しない。つまりエルフ達の聞き慣れないその声の幅広い音域は他の生き物を刺激する。
あれだけ静まり返っていた森が騒がしくなり始める頃にはエルフ達の警戒心は元に戻るどころか生きていて最も強くなっていた。
肩に担いでいた鳥を投げ捨てる程には正常な判断力も戻り、エルフ達は1秒でも早く帰還しようと無言のまま疾走を続けた。
彼女達の1日はまだ終わりそうになく、寧ろ本番はこれからだと森が語りかけるように騒がしくなる。
そして…彼女達が走り始めて1分もしない内にエルフ達の半分が欠け、それから2分もしない内に彼女達は全滅してまったのだった。
次は反省回です




