150 イサクの思い
イサクの思い詰めたような表情を見て、私は彼が何かを決意したことを悟った。
だからあえてこちらからは何も聞かずに黙って彼の言葉を待つことにする。
やがて彼は意を決したように口を開いた。
「私は……対立など望んでいない。我々は考え方の違いから決別してしまった。だがそれは間違っていたのではないかと思っているんだ」
「どういうことでしょう……?」
ダビデが尋ねると、イサクは真剣な眼差しで答える。
「我々は今まで、互いに互いを理解しようとせず、なし崩しに分裂してしまった。一度、腹を割って話してもいいんじゃないかと思ってね…。我々は君達の思いを聞いていないからね」
その言葉にハッとする私達。そうだ、私達は互いの思いを何も知らないまま対立していたんだった……。
だけどソロモンさんは心なしか複雑な表情のように見えた。何か納得いってないことがあるのだろうか?
こんな時、念話が使えたら便利だけどーー
「まずは我々の思いから話すことにしよう」
今度はアダムが口を挟む。確かにこのままでは平行線のままかもしれない。彼らの思いだって、耳を傾ける必要だってあるのかも。
「我々にはどうしても再会したい人間がいる。そのためなら何だってする覚悟はあるつもりだ」
そう言った彼の目には強い意志の光が宿っていた。それを見て、この人達は本気なのだと悟る。
「だが、そなた達にはそれがないのではないか?再会を望むほどの人間がいないのだろう。それゆえ我々の気持ちはわからないのだ」
そう問いかけるアダムに対し、反論する者は誰もいなかった。私達は黙り込んでしまっている。
そんな彼らに、アダムはさらに追い打ちをかけるように言葉を重ねる。
「我々としてはーーーそなた達にも我々の側に立って欲しいのだ」
「!?」
その言葉に動揺が走る。まさかそんなことを言われるとは思わなかったからだ。
「どういうことですか?」
ダビデの問いかけに、アダムは淡々と答える。
「そのままの意味だ。そなた達がこの世界に呼び戻したい人物がいないのであれば、代わりの願望を叶えてもいいとあの女神から打診があった」
やはりあの女神セナムーンの差し金だったか……!相変わらず何を考えているのか読めない女だ!
「申し訳ありません。始祖さま。お断りさせていただきます。我々は何があっても抗うと決めているのです。あの女神に従う気はありません」
ダビデはキッパリと断った。私も同じ気持ちだ。あんな奴の言うことを聞くつもりはない。それにダビデについていくって決めてるから。
「そうか……残念だ。では今度はそなた達の思いを聞くとしようか」
そう言ってアダムは見据えるように私達に視線を向ける。その視線を受けて、私は思わずビクッと身体を震わせてしまう。
(怖い……)
するとそれを察したのかソロモンさんが私の背中を優しくさすってくれた。その温かさにホッとすると同時に安心感を覚える。
「あの女神は我々を眷属にし、支配しようとしている。そんな暴挙を許すわけにはいかない。それに……始祖さま達の悲願を餌にして自分に従わせるなど、私は許せません。私は・・・我らが主だけを信じます!」
力強く言い切るダビデの姿に勇気づけられた私は、意を決して口を開く。
「その通りです!あの方は信用できません!絶対に協力しません!!」
私がそう言うと、ソロモンさんも頷いて同意する。ソロモンさんは満足そうに微笑んだ後、再び真剣な表情になってアダムを見つめる。
「アダム殿……あなたのお気持ちはよくわかりました。ですが……私達にも譲れないものがあるんです。どうかお許しください……」
「……わかった。そなた達の思いを聞けて良かったと思う。だが、我々も引くわけにはいかぬのでな・・・」
こうして、両者の主張は平行線を辿ったまま終わってしまったのだった・・・。