エルフ、名前をつける
YOASOBIの怪物という曲が好きです
再び森の中へと入っていったエルフ達は自分達の境遇について話し合っていた。
「私達って…使い捨ての駒程度の存在なんじゃない?」
「それを言っちゃおしまいだよ〜…。」
使い捨ての駒…。これ以上自分達を表した言葉はない。しかしダークエルフ達は自分達を妹として認識してくれていた。…そして同時に鬼畜の所業を働かれた。
この世で真に信じられる仲間はこのメンバーしかいない。エルフ達の絆が深まっていく。
「あ!名前付けてもらうの忘れてた…。」
「今更じゃない?あそこで名前つけてくださいって言うのは無理だよ。」
「私、突撃兵って名前付けられたら自殺してたね。」
なんだかんだでワイワイ話しながらの行進なので皆の顔は明るかった。ハイになって感覚が麻痺している部分も多いが、同じ境遇の仲間達が居ることは彼女達にとって心の支えになっている。
「…ねえ、私達で名前つけない?」
「それって自分達のって、ことだよね…?」
「いいんじゃない?流石に名前が無いとお互いに面倒くさいし。」
「でも良いのかな〜。自分達で名前をつけるのってなんかおかしくない?」
エルフは生みの親であるハイエルフに名前をつけてもらうのが習わしなのだが、エルフが自分達で名前をつける事もそこまで珍しいことでもない。
例えば同じ親を持つエルフが生まれたばかりの姉妹個体に名前をつけたりなどが挙げられるが、他にも仲の良いハイエルフ同士でお互いのエルフに名前をつけさせたりなどがある。
「じゃあこのまま進んでいく?多分また死ぬことになるよ?」
「それは…そうだけど…」
そう、このままではまた死ぬことになる。連携が取れないのは致命的で、4人ともにそこは理解していた。
「…仮でつけたら?」
「え?」
「とりあえずで名前をつけて、それで後に正式でつけてもらえば良いと思う。」
4人で頭を突き合わせて相談し合い、仮で自分達の名前をつけることで合意した。
しかし問題がある。皆が同じ見た目をして皆が同じハイエルフを親とし、そして生まれて間もないので特にこれといったエピソードが無い。つまり名前をつけるにしても自分に関するものを付けられないので覚えにくいことだ。
「…先ずはさ、髪型変えない?」
「それは…アリだね。」
名前をつける前に互いの特徴を目で分かるように付けようと話は二転三転と変わっていくが、本人達はとても楽しそうにしていた。
そしてその様子を見ていたダークエルフ達は何をやっているのだろうと動向を見守っていた。
「狩りは…?」
「なんか髪型弄りだした。」
「私達もしたい。」
タブレットを3枚立て掛けて見ていたダークエルフ達はエルフ達に習って髪型を弄り始める。
そんな様子を少し離れた所で見ていたルーテは何事かと心配そうにダークエルフ達を観察していた。
「あれ…なんですか?何か声が聞こえますが…」
「エルフ達の見聞きした情報をタブレットに出力しているようだ。」
「え!?ダークエルフってもうそんな高度な魔法を使えるのですか!?」
魔法の中には相手の視界を覗く魔法があり、ハイエルフのルーテはその魔法を行使することが出来る。しかし誰もがその魔法を使える訳ではなく、使うにはそれなりの才能と年月を有することをルーテは良く知っていた。
「廻廊を利用しているのだろう。当方も似た事は可能だ。」
「私よりもエルフについて詳しいのは…いや、もう今更ですね。これからもエルフ種についてよろしくお願いします。」
ルーテはもはやアズのほうがエルフについて詳しいことをとやかく言うのは止めて自分が出来ることに専念することにした。この切り替えの速さは年の功ともいえるが、エルフ種が順応性の高い種族である証明である。
そして場面は森の中へ変わり、エルフ達が植物の根などを石で叩いて繊維をバラしつつ、その繊維を器用に編み込んで紐を作っていた。
これは髪を結ぶためのものでこういった細工はエルフ達にとって造作もない。虫などが生まれすぐに狩りが出来るようにエルフ達は手仕事を生まれてすぐに行えるのだ。
しかも細工は細かく自分達で紋章を作って髪留めまで作り始める始末。凝り性なのがエルフ達共通の欠点でもある。
「〜♪」
口笛まで吹いてご機嫌なエルフ達は森の中というシチュエーションも相まって正に“エルフ”という姿そのものだった。誰が見てもこれはエルフとして認識するだろう。
しかし彼女達は死んでも生き返れるという特殊すぎる種族なので見た目だけがエルフであって中身は全くの別物である。
しかも死んでからまだ一時間も経っていないのにこうして普通に過ごせている所を見るとエルフもルーテとそこまで変わらない死生観を有していそうだった。
この精神の在り方が彼女達が他のエルフ種とは一線を画す要素になっている。
「出来た…!我ながら良く出来たんじゃない?!」
エルフ達は一時間程で髪留めを作ってみせた。そしてお互いの髪を梳かし合い髪留めをつけ合う。
一人はポニーテールのように髪型を変え、一人はラビットスタイルのツインテールにし、もう一人はカントリースタイルのサイドテールで前側に流し、最後は団子ヘアを作って髪を纏めた。
皆が同じ髪色で同じ長さの髪だったのでアレンジはお互いに被らないようにしたが、お互いに満足のいくアレンジが出来たようでその場でくるくると回って髪留めが外れないか確かめ合うなど最終確認をする。
「う〜んいいねー!」
「なんか個性出てきたね。正直私もみんなの判別出来てなかったから助かる。」
「ねえー?なんか自分と全く同じ姿をした人が3人も居ると自分との境目が曖昧でさ。」
「分かる!他人というより自分の分身って感じ!まあ私達同じ親から生まれた姉妹同士だから分身っていえば分身か。」
同じDNAを有している彼女達は姉妹というよりも四つ子と言うほうが正しい。
「で…どうする?名前決めた?」
「あ。」
「髪型がメインになってたね。」
「もう一時間は座りっぱなしだったよ。」
一人が元々の目的である名前をつけるという話をすると三人は名前をつける目的を忘れていたようでひたすら髪の毛をセットしていた。
「髪型は決めたよ…?」
「その前に方針を決めてたんよ。」
一人がツッコミをいれると流石に真面目に決めなければならないと思い、本来目的である名前を決めていくことになる。
「う〜ん…あなたはリーダーっぽいし“リーダー”でいいんじゃない?」
「私っ!?」
ツッコミをいれたりと自主的に皆をまとめようとしていた様子から4人のリーダーとして決まったことに彼女は驚きつつもとりあえず仮としてリーダー役を引き受けることにした。
実際、ルーテやダークエルフ達と話す際も代表として話したりと利発的な所もあってリーダーとして向いている性格をしている。
だがもっと可愛い名前をつけるものだと思っていたポニーテールの彼女は少し不服そうに異議を唱える。
「あのさ、もうちょっとさ、なんかさ、あるじゃん?」
「え、リーダーどうしたの?」
「リーダーが何かを言おうとしてるよ。みんなよく聞いて!」
皆からリーダーと言われた後に可愛い名前をつけてほしいと言えなくなった“リーダー”は頭を抱えた。もう後戻りは出来ないと思った矢先…
「でもリーダーって名前じゃなくない?呼び名だよね。」
文明開化の音がした。呼び名と名前は違う。この一言でリーダーの彼女はパッと顔を上げて叫ぶ。
「そうだよ!」
便乗したリーダーは名前とはその人の一生になるものだと力説し、なんとかリーダーという名前を回避しようと別の名前を提案する。
「リーダーならさ、例えば…リタっとか、そういう可愛いのがいいんじゃないかな?!みんなはどう思う!?」
「えぇ…もう考えていたなら最初に言ってよ。」
「勝手にリーダーって呼んでおいてその言い方って無いんじゃないかな!?」
森の中にエルフの声が木霊する。生まれて初めての絶叫をあげて“リタ”は肩で息をするほどに疲弊しきっていた。
「じゃああなたがリタで、私は…」
ツインテールをしていたエルフは自身の髪をくるくると回しながら良い名前を思案する。
「…あなたは一人だけ髪を2つに別けてるから“ツイン”でいいんじゃない?」
「え〜〜〜…まあ、いいか。じゃあ私はツインで、他の2人はどうしようか。」
かなり適当な命名だったが、リタの命名もかなり可哀想なものだったと思い、ツインはそれでいいと考え、他の2人の名前をどうするのかと自分の話題を切り上げた。
「ええ〜どうしようか?」
「ねえ?私は…ねえ?」
もじもじとし合う2人を見てリタとツインは「あ、こいつら自分の名前をもう決めてるな」と気付く。
「決まってるなら早く言ってよ。もう日が沈んできたし、夜のほうが危険な生物が活発化するかもしれない。出来るだけ早く動きたい。」
「リーダーもこう言ってるし早く言っちゃいなよ。溜めても良いことないよ?」
リタの言う通り日は沈み始めてそろそろ夕刻時に入りそうであり、夜の森が危険なことは自然を生きて来たエルフ達にとって当たり前なこと。早くこの森からおさらばしたいというのがリタの本心だった。
「ええ〜仕方ないな〜。言っちゃう?どっちから言っちゃう?」
「う〜ん私からでもいいし〜。そっちが先でも〜。」
「「はよ言えや!!」」
すぐに名前を決められた側である2人のツッコミは正論で、さっさと言って早く動き始める必要があった。もうこうして1時間以上は喋っているので何も彼女達は結果を残せていない。こんな調子ではいらない子扱いをされるのは時間の問題である。
「私はね〜、ミーロカロウス・マーゼ・ナラス・ア・カタミマキ…」
しかし予想外なものが出てきて笑顔で聞いていた筈のリタの表情が歪んだ。
「長い長い!!え!?なにそれ!?どういうセンスしてんの!?本当に私と同じDNAから生まれた!?」
リタは再び叫んだ。自分の思っていた名前とはかけ離れたネーミングセンスに驚きを隠せない。
「…なんか身内に化け物いるんだけど…」
ツインもリタと似た感性を持っているので一人だけヤバい事を言い始めた彼女に畏怖を感じていた。
「え?いいじゃん。可愛いと思うけど。」
「「え!?」」
まさか身内に別の化け物が居ることが判明しリタとツインは2人から少し距離を空けて心のなかで線引をした。線の向こうは化け物で、線のこちら側は自分達。
「なんでそういうこと言うの!?別に自分の名前なんだからいいじゃん!それにまだ自分の名前を言い切ってないし全部聞いてから決めてよ!」
「まだ続くの!?あなたに何か用があった時とかその長い名前を口にしないとなの!?私あなたと仲良く出来る自信がないんだけど!」
「いやさ、私はツインでこの子はリタで呼びやすいじゃん?呼びやすい名前が今の状況だと正しい判断だと思うけどあなたはどう思う?」
ツインはもう一人の化け物に意見を聞くことにした。これが可能な限りの譲歩だったが…
「ミーロカロウス・マーゼ・ナラス・ア・カタミマキがどうしたって?」
「怖いって!!なんで覚えてるの怖いよ!!止めてよ急に個性出してくるの頭おかしくなるよ!」
ツインは姉妹と思っていた個体がとんでもない奴と判明して脳が破壊されていた。先程までにお互いの髪をセットし合っていた事も相まって恐怖でしかない。
まさかそんな化け物達に髪を弄られ、しかも背後を取られていたなんて信じられない出来事である。
「じゃあどうしたらいいの!?そんな冷たいこと言われるなんて私としても不愉快だよ!」
「そうだよ!あんなに仲良く髪留めを作ってたのにあんまりじゃない?!」
「不愉快なのはこっちだから!名前に・が付きすぎだから!何個付いてた!?4〜5は付いてたよ!?私の名前よりも文字数あるよ!?」
リタはリーダーとしてやっていけるのか不安に駆られていた。そんな中でまだ歩み寄れるんじゃないかとツインは粘り強く対話を続けようとした。このままでは本当に脳が破壊されそうだからだ。
「…因みにさ、聞きたくはないんだけどそっちはどんな名前を考えていたの?」
「え、私?私はアァァアァァアァァアァァアァァ。」
「はあ?」
急にバグった姉妹を見てツインもバグってしまう。しかし悲しいことにこの子はバグってはいなくて、真面目に自分の名前を口にしていた。そっちのほうがバグってそうではあるが…。
「止めて怖い怖い。そっちはなんかよく分からない名前を言い始めたらこっちはあああって言い始めるしどうすればいいの?ねえ、私どうしたらいいの?誰か教えてよ。これどうしたらいい?」
姉妹たちをこれ呼ばわりする程にリタも脳が破壊されていた。何故二分の一でおかしな個体が生まれたのか不思議でしょうがない。
「ねえツイン。生命の樹になにかしらの問題が発生してるんじゃない?じゃないとおかしいよ。私怖いよ。私もどこかおかしいんじゃないかって自信無いよ。」
「そんなこと言ったら私もだよ。私も何かの拍子におかしな言動をして周りを引かせるんじゃないかって不安でしかない。だってさ、そもそも私の感性って…本当に間違ってないの…?」
「自分を見失わないでツイン!私を一人にしないで!流石に四分の三は無理だよ!多数決で私が変な子になるもの!姉妹全員がこれとか耐えられないから!」
リタは自分を見失いそうなツインの肩を掴んで正気に戻るように説得し続ける。
「なんで私達がおかしいって言われないといけないの?ねえ?」
「別におかしくないよね?私の名前なんて1文字しか使って無いんだから寧ろ呼びやすいのに。」
そして化け物扱いされた2人は寧ろそっちがおかしいと非難を始める。本人達は本当におかしくないと思っているのでリタとツインが何故オーバーなリアクションを取るのか理解出来ていない。
「何文字も使うのも1文字しか使わないのもヤバいから!ルーテ様も呼びやすいように名前を省略してるじゃん!何があああああああああだよ!!こっちがあああああああああだよ!あああああああああって叫びたいよ!」
「あああああああああじゃないよ。アァァアァァアァァアァァアァァだから!人の名前を間違えてるよ!」
「失礼だよね。人の名前を弄るなんて人としてどうかと思う。」
「うるせえ!!!!!しゃべんな!!!!!」
リタは生まれて始めてブチギレた。そしてツインは静かに涙を零し、この場は混沌が支配していた。
そしてそんな様子を伺っていたダークエルフ達はというと…
「なにこれ?」
「どうしようもない。」
「自分が無力なんだって初めて気付けた。」
どうしようもなかった。そしてダークエルフ達の後ろにはルーテとアズもおり、5人でエルフの様子を伺っていたが…
「の、ノーコメントで…」
「まだ何も聞いていないが?」
ルーテは明後日の方を見ながら黙秘を行使し、それを見たアズは本当にルーテに子育てを任せてよいのか真剣に考えていた。
「母様母様、生命の樹にエラーが起きてないか。」
「調べてこようか?」
「それともこれが正常なの?」
「…ノーコメントで。」
「ふうむ…元々生命の樹が生えていた環境とこの星の環境とでは生命の樹に対する影響が違うのかもしれないな。当方のほうで調べてみよう。」
アズが立ち上がって生命の樹を調べ始めようとするとルーテがアズの手を取り静止させようとする。
「あの…これが正常です。」
「これが?当方はあまり汝たちのことは詳しくはないがこれが異常なのは分かる。ルーテという名前からかけ離れてるからな。」
アズの手を取ってもルーテは顔を明後日の方に向けていた。これはルーテにとってあまり口にしたくない内容であることは間違いなかった。
「ちゃうんです…。」
「ちゃうとは何がちゃうんだ?」
「あのですね。これは…そう、個性というか、多様性というかですね。あの、その…えっと、ですから…」
「はっきりとしないとこの話は終われない。何が正常なのか教えて欲しい。」
アズとダークエルフはこれを深刻な問題として受け止めている。だからこそ知っていそうなルーテから話を伺いたいのだ。
そしてそのことを理解しているルーテは覚悟を決めて遂にある事実を口にする。
「…センスが、無いんです。」
「センス?」
「はい…私達って、見た目同じじゃないですか?」
「そうだな。それがどう関係してる?」
「なのでたまに奇抜なことをして個性を出す子達が居るんです。見た目が同じなので中身というか特別感を演出しようと色々と…ね。」
それがどうしてこうなるのかと、ダークエルフ達は言葉の続きを待った。
「でもですね。私達って中身も似てるんです。奇抜なことをして個性を出そうなんてみんなが考えるんですよ。」
「なるほど…それがもはや文化として根強く存在しているんだな?」
「はい…しかも大昔は自分が奇抜なことをしていると自覚していたんですが年月を重ねるごとに寧ろ奇抜なことも普通というか、珍しくもなくてですね…」
「こうなったと…?」
「はい…。なので触れないであげてほしいです。本人達は真面目で言ってて、特におかしくないんです。全部私達が築いてきた文化なんですよ。私達の間ではキラキラネームって呼んでました…」
ルーテは全てを言い切って項垂れる。アズの手を取っていた手を離し地面に付けると垂れ流すように言葉を重ねた。
「母星では最後のほうなんてすごかったですよ?名前が長すぎて服に書き切れなくて途切れてましたし、またそれがカッコイイとかで流行ったり、後は発音出来ない名前を付けて服にエラー表示が出したり正にカオス状態でした。ですからそういった情報は生命の樹の奥の奥の方へと封印していたんです。ですがどうやらその情報をあの2人は受け取ってしまったみたいです。」
ルーテはそう言い終えると一人で泣き始め、ダークエルフ達がなんとも言えない表情でルーテを慰めた。
そしてダークエルフの子供達は自分たちにそういった価値観が植え付けられなくて良かったと心の底から安堵し、アズはもしかしたらこの種族は馬鹿なのではないかと評価を改めていた。
こういうギャグ回とちょっとシリアス回をバランスよく書きたいです。なので次回はちょい真面目回を書こうと思います。




