羽田空港は諦めろ
僕は明晰夢なんてみるような夢への反逆者ではない。
可愛らしい丸っこい原付にまたがって、羽田空港を目指している。スマホのGoogle mapを頼りに、傾斜の厳しい山を登りはじめた。長い林道を抜け、その先は洋菓子の匂いが充満するショッピングモール、一階へ駆け下りてレストラン街の蕎麦屋からアメリカに住む金持ちの車庫へ、目の前に立ちふさがる鋼鉄製のシャッターなど、原付の前輪でペシャンコに踏みつぶし、道が開けてからも僕は依然として羽田空港へ向かい続けていた。
しばらくして無限に広がる芝の公園へ入った。赤青黄色の三つの風船が、ふわふわ漂って会合を開いていた。
「うるさい! ひたむき過ぎるやまびこは退屈しのぎの白線踏み! シナモンロールある?」
赤の風船は青と黄色の風船をそう怒鳴りつけると、たちまち三人で円を組んでロシアンルーレットを始めた。拳銃は驚くくらいに黒い。まるでそこに穴が開いたかのようで、黒すぎて、その反射で太陽を目に入れたくなるほどに強烈だった。僕は一度原付を停め、被っていたヘルメットをずらした。
空を仰ぎ、いくら太陽をみつめてみていても、夢に出る太陽はまったく眩しくはない。
僕はこの一行をひたすらにリフレインして、中世フランスの吟遊詩人になりきった。夢の中で一番気持ちよかった瞬間はこのときだった。エセのフランス語でシャンソンを歌った。
急に空を、怪しい影が這っていった。細い影が数本雲をつたって、それらは次第に、ある大元から生えた脚なのだと認識され、僕は巨大な甲虫が空に留まっているのを目撃したのだった。甲虫の大きさは、夢の中にあった東京タワーを三本積み上げても敵わないほどで、見た目はおそらくカナブンに近い。六本脚で、堅い殻に触覚もあった。しかし断言できないのは、そもそも僕が現実のカナブンをあまり知らないためで、思い出そうとすればするほど、その輪郭からあやふやになっていってしまうのである。
甲虫は脚をそれぞれ雲に引っ掛けて、青空を蜜のように吸い、吸われた箇所は剥げて、その向こうに広がる暗い宇宙がちぐはぐに表れていた。芋虫とエサのキャベツの葉を思った。逆らうこともできずに夢のカメラワークが空から地上へ落ちた。原付の速度メーターやガソリンメーターが五匹の芋虫に食われていた。だがそれは透明ケースに阻まれた先のことなので、夢とはいえ手出しはできない。手元で暴れる芋虫たちの方が、空の留まった巨大甲虫よりもよっぽど大事件に思えた。甲虫は相変わらず空を吸い取るばかりで、その呑気な姿に、僕は羽田空港のことなどほとんど忘れていたほどである。赤い風船がやはり言い出しっぺで負けていた。僕はその散らばった残骸を一枚々々拾い集め、すると青と黄色の風船が文句をつけてきたが、仕方なく赤の落とした拳銃を向けてやれば、二人ともすぐに大人しくなって夢はここで終わった。