120 カインの回想~カインとアベル~
私達はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
表面上は平穏で何事もなく平和だったように思う。だけどそれはあくまでも表向きの話だ。
聖書転生者達は今も変わらず彼らの神を信仰し続けていた。
彼らにとって呼吸をするのと同じくらい自然な行為なのだろうと思う。
きっと止めることなんてできないんだろう。
だけどーー
そんなひたむきな信仰心はあの女神のものとして取られてしまっているという事実を思うと複雑な気持ちになる。
彼らは表向きはいつもと変わらないよう振る舞ってるけど、信じてる神への信仰心を別の神に搾取されてるなんて無念で屈辱的なことだろう。
それを想像するだけでも胸が苦しくなる思いだった。
だけど、彼らには仲間意識がある。
みんなが心を一つにして団結しているから今の状況も耐えることが出来ているんだと思う。
だから私はせめて私だけでも彼らを応援してあげたいと思ったんだーーー
***
場面は変わり、聖書転生者の後発組のカインとユダ側に移る。
2人はダビデ達と出会い、彼らが住んでいる街で暮らしていた。
同胞である仲間達がいてくれることは、突然異世界に来てしまった彼らにとって心強い支えとなっていたのだった。
根っから真面目で几帳面なユダと、面倒見が良く大雑把なカインは意外と気が合うようだった。
性格が違う2人だが、なぜか分かり合えるような感覚を抱いていたのである。
それは2人とも、表には出さないが深い喪失感を心に抱えていたからかもしれないーーー
その夜、カインは星空を見ながら前の世界のことを回想していた。
遥か昔ーーまだ人類がほとんどいなかった頃の時代の出来事を思い出していたのだ。
◇◆◇◆◇◆
「兄さーーーーん」
畑で農作業をしていたカインに向かって走ってくる男の子。
カインに似ているが童顔で少し背が低い少年の名はアベルと言った。
いかにも天真爛漫という言葉が似合う少年だった。
「どうした?」
「見てこれ!すごいでしょ!?」
「なんだこれは?」
「僕が作ったんだよ!」
そう言って差し出してきたものは不思議な形をした石のようなものであった。
だが耀きを放ち、太陽の光を反射しているのでただの石ではないことが分かる。
「綺麗だな……一体どうやってこんな物を作り出したんだい?」
「えへへー秘密だよ!」
「ふむ……気になるなぁ」
「でも教えてあげないもんね!」
「そうかい……」
***
数日後、休憩しているカインの元に再び駆け寄ってくるアベルの姿があった。
手には小さな箱を持っているようだ。
「兄さん!」
「どうしたんだい?」
「あのね、この箱の中に入ってるやつあげるね!!」
「なんだい?急に……」
そう言いながら渡された小箱を不思議そうに開けると中には光り輝く宝石が飾られた首飾りが入っていた。
「こ、これは!?」
驚きのあまり思わず声が裏返ってしまうほどだった。
「へへっ凄いでしょ?僕頑張って作ったんだ!」
屈託のない笑顔で笑う弟にカインは疑問を口にする。
「何でこれを俺に?自分の物にしたいと思わないのか?」
するとアベルは首を横に振った。
「ううん、兄さんにあげたかっただけだから。だって、僕の一番の宝物は兄さんだもん!」
「そ、そうか……」
照れ臭そうに頭を搔くカインを見て、嬉しそうに微笑むアベルだった。
◇◆◇◆◇◆
そんなアベルの笑顔は今も記憶に鮮明に残っていて、とても懐かしく思うと同時に悲しみと後悔が込み上げてくるのをカインは感じたーー
(アベル……もしまた会えたら…お前は俺を許してくれるか?許されなくてもせめて謝りたいよ……)
カインがアベルのことを思っていた頃、ユダの方はというと。
誰よりも敬愛していた主ーーイエス・キリストのことを回想していたのだった。