181 裁きの光、揺らぐ影
女神セナムーンは沈黙の中、揺らぐ魂の繭を見つめていた。
封印したはずの魂が、わずかにだが明確な「意志の発露」を示したのだ。
それは、まるで目を覚まそうとする者が無意識にまぶたを押し返すような、そんな動きだった。
「これ以上は……制御できないかもしれない」
女神はそっと目を伏せた。心の奥底に、焦りとは違う感情が波紋のように広がっていた。
かつて彼女がこの世界を設計したとき、全ての魂は静かで、従順で、予定調和の中にあった。
だが今、最も深く封じたはずの“果実”が、再び揺らぎ始めている。
「イブ……あなたは、また選ぶつもりなの?」
彼女は手を伸ばすが、もうその先にある魂には触れられない気がしていた。
***
主人公ヤマト側に視点が移る。
神殿の一室。私を含む対抗派の面々が集まっていた。
ダビデ、ソロモンさん、カインさん、ユダさん、私。
今は表向き同盟となった彼らも、女神の突然の選別宣言以降、どこか空気が張りつめているみたい。
「……私達はどうなるんでしょうか」
ぽつりと、私が口にする。
「選ばれた者と、導かれる者。言い換えれば、残される者と連れていかれる者ということか」
そう答えたのはユダさんだった。
静かで冷静な口調だったが、その言葉にこそ、最も深い恐怖がにじんでいた。
「じゃあ、選ばれなかったら……どうなるってのさ」
カインさんが眉をひそめる。
誰も、明確な答えを返せなかった。
「すでに審査は始まっているようだ」
ソロモンさんが低く告げた。
「実は、昨夜から我々の一部に、夢を見る者が現れているらしい。そこには光の階段があって、上れと言われた者と、弾かれた者とがいた。……目覚めた後、身体の重みや感覚に変化がある者もいる。これは、おそらく……魂の選別が進行している証拠だろう」
「夢の中で、選ばれる……?」
私の胸が冷たくなる。
(まさか、私も……)
***
その夜。
私は一人、静かなベッドに横になっていた。
セナムーンさんの『選別』が現実味を帯びてきた今、どこか眠るのが怖くなっていた。
だけど、まどろみの中に意識が沈んでいくと、私はまた『あの場所』へと引き寄せられる。
白い空間。淡い光。
そして、かすかに揺れる魂の繭。
「……イブさん」
私が呼ぶと、繭の中から再び声が返ってきた。
——わたしは、生まれてもいいの……?
——だれかのために、生きてみても、いいの……?
その声は、まるで幼子のように震えていた。
「もちろん、いいですよ。……でも、焦らないで。今はまだ、眠っていて」
私がそう告げたとき、繭の表面に小さなひびが入った。
——目を覚ましかけている。
一方その頃、神域の最奥。
女神セナムーンは、深く座して目を閉じていた。
彼女の前には、三つの立方体が浮かんでいる。魂の記録装置。
そこにはそれぞれ、『選ばれた魂』『留保中の魂』『選外の魂』が分類されていた。
「……バランスが、取れない」
想定よりも多くの魂が『留保中』に分類されている。
ヤマト、ダビデ、ソロモン、ユダ、カイン……。
彼らは明確な分類ができず、曖昧なままだった。
「これは……自由意志の干渉か。やはり、ソロモン……」
セナムーンのまなざしが鋭くなる。
あの男が、結界のどこかに『ゆるみ』を作ったのだ。だから魂が揺らぐ。
「ならば、より明確な基準をもって、再審を行うしかない」
彼女の指先が動くと、光の粒子が舞い上がる。
“最終段階・魂の再構成”
それは、選別ではなく、世界そのものを『魂ごと作り変える』禁じ手だった。
「選ばせるより、創り変えるほうが確実……あなたたちは、それでも抗うの?」
その瞬間、空間がわずかに震えた。
目覚めかけた魂が、再び何かを発し始めていた。
その名は——イブ。
世界は静かに、しかし確実に「臨界点」へと近づいていた。