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宮廷魔術師

逃げ出すと分かっていた標的がいたら、知恵のある強者はどうするだろうか。

ある者は追いかけ甚振り、ある者は数で囲うと答えるだろう。

何れにせよ、それぞれの強者が最も得意とする方法で弱者を追い詰めるだろう。

そして、その強者の魔の手が私達にも伸びていた。


「おいおい!流石に衛兵の数が多すぎやしないか?」

「文句言う暇があったら走って!!」


宿屋の前で、一悶着起こしてから数分。

私達は、国中の衛兵から追われていた。

国の衛兵に手を上げた以上、追われるのは仕方のないことである。

向こうも、国の秩序を守るために必死だから。

それにしたって、数が多い上に情報が回るのが早すぎる。

たった数分のうちに、衛兵たちに顔が割れ、どこに逃げても直ぐに気付かれる。

この国独自の情報網でもあるのか?

しかも、逃げた先で待ち構えられていることもある。

つまり…。


「ステラ。これはもしや…」


どうやら、ニルも気がついているらしい。


「「誘導されてる」」


かと言って、向かってくる衛兵全てを相手していては埒が明かない。

ズルズルと、相手の策略に載せられていく。


「向こうに逃げたぞ!!」

「チッ…。流石に数が多すぎるわ」


曲がり角なども利用して、追っ手の視線を切っていたが、逃げる先々にも目があれば、いずれ逃げ場がなくなっていく。

そうこうしている内に、私達は広々とした見晴らしのいい広場に追い詰められた。

ぶちのめした衛兵の十倍以上の数が、私達をグルリと囲っている。

この数は、ひっくり返せない。

ニルの魔法も、詠唱の隙がなければ無防備な姿を晒すことと同義だ。

剣や槍、弓を構えた衛兵たちは、私達から一定の距離を保っている。

統率の取れた動き。

こういう相手は、連携を崩さないから厄介だ。


カツン!

硬い石畳を叩く音が聞こえた。

ひしめく甲冑の音の中でそれは嫌にはっきり聞こえた。


「御苦労!衛兵諸君!」


キンキンと耳障りな高音が聞こえて、甲冑達が静まり返って武器を下ろして、道を開けた。

そこに現れたのは、ブカブカのローブを身に纏った長身痩躯の男だった。

大きな黒い宝石が嵌められた杖で喧しく地面を叩く姿は、微動だにしない甲冑だらけの中で一際目立っていた。


「獣人の女に、魔法使いの男…聞いていたとおりだ!貴様らがこの国に仇なす賊だな!?」

「「はぁ?」」


いきなり現れて何を言い出すのだろこの男は。

井戸端での噂話のように歪みまくった話だった。


「混乱の最中にあるこの国を乗っ取る気だろうがそうはいかん!!国王様に仇なす者はこの天才宮廷魔術師たる我!!アブソルが!ここで貴様らを討つ!!」

「なんの罪着せられてる訳!?それに宮廷魔術師って!?」


私の疑問に、アブソルと名乗った魔術師は杖を掲げることで応えた。

魔術師ということは攻撃方法は魔法…。

あの杖から攻撃が来るのか。


「死ねぇぃ!!」


甲高い声で喚きながら、アブソルが杖で地面を叩いた。

直後、私とニルの立っていたちょうど間で空気が爆ぜた。


「「!!?」」


猛烈な爆風に吹き飛ばされて、受け身も取れずに硬い石畳の地面に叩きつけられた。

杖から魔法飛ばすんじゃないのかよ…。


「そこから!?」

「今ので生きているとは!流石獣人と言った所か!だが、これでトドメだ!!」


金切り声で捲し立てながら、アブソルが私に向けて杖を構えた。

爆煙でニルが生きているかすら確認できない。

おまけに、今の衝撃で三半規管をやられたらしくまっすぐ立てない。


「"穿て"」


そんな私の耳にニルの凛とした声が聞こえた。

直後、雷の槍がアブソルに直撃した。

激しい轟音と共にアブソルの周りが燃え上がった。

凄まじい威力だと、魔法の知識もない私でも分かった。


「逃げるぞ!」


ニルに助け起こされて、無理やり走らされる。

もつれそうになる足を必死で動かす。

ここで死んでは、お互いに目的が遠のく。


「この程度で、我が死ぬとでも!?」

「!!?」


背後で聞こえたアブソルの声。

走りながら振り向いて見えたのは、怪しげな光を放つ杖がニルに向けられている光景だった。


なんでそうしたのか…私には分からない。

その一撃を喰らえば、ただでは済まないことは本能で分かっていた。

それを向けられているのは、隣を走るニルであって私ではない。

彼が死んだら、人間に戻れないから?

だからといって、ニルを庇って私が死んだら元も子もない。

そう、分かっていたはずなのに…。


「危ない!!」

「っ!?ステラ、何を!?」

「ウグッ…!」


ニルを思い切り突き飛ばした私を、杖から放たれた光の矢が貫いた。

足から急激に力が抜けて、立っていられなくなる。

フードが取れて、自分の嫌いな角が顕になる。


「ゲホッ!」


口から大量の血が溢れ出した。

結構、重症なようだ。

防衛本能なのか、角が顕になっているのに全身の感覚がなくてどこを貫かれたの把握できない。

痛みは感じない代わりに、体が急激に冷えていく。

血の流し過ぎだ。

狭まる視界の端でニルが、何か言っているが聞き取れない。

生命力と、桁外れな身体能力が売りの獣人なのに…これではなんの役にも立てない足手まといだ。

薄れゆく意識の中で、そんな事を思った。




俺を突き飛ばしたステラの腹部を光の矢が貫いた。

直後、膝から崩れ落ちたステラは激しく血を吐いて意識を失った。

まさに、一瞬の出来事。

"無傷"のアブソルが放った攻撃だと、遅れて気づいた。


「獣人の癖に魔法使いを庇うとは!貴様、一体どんな躾をしたのだ?」

「おい!しっかりしろステラ!」

「どこで拾った?その美しい獣人?」

「君はこんな所で死ぬのか!?」

「その死体、我に寄越せ!」

「ステラ!」

「我を無視するな〜〜!!!」

「うるさい!」


後ろでギャーギャー喚く、自称天才宮廷魔術師。

構っている暇はない。

治療……いや無理だ。

アブソルがその隙を見逃すとは思えない。

アブソルを先に排除しようとも考えたが、その余波はステラの寿命を縮めかねない。

だが、俺以外にこの傷を癒せる者は…。

いや、居る。

一人だけ、心当たりがある。

先の一撃が通用しなかった以上今のままでは、アブソルには勝てない。

このままでは共倒れだ。

一か八かやるしかない。

幸いなことに、"贄"なら足元に大量にある。


「借りるぞステラ」


溢れ出るステラの血液を贄に俺は、特大魔法を発動させる。

俺を中心に巨大な魔法陣が展開し、眩い光を放ち始める。


「無駄だ!いくら強力な魔法を使おうとも、割れの防御は破れない!」

「勘違いするな。貴様にこの獣人の死体を奪われるくらいなら、ここで"使って"道連れにしてやるだけだ」

「!」

「"消し飛ばせ"!!」


掌から放たれたドス黒い球体がアブソルに向って直進する。

反撃に打ち返してきたアブソルの火球が、球体に触れた瞬間、霧散した。

球体はそのままアブソルに迫る。


「無駄だと言ったら無駄なのだ!!」


球体はアブソルの眼の前で見えない壁に阻まれて、急停止した。

勢いを失った球体は呆気なく打ち消された。

しかし、これで良い。

充分に時間は稼いだ。


「貴様!あの獣人の死体を…塵も残さず…!よくも!!」


俺の背後に横たわっていたはずのステラの姿がないことに気付き、おもちゃを取り上げられて癇癪を起こす子供のように怒り狂いながら、アブソルが杖で地面を叩く。

俺は足元から生えてきた茨の大群に群がられ、引き倒された。

そのまま、ギチギチに縛り上げられる。

茨が服の上から喰い込み、衣服に血が滲む。


「貴様は楽には殺さん……!おぞましい拷問の果てに火炙りにしてくれる!」


そう凄む、アブソルの形相はまさに悪魔のようだった。



「レン。ちょっと玄関周り確認してきて」


昼間にやってきた客の為に、王城の侵入経路を捜していたカスミが唐突にそう言った。

振り返ると、当の本人は虚空を眺めているように見える。

しかし、レンは黙ってカスミの言葉に従って玄関を潜る。

かつては自分の縄張りだった巨大な森が目の前に広がる。

動植物の生きる生命力に溢れた優しい匂いが鼻を擽る。

それと同時に鼻につく血の匂い。

レンは匂いを辿り、発生源を探り当てた。

昼間にやってきた二人組の片割れ、獣人の女だった。

辛うじて息はしているが、酷い怪我だ。

このままでは、間違いなく死ぬ。

恐らくカスミは、コイツを回収してこいと言っていたのだろう。

レンは、器用に獣人の下に潜り込んで背負い上げる。

背中に生暖かい血液が垂れる。

後で、カスミに身体を洗ってもらおう。


隠れ家に獣人を運び込んで、一つ吠える。

虚空を眺めていたカスミの瞳が徐々に焦点を定めて、レンと背中の獣人を捉えた。


「千里眼で見た時はまさかとは思ったけど…本当にここに飛ばしてくるなんて…レン、その娘まだ生きてる?」


文句混じりの質問に鼻を鳴らして応じる。


「よし!そこに寝かせて!あと怪我してる場所確認して」


それだけ言って、カスミはドタバタと部屋を出ていった。

レンは、指示通り獣人を床に降ろし服を捲りあげて患部を確認する。

左の脇腹にポッカリと空いた大穴。

常人なら即死の致命傷だ。

今もなお生きているのは、獣人の持つ生命力故か。


「あったあった!残り少ない魔法薬!」


怪我人がいるというのに、バタバタと喧しくカスミが帰ってきた。

そして、薬の在庫が少ないのは製薬をサボっているカスミのせいだ。


瓶の栓を開けて、中の液体を獣人の傷口に豪快にかける。

カスミの祖母であり、先代先見の魔女が開発した魔法薬。

魔法の心得がないものでも扱える魔法の触媒。

数がない上に製法も複雑故に、カスミはこれの製薬を怠りがちで常に枯渇している。


「"傷を癒やせ"」


カスミが傷口に手をかざして魔法を発動させる。

途端、みるみる内に獣人の腹に空いていた穴が塞がっていく。


「取り敢えず、傷は塞がったけど血を流しすぎだ…。意識が戻るかどうかは本人次第だね…」


この女は、カスミとの契約で王城へ導く代わりにこの国の戦争を止めると契約した。

今ここで死なれては困る。

血で汚れた毛を舐め取って、カスミにも拭き取らせ整えた毛並み。

普段はカスミ以外にこんなことはしない。

しかし、背に腹は代えられない。

獣人にかけられた布団の中に潜り込んで、冷たくなった体に寄り添う。

湯たんぽの代わりくらいにはなるだろう。


「おいおい…レンくんや。その娘のことが気に入ったのかい?ヤケちゃうじゃないか…」


カスミが声を潜めて呟いた。

冗談に聞こえるが、目を見ればわかる。

この女、本気で嫉妬している。

フン、と鼻を鳴らしてお前はお前の仕事に専念しろと言ってやる。


「分かりましたよ〜。終わったら絶対にモフらせろよ?」


これは仕事が終わったら暫く休めないなと、レンはため息を吐いた。

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