175 再会は神の御手に
静まり返った空気の中、アダムは再び口を開いた。
「……それでも、まだ信仰を盾に抗い続けるつもりか、ダビデ」
静かだが、どこか重く響く声だった。
「ならば、もう一つ、伝えておかねばなるまい」
私たちは息を呑む。アダムの語る「真実」が、また一つ、突きつけられようとしていた。
「我々がこの世界で再会したいと願う——転生予定者たちの魂も、セナムーンの管理下にある。彼女が望まぬ限り、その魂がこの地に降りることは決してない。そして……その者たちの命すらも彼女の手に握られている」
「……!!」
言葉の意味が、重たく胸に落ちてくる。
「それはつまり……そなたたちの選択が、誰かの大切な者の命を左右するということだ。ダビデ。そなたの選択によって、他の者が犠牲にならぬ保証などないのだよ」
ダビデは目を見開いて言葉を失っていた。イサクとヤコブは何も言わず神妙な面持ちをしている。
確かに私たち対抗派は、カインさんを除いて、この世界にどうしても転生させたい人がいない。だからこそそれを悲願とする女神派の彼らと相容れなかったのだけど。
それは、私たち対抗派にとっては他人事のはずだった。
(……私には、この世界に取り戻したい誰かなんていない。でも……それが誰かの『かけがえのない存在』だとしたら?私たちの反抗が、その人の命を奪うことになったら……?)
けれどその『悲願』が、人質に取られているというのなら――話は変わってくる。
まるで誰かの命をあの女神に人質に取られているような……そんな重圧が私たちを襲っていた。
ソロモンさんが、ゆっくりと目を伏せた。
「……つまり、愛もまた、彼女の手の内ということですか」
その声は静かだったけれど、どこか切なさを含んでいた。
私は、無意識に胸を押さえていた。
(そんな……そんなのって……)
胸が……ぎゅっと締め付けられた。
誰かの大切な人が、私たちの選択で消えてしまうかもしれないなんて……
言葉にならない。だけど、身体は確かにそれを拒んでいるようだった。
カインさんが何かを言いかけたけど、その前にダビデが一歩、アダムに近づいた。
拳を強く握り締めて、静かに言う。
「それでも……その魂が神のものである限り、私は誰にも渡さぬ」
そんな中、ソロモンさんがまた、ぽつりと呟いた。
「……この世界は、誰のものなのだろうな」
問いかけに似たその声が、まるで私たちの心を代弁しているようだった。
沈黙が落ちた。
誰もが、彼の言葉の意味をかみしめるように、ただ黙っていた。
「主のもとにある魂が、誰かの手に握られ、選択も希望も制限されている。……これを、世界と呼んでいいのだろうか」
イサクが、そっとソロモンさんの言葉に声を重ねる。
「……こんなにも互いに主を信じているのに、どうして同じ道を歩けないんだろう……」
彼の声には、迷いと痛みがにじんでいた。
「ダビデの言葉にも、始祖様のお考えにも、私はどちらも嘘がないと思えます。けれど、選ばねばならないのですね……それが信仰だというのなら」
私は黙って彼らのやり取りを聞いていた。
心が、苦しかった。
正しいとか、間違ってるとか、そんな簡単な話じゃない。
でも今、自分たちの選択が、誰かの大切なものを奪うかもしれないと知ってしまった。
(……私は、どうすればいい?)
その答えは、まだ胸の奥でかすかに揺れていた——。
それでも、どこかで決断を迫られている気がしてならなかった。
それは信仰だけじゃない。
私たち自身の、在り方の問題だった。
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