179 女神の宣告
少しの間、私たちは何事もなかったかのような日常を過ごしていた。
表面上は、だ。
朝になれば目を覚まし、仕事をこなし、そして夜が来る。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日。
そんな日々が、ほんの僅かな安心感を与えていた。
……だけど、心の奥では誰もが感じていた。
何かが変わり始めている。
世界のどこかで、見えない“ほころび”が静かに広がっている。
そんな不安を、誰も言葉にはできずにいた。
そんなある日のこと。
その日、聖書転生者達が定めた7日に1度の安息日の日だったので、元対抗派だったダビデやソロモンさん、カインさん、ユダさん。そして私はみんなで集まっていた。
結局私達が密かに企てていた反抗は頓挫した形にはなったけど、不思議と後悔はなかった。
みんな表面上は明るく振舞っているように見えたけど、やっぱりどこか胸の中に秘めた不安があるんだと思う。
ダビデとソロモンさんは、こうして集まってるのに相変わらず距離がある感じで、ダビデは少し寂しそう。2人の間に何があったか私は知らないけど…。
「ねえヤマトちゃん。このお菓子美味しいよ」
そんなことを考えていると、不意に目の前に焼き菓子の乗ったお皿を差し出された。
「あ、ありがとうございます」
慌てて受け取ると、ソロモンさんは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると胸が高鳴る。
やっぱりこの人、かっこいいな……。
「ふふ、可愛い」
ソロモンさんは私の頭を優しく撫でてくれた。その仕草がとても優しくて心地いい。思わず顔が熱くなるのを感じたけど、それを悟られないように慌てて下を向く。
だけど、そんな時間も長くは続かなかった。
「え・・・・・!?」
カインさんが急に大きな声を発した。
「どうした、カイン」
ユダさんが怪訝そうに問う。
「今父さんから連絡が来て、『女神セナムーンが俺達全員に緊急で招集をかけてきた』って……」
「緊急招集?一体なんだ?」
ダビデが眉を寄せながら訝しげに呟く。
「わからない……とにかく、すぐに来いって……」
「ついにあの女神が動き出すというのか・・・」
ダビデの重苦しい声に、私達は不安を覚えずにはいられなかった。
一体女神セナムーンは私たちに何をさせようとしているんだろう? そんな疑問を胸に抱えながら、私たちはすぐさま目的地に向かうことになったのだった。
***
神殿の大広間に全員が集められていた。
私達5人以外の聖書転生者達もすでに来ていたようだ。挨拶もそこそこにみんな緊張した面持ちで顔を見合わせる。
静まりかえる空間の中心で、女神セナムーンが立っていた。
その顔はいつも通りの微笑みをたたえていたけれど、どこか、冷たく感じた。
そして、女神は言った。
「私の可愛い申し子達。これより——第二段階の選別を開始する」
一瞬、大広間がざわめいた。
「選別……?」
「一体何を……?」
低い呟きが、あちこちから漏れる。
あまりに予想外の言葉すぎて、戸惑うのは当然だろう。
そんな彼らに構わず女神は続けた。
「この世界に留まる資格を持つ者、そして『次の世界』へと導く者。魂の質によって、それぞれの道が選ばれる時が来たのよ。
選別の基準は、霊的進化、心の純度、そして——神の器としての資質。」
その言葉は、まるで剣のようだった。
私は、ごくりと息を呑んだ。
(『次の世界』って、どういう意味?)
心にわきあがる疑問と、得体の知れない恐怖。
世界が、再び大きく動き出す気配が、すぐそこまで来ていた。
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