180 ソロモンの知恵の煌き
「選別……?」
女神セナムーンの言葉が、大広間に冷たい波紋のように広がっていった。
だが、それ以上の説明はなされることなく、彼女は光の柱と共に姿を消す。
ただひとつ、空間に残された響きだけが、全員の胸に居座った。
——選別。
——次の世界。
——神の器。
その言葉が、私達の心に不安の種を蒔いていく。
「……一体、何が起こるんだ」
誰かが呟いた。その声が、全員の疑問を代弁しているように聞こえた。
***
その夜、ソロモンは静かに書庫の扉を閉じた。
蝋燭の炎が揺れ、古びた魔導書の頁を照らしている。
全ての指には装飾が施された指輪——ソロモンの指輪が嵌められていた。
「やはり……来たか」
ソロモンは独りごちた。
あの選別の言葉。
あれは、ただの霊的査定ではない。
——魂の支配を強めるものだ。
「神の器……つまり、この世界をセナムーンの定義した神性に沿わせるということ」
彼は静かに、指輪に触れる。
「選ばれる魂とは……彼女にとって都合の良い魂。ならば選ばれない魂は、切り捨てられる。その先に何があるか……もはや言うまでもない」
ソロモンの指先から、淡い青白い光が漏れる。
それはこの世界の魂循環と共鳴する光——禁術級の『魂の構造解析』
彼は迷っていた。
この指輪を本格的に起動すれば、セナムーンに必ず察知される。
だが、もう時間がない。
「ヤマトちゃん、父上……」
彼は小さく呟いた。
(もう一度、選択の余地を作らなければならない)
指輪が静かに輝き、空間に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
ソロモンはそれに、ひとつの仕掛けを施す。
——魂の構造に直接干渉せず
——だが、束縛を緩める回路。
この小さなゆるみが、いつか“自由への道”に繋がると信じて。
***
その頃主人公ヤマト側は——
私はまた夢を見ていた。
白い空間。淡い光の中、ひとつの繭が、微かに震えていた。
(これは……また……)
手を伸ばそうとしたその瞬間。
繭の奥から、声が聞こえた。
——わたしは、誰……?
——ここは、どこ……?
——わたしは、生まれて、いいの……?
目を覚ました私は、額に汗を浮かべていた。
「……イブさん?」
なぜか、その名が脳裏をよぎった。
まるで誰かが、私の中にその答えを預けてきたように——
一方、神域の奥深く。
セナムーンの前に、ひとつの球体が浮かんでいた。
それは揺らぐ魂の繭。
「また……あなただけが反応するのね。イブ」
女神の瞳が、わずかに陰りを帯びる。
「あなたが目覚めれば、他の魂も目覚めてしまう——そんなことは、まだ許されない」
セナムーンは両の手を翳す。
新たな拘束結界が、繭の周囲を封じてゆく。
だがその直後——
球体の表面に、一瞬の波紋が走った。
(これは……!?)
セナムーンの表情が変わる。
その波紋は、彼女の想定をわずかに超えた“外部からの干渉”によるものだった。
——誰かが、結界に微細な歪みを作り出している。
「……まさか、ソロモン……?」
その名を呟いた瞬間、女神の背に漂っていた光が、わずかに揺らめいた。
物語は、誰も知らぬ方向へと静かに動き出していた。
光と影、支配と自由。
魂の行く末を決める真の選別が、始まろうとしている。
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