191 魂の対話と、最終の選択
魂の世界の中心で、セナムーンさんの影が浮かんでいた。
冷たく、機械的で、感情を剥奪されたようなその存在は、彼女の「裁定神」としての側面――この世界の均衡を保つために、すべてを見捨ててでも正しさを貫こうとする姿だった。
それに向かい合うのは、私、イブさん、そしてソロモンさん。
「秩序こそが世界の救い。私の存在が揺らげば、この世界は再び混沌に沈む」
影のセナムーンが語る声は静かだったが、そこには強烈な圧があった。
「でも……あなたは、本当にそれだけの存在だったんですか?」
私は一歩、前に出る。
「あなたは私たちに、何度も微笑みかけてくれた。厳しさだけじゃなかった。優しさがあった。…あれは、嘘だったんですか?」
「嘘じゃないわ」
今度は光のセナ、かつて人間を愛し、魂を抱きしめた女神の姿が口を開いた。
「でも、それは……もう、役に立たないと思っていたの」
「あなたは、女神セナムーンである前に、祈る者セナだった」
ソロモンさんが静かに言う。
「世界を守る方法は、一つじゃない。破壊でも封印でもない。第三の選択を、あなたが選んでいいはずだ」
「私は……」
揺れるセナムーンさん。イブさんがそっと彼女に手を伸ばした。
「私はあなたに憎しみを持っていない。私を愛してくれたこと、覚えているから。だから……私は、あなたを拒まない」
3人の声が重なった瞬間、影と光が一つになり、セナムーンさんの姿が涙に滲む。
「わたしは……もう、裁くことに疲れてしまったのかもしれない……」
ふと、白い光が包むように3人の体を覆う。
気づけば彼らは、神殿の床に立っていた。
現実世界。崩れかけた神域の中で、まだ戦いは続いていた。
アダムが前線でセナムーンの攻撃をいなし、ユダさんとカインさんが結界の中で仲間を守っている。
セナムーンの暴走は収まりきっていない。だが、かつてのような圧倒的な威圧は、もはや感じられなかった。
「戻ってきたか」
アダムがちらりと私たちを見る。
「……間に合ったようだな」
そのとき、ダビデが静かに前へ出た。
疲弊してなお、まっすぐな瞳で、セナムーンを見据える。
「女神よ。あなたを、私は決して信じない。だが——」
セナムーンのまなざしが、かすかに揺れる。
「あなたがこの世界を守りたいと願っていたのも、嘘ではなかったことを、今ならわかる。それでも、あなたが人々の魂を縛り、神の名のもとに支配しようとしたのなら——」
ダビデは剣を鞘に納め、静かに祈るように言った。
「私は主を信じてここにいる。神とは、命令する存在ではない。
共に歩む者だ。もし、あなたが『神』を名乗るのなら、私の信仰でその名を断つ」
その言葉は、まるで光の矢のように、セナムーンの心の中心に突き刺さった。
——沈黙。
そして。
「……あなたは、最後まで神に祈るのね」
セナムーンが呟く。頬を一筋、涙が流れる。
「そうか。私の役目は……もう、終わるのかもしれない……」
その瞬間、空間に走っていた亀裂が止まり、神域の崩壊が静かに収束していった。
世界は、今ようやく——静寂を取り戻そうとしていた。