199 誰よりも愛しい人
私は元の世界に戻る道を選んだ。
この世界で出会った人達、そして大切な人達ーー みんなと過ごした日々は私にとってかけがえのない宝物だ。
この思い出があればきっと大丈夫。
そう信じて、私は元いた世界に帰ることにしたのだったーー
「ヤマト……元の世界に戻るんだな」
元の世界に戻る前日ーーダビデは私にそう話しかけてきた。
「うん……。私は元の世界で生きていくよ。それが、私なりの正解だから」
「そうか……君が決めたことなら私は応援するよ」
ダビデはそう言って優しく微笑んでくれた。
「ソロモンには伝えたのか?」
「………。ううん。まだ言ってない」
私がそう答えるとダビデはこちらを見つめながら静かに口を開く。
「いいのか?それで」
「……」
私はしばらく無言でいたが、意を決して口を開いた。
「いいの……これで……」
「後悔するかもしれないぞ」
「……」
私は困ったように俯いてしまうけど、彼はそれ以上追究することはなく、私の頭に手をポンと置いただけだった。
***
そして翌日。
ラファエルさんに案内されて私は元の世界に戻るためにある場所までやって来た。
ここは女神セナムーンによって作られた特別な部屋だという。
あえて聖書転生者のみんなには元の世界に戻ることを伝えなかった。みんなにはいつも通りいてほしいから。
だけど私の保護者だったダビデだけが見送りに来てくれたのだ。
「ヤマト。済まない……。私はやはり父として、あいつに会ってやってほしい」
「え…?」
「ヤマトちゃん!!!」
聞き覚えがある声が耳に飛び込んできて、私は振り向くとそこにはーー
「ソロモンさん……?」
息を切らしたソロモンさんがこちらに向かってくる姿が見えて胸が熱くなった。
「ソロモンさん……」
「ヤマトちゃん……。嘘だろ?本当に元の世界に戻るの……?」
ソロモンさんは今まで見たことないような必死な顔だった。
ソロモンさんの顔を見て、彼と離れたくなくなってくる自分がいることに驚いてしまうけど、別れは決まったことだと自分に言い聞かせた。
「何で?せっかくこの世界で女性の体に生まれ変われたのに。何で苦境の人生の方を選ぶの?このままここにいた方が楽なのにどうして!?」
そう言って嘆くソロモンさんに対し私は言った。
「私はずっと自分を否定して生きてきました。でも、ソロモンさんやダビデ達と出会えて少し自分を好きになれたんです。例え試練の人生だとしても、神様は乗り越えられない試練を与えないと思いますから……」
それを聞いたソロモンさんは涙を流しながら訴えた。
「嫌だよ……!行かないで……!」
そんなソロモンさんに対して私は泣きたいのを何とか堪えて優しく微笑むと言った。
「ありがとう。ソロモンさん…。でももう決めたんです。ねえ、ソロモンさん。この指輪、返しますね。元の世界には持っていけないと思うから・・・・」
私はソロモンさんから贈られた指輪をそっと外して彼の手に握らせる。
「ヤマトちゃん……そんなの嫌だ……」
ソロモンさんは泣きながら言う。今まで彼が泣いたところなんて見たことないのにーーー
その姿を見て罪悪感を覚えてしまうけど、もう後には引けなかった。私は別れの言葉をかけるしかなかったのである。
「さようなら……ソロモンさん」
次の瞬間ーー私の体は光に包まれていきーーやがて意識が遠のいていくのを感じたのだった。
***
「ヤマト、ヤマト!目を覚ましたのか?良かった……!」
私が目を覚ますとーーそこには涙を流す家族たちの顔があった。
「あれ……?ここって……?」
私が混乱していると、母が説明してくれる。
「ここは病院よ。あなたは意識不明だったのよ」
「えっ……」
どうやら私は急に意識不明になっていたようだ。そして、そのまま入院していたらしい。
だけど、私の頭の中は別のことでいっぱいだった。
私はーー元の世界に戻って来たのだ。
(ダビデ……ソロモンさん……みんな…。ありがとう)
私は心の中でそう呟くのだった。
読んでくださってる皆様、ありがとうございます。
次回が最終話です。
ですが補完の番外編も続けて載せようかと思ってます。もう少しお付き合いいただけると幸いです。