178 目覚めかけた果実
その夜——女神セナムーンは、神域の最奥でひとり静かに座していた。
瞼を閉じたまま、その意識は高次の層に広がっていた。
そこは物理の法則も、時間の流れも意味をなさぬ世界。
ただ魂の振動だけが、すべてを形作っている。
その海の奥底で、微かな揺らぎが走った。
「……また、反応している」
彼女は静かに目を開けた。
白いまなざしの先に浮かぶのは、幾つもの魂の光。
まるで果実のようにたわわに実った、転生予定者の魂の繭だった。
その中のひとつが、脈打つように光を放っていた。
「あなたは……また目覚めかけているのね」
セナムーンはそっと手をかざした。
光の繭の周囲に、淡い結界が張られる。
「静まりなさい。まだ時ではない」
しかし、魂は呼びかけに応じるように、かすかに震えた。
鼓動のように、希望のように。
セナムーンの眉がほんのわずかに動く。
「……意識が芽生えかけている。意図せぬ覚醒——あるいは……記憶の反響?」
その瞬間、遠くの空間で何かが軋むような音が響いた。
世界の法則の綻び——
それを女神は明確に感じ取っていた。
「兆しは、始まった。ならばこちらも、備えねばならない」
彼女は静かに立ち上がる。
その衣が揺れるたびに、空間が光と影に撓んだ。
「——選別を、始めましょう。今度こそ、この世界を完全な形へ導くために」
彼女のまなざしの先、魂の果実のひとつが淡く色を変えた。
それが誰であるのかは、まだ誰にも——彼女にさえも、わからなかった。
***
主人公ヤマト側に場面は移る。
私は不思議な夢を見た感覚のまま、静かに目を覚ました。
胸の奥が妙にざわざわしている。
何かが変わり始めている。そんな気配だけが、確かに残っていた。
「……変な夢だったな……」
夢の内容は思い出せないのに、
その“感触”だけが妙に残っている。
何かが自分に何かを訴えかけていたような、そんな感覚。
「嫌な感覚だな。誰かの気配を感じる時と、似てる……」
思わず胸に手をやりながら呟く。
「まさか、ね……」
***
「どうしたの、ヤマトちゃん。顔色が悪く見えるけど」
ソロモンさんの屋敷で助手をしていると、お昼頃に彼が心配そうに声をかけてくれた。
「え!?……いや、なんでもないです」
私は慌てて首を振って平静を装った。
まさか今朝見た夢のことが頭から離れないなんて言えないし……! そんな私を見てソロモンさんは優しく微笑んで、そっと頭をなでてくれた。
「僕達は、運命に抗えないということを知ったばかりだ。やはり不安になるよね」
「あ……」
そうだ。私達対抗派は、ダビデの命を守るためとはいえ女神に従わなくてはならなくなった。つまり私達の計画は失敗に終わったわけだ。
ソロモンさんだって本当は辛いはずなのに…。
「でも、ヤマトちゃんには僕がいるから。だから大丈夫」
ソロモンさんはそう言って微笑んでくれた。その笑顔に、私は思わず泣きそうになった。
「……ありがとう、ソロモンさん」
彼はいつも私を助けてくれる。本当に感謝しているし信頼しているけど、それでもやっぱり不安な気持ちはなくならないんだ……。
私はーーーどうしたらいいんだろう?この先どうなるのかもわからないっていうのに……。
そんな時、ダビデとこの世界で最初に出会った時に彼が言ってくれた言葉が頭に浮かぶ。
『確かに不安になるよな。だが、どこにいても自分がするべきことを見つけ、それに向かって努力していくことが大切だ』
そうだ、私はこの転生の世界で自分のできる精一杯のことをやろう。そしていつかきっと、その答えを見つけるんだ!
私はそう決意を新たにした。
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