表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

羽田空港は諦めろ

 僕は明晰夢なんてみるような夢への反逆者ではない。

 可愛らしい丸っこい原付にまたがって、羽田空港を目指している。スマホのGoogle mapを頼りに、傾斜の厳しい山を登りはじめた。長い林道を抜け、その先は洋菓子の匂いが充満するショッピングモール、一階へ駆け下りてレストラン街の蕎麦屋からアメリカに住む金持ちの車庫へ、目の前に立ちふさがる鋼鉄製のシャッターなど、原付の前輪でペシャンコに踏みつぶし、道が開けてからも僕は依然として羽田空港へ向かい続けていた。

 しばらくして無限に広がる芝の公園へ入った。赤青黄色の三つの風船が、ふわふわ漂って会合を開いていた。

「うるさい! ひたむき過ぎるやまびこは退屈しのぎの白線踏み! シナモンロールある?」

 赤の風船は青と黄色の風船をそう怒鳴りつけると、たちまち三人で円を組んでロシアンルーレットを始めた。拳銃は驚くくらいに黒い。まるでそこに穴が開いたかのようで、黒すぎて、その反射で太陽を目に入れたくなるほどに強烈だった。僕は一度原付を停め、被っていたヘルメットをずらした。

 空を仰ぎ、いくら太陽をみつめてみていても、夢に出る太陽はまったく眩しくはない。

僕はこの一行をひたすらにリフレインして、中世フランスの吟遊詩人になりきった。夢の中で一番気持ちよかった瞬間はこのときだった。エセのフランス語でシャンソンを歌った。

 急に空を、怪しい影が這っていった。細い影が数本雲をつたって、それらは次第に、ある大元から生えた脚なのだと認識され、僕は巨大な甲虫が空に留まっているのを目撃したのだった。甲虫の大きさは、夢の中にあった東京タワーを三本積み上げても敵わないほどで、見た目はおそらくカナブンに近い。六本脚で、堅い殻に触覚もあった。しかし断言できないのは、そもそも僕が現実のカナブンをあまり知らないためで、思い出そうとすればするほど、その輪郭からあやふやになっていってしまうのである。

 甲虫は脚をそれぞれ雲に引っ掛けて、青空を蜜のように吸い、吸われた箇所は剥げて、その向こうに広がる暗い宇宙がちぐはぐに表れていた。芋虫とエサのキャベツの葉を思った。逆らうこともできずに夢のカメラワークが空から地上へ落ちた。原付の速度メーターやガソリンメーターが五匹の芋虫に食われていた。だがそれは透明ケースに阻まれた先のことなので、夢とはいえ手出しはできない。手元で暴れる芋虫たちの方が、空の留まった巨大甲虫よりもよっぽど大事件に思えた。甲虫は相変わらず空を吸い取るばかりで、その呑気な姿に、僕は羽田空港のことなどほとんど忘れていたほどである。赤い風船がやはり言い出しっぺで負けていた。僕はその散らばった残骸を一枚々々拾い集め、すると青と黄色の風船が文句をつけてきたが、仕方なく赤の落とした拳銃を向けてやれば、二人ともすぐに大人しくなって夢はここで終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ