106 カインの苦悩
互いに罪を告白し共有した聖書転生者達。
なぜ彼らが時代を越えてこの異世界に転生したのかまだ謎に包まれているが、後日みんなで集まり親睦会を開くことにしてひとまず解散となった。
***
新たな聖書転生者の1人、アダムの息子カイン。
陽気で豪快な性格で、異世界に来てからも細かいことを気にせず前向きな姿勢を貫いていたがーー
そんな彼はその夜、珍しく物憂げな表情で1人夜空を眺めていた。
(あのソロモンとかいう奴が言うには、深い罪の意識を抱えてることが俺たち転生者に共通するーーつまりそれが条件ってことか?)
そして項垂れながらこう思う。
(だとしたら・・・アベルはこっちの世界に来る可能性はないってことか。アベルとは再会できねぇんだな……)
カインの脳裏に、屈託のない笑顔で笑う弟アベルの姿が思い浮かぶ・・・。
激しい嫉妬により衝動的にこの手にかけてしまった大切な弟。
確かにマイペースで自由奔放なアベルには以前から羨ましい思いや疎ましい思いはあった。
カインは軽く見えて、長男らしく責任感が強く真面目な性格だからだ。
だがアベルは自分の弟なのだ。可愛がっていたし仲も良かった。
それにアベルはいつも自分のことを兄として慕ってくれた。よくくっついてきて懐いていたのだ。それなのに・・・。
(アベル…アベル…アベル。ごめん、ごめんな…もっと生きたかったよな。俺がお前の時間を奪っちまった…俺は最低の兄だ……)
後悔してももう戻らない。
アベルにもう一度会いたい。カインはその思いでいっぱいだったーーー
***
カインが苦悩する一方、聖書転生者達はそれぞれ自分の生前の罪と向き合っていた。
聖書転生者の1人であるヤコブは、生前の父親だったイサクにそっと声をかけた。
「父上。貴方が告白した罪の意識についてですが…あれは私が兄さんから財産相続の権利を奪ったのです。そして私は長い年月を経て自分の財産を兄さんに渡し、和解を果たしました。父上が罪を感じる必要などありません」
「ありがとう、ヤコブ。お前は優しいな。だが…私はお前の兄エサウを特に愛し彼だけに財産を継がせようとした。やはり父親として未熟だったと思う」
「父上…そのように自分を責めないでください……」
だがヤコブもその気持ちは理解できた。
自分も1人の息子を偏愛していたからだ。
そしてその息子は偏愛していた妻ラケルの忘れ形見であったからだった。
2人は心の中でこう思っていた。
(エサウ・・・ヤコブも可愛い息子だがお前にもう一度会いたい)
(私の最愛の妻ラケル・・・もう一度会いたい)
そうして2人はそれぞれ心の中で、再会したい者を思い浮かべるのだった。
そしてーーそれは彼らだけではなかった。
ユダもアダムも、どうしてももう一度会いたいと願う人のことを思って胸を痛めていたのだった・・・
そしてそんな彼らの悲願は、聖書転生者達を分裂させてしまうことになることを彼らはまだ知らなった。