195 どちらの世界を取るのか
元の世界に戻るのか。
それとも、元の世界を捨ててこの異世界で生きていくのかーーー
まるで漫画か映画のワンシーンのようだ。
元の世界で読み漁っていた異世界転生モノのラノベにあった展開みたいな・・・でも、あれはあくまでも物語だったわけで・・・。
(本当に、元の世界に戻ることができるなんて……そして、どちらか決める時が本当に来ちゃったんだ……)
これまでは元の世界に戻る方法なんて皆目検討もつかなかった。だから決断を先延ばしできていた。なのに、どちらの人生を取るか選ぶ時が来ちゃったんだ……。
私の心は大きく揺れていた。
***
選択を決めるのは1週間後だとラファエルさんから告げられていた。
その間によく考えて、答えを決めないといけない。
元の世界に戻る。この異世界でこれから生きていく。
どちらを選んでも私は捨てないといけないものがあるのだ。
この世界でこれから生きていくことを選べばーー大切な家族。友達。そしてモデルになりたいという夢。
それらを捨てないといけない。二度と家族にも友達にも会えないのだ。
(お父さんとお母さんの最期も看取れない・・・私は元の世界で若くして死んだことになるんだ)
本当はそんな親不孝なことしたくない……。
そして。
元の世界に戻った場合は。
今の女性の肉体を捨てることになる。また性同一性障害を抱えて生きていかないといけない。
それにーーーソロモンさんやダビデ達と離れてしまう。
(離れたくない・・・ソロモンさん……)
胸が締め付けられるようで。
私は自分の部屋で悩むことしかできない。
「はあ・・・」
私はため息をつき、ベットの上でうずくまる。
するとその時、コンコンとノックの音が部屋に響いた。
「・・・入っていいよ」
私が答えると、入ってきたのはダビデだった。
彼は私を見て心配そうな顔をした。
「ヤマト……大丈夫か?」
ダビデは私の隣に座り背中をさすってくれる。彼の優しさが嬉しくて、なんだか甘えたい気持ちになったけど、我慢して微笑む。
「うん・・・大丈夫……」
「ヤマト。どちらを選べばいいか悩んでいるんだろう。君はずっと、元の世界に戻りたかったのだからな。だが…この世界の君はとても楽しそうだ。私達も君を大切な仲間だと思っている」
ダビデは私の心情を察してくれたのか、そう言ってくれた。
「ダビデ……」
「私は……君にはどちらを選んでも幸せになってほしい。だが、君がもし元の世界に戻ることを選んだとしても、私達は繋がっている。だから……君は君の心のままに選択をしてほしい」
(ダビデ・・・ありがとう)
彼の優しい言葉に涙が出そうになるけど、なんとか堪えることができた。
***
私は元の世界に戻るかこの異世界で生きていくか選択を迫られていることを、ソロモンさんに告げることができなかった。
私は弱いから、きっと流されてしまうと思ったからーー
これは私の人生の決断なんだ。流されるんじゃなくちゃんと自分の責任で決めないといけない。
元の世界に戻る・・・。
単純に考えて、元の世界に戻れば人生は困難になるだろう。
また男の体に戻ってしまうのだ。呪いとしか思えない性自認の不一致。それがまた再開してしまう。
『元の世界が辛かったなら、君にはこの世界で幸せになってほしいって思うんだ』
『だから、どうか考えてみてほしいんだ。このまま、この世界に残ることを』
いつかソロモンさんが言ってくれた言葉が頭をよぎる。
(この世界で生きていく方が……やっぱり良いんじゃないか……)
私はこの世界で生きていくことを、心のどこかで望んでいるのかもしれない。
ソロモンさんと一緒にいたいって思っている自分がいて……。
私はこの世界で生きていく。
そう結論を出そうとしていたのだった。