185 最後の審問
神域の空に、静かな光が差し込んでいた。
イブさんの魂は確かに目覚め、そして選んだ。
自らの意思でこの世界に立ち、誰かのために祈りを捧げたいと。
その光の中、セナムーンさんはしばし沈黙していた。
対抗派たちは、ただ静かに彼女の返答を待っていたーーー
そして、女神はようやく口を開いた。
「……ならば、その意志を見届けましょう」
その言葉と共に、彼女の背から放たれていた光がゆるやかに収束していく。
詠唱は止まり、結界は鎮まり、再構成の光は消えていったーーー
私は安堵の息をつき、ソロモンさんも静かに指輪の魔力を引いた。
「終わった、んですね……」
私はソロモンさんに向かって安心してそう呟いた。
だけど。
——その時だった。
大地の底から、軋むような低い音が響いた。
振動。空間のゆらぎ。
神域全体が、何かを警告するように揺れ始めていた。
セナムーンさんが、ふいに表情を変えた。
「これは……違う。私の意思では、ないわ」
その言葉と共に、彼女の周囲に異質な光が渦巻く。淡く、だけど確かに黒みを帯びた光。
「何だ……これ……?」
カインさんが声を上げ、ユダさんが構えに入る。
ソロモンさんの目が細められる。
「この感覚……女神セナムーンの結界からではない。もっと、深い場所からだ」
すると女神が静かに告げた。
「魂の再構成は、私の詠唱にのみ依存していると思っていたでしょう?けれど、それだけでは不十分だと……私は、知っていた。世界は崩壊を恐れていた。だから私は、自分が躊躇したときのために——
魂の根幹に、自律的に発動する裁定機構を埋め込んでいたの」
私の顔が蒼白になる。
「じゃあ、たとえあなたが止まっても……世界が、再構成を始めちゃうってこと……?」
「その通りよ。イブが目覚めた瞬間に、裁定の灯は点火された。もはや私にも、止めることはできない」
彼女の姿が、徐々に変化していく。
衣は淡く燃え、瞳は光を増し、その姿は意志ある女神というより、もはや機構に代弁される存在と化していた。
「ならば、私は責務を果たすだけ。魂の秩序を守る盾として、あなたたちに立ちはだかります」
ソロモンさんが私をかばうように前に出る。
「本気なんだね、セナムーン」
「これは、あなたたちが選んだ未来に対する、私からの最後の問い。本当に、選ぶということが正しかったのかどうか——その意志を力で示してもらいましょう」
空が裂け、神域に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
それはまるで、魂そのものを裁定する神の判決文のようだった。
イブさんがそっと一歩、前に出た。
「今度は、私があなたを止める。そのために、目覚めたから」
セナムーンさんとイブさんのまなざしが交差する。
その瞬間、世界は——再び、静かに震え始めた。