表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

なんででも屋

「タンテイ?魔法使いじゃなくて?」


聞き馴染みのない言葉に首を傾げる私とニル。

それを見て、カスミは苦笑いを浮かべて(レン)を見やる。

レンはさっきまでの戦意はどこへやら…つまらなさそうに鼻を鳴らしてソッポを向いた。


「一応、魔女の家系ではあるかな?そして探偵じゃ通じないか〜。なんでも屋って言ったほうが通りは良いんだよね」

「!?」

「君たちもそれでウチに来たんでしょ?」

「でも、なんでも屋ってあの宿屋の女将が若い頃に助けてもらったんでしょ?なんであの婆さんより若い訳!?」

「ああ、カナちゃんの紹介か」


カナちゃん?

あの女将のことだろうか?


「まあ、立ち話もあれだしウチにおいでよ。お茶でも飲んでゆっくり話しましょう?お客様。レンの粗相のお詫びも兼ねてね?」


カスミがレンを見下ろす。

言葉の意味が分かっているのか、レンは気不味そうに視線をそらした。


「ウチってどこにあるのよ?ここからどれくらい歩くの?」

「所要時間0分」

「は?」

「この木だ」


私の疑問にカスミではなく、ニルが答えた。

ニルの視線を辿れば、例の大木がある。


「考えてみれば当然か…。常日頃、追われる身である魔法使いの隠れ家は人里離れた場所にある。その上で一目で家だとバレないように自然物に紛れ込ませるものだ」

「そういう事。ようこそ〈先見の魔女〉の隠れ家兼コトブキ事務所へ」


カスミの持つ杖が大木の幹を軽く叩く。

すると、幹にポッカリと大穴が空いた。

目を疑いたくなる光景だった。

しかし、私以外に驚く者は居ない。

カスミがその穴の中に消え、レンも穴に飛び込んだ。

ニルもあとに続く。

入るのを躊躇うが、置いて行かれる訳にもいかず、私も後を追った。

飛び込んだ瞬間、景色が切り替わった。


「どうなってるのこれ?」


外から見ただけでは想像も出来ない程、広々とした空間が広がっていた。

宿の部屋よりも広い。

よく磨かれた木製の床と壁、天井から吊るされる照明は精巧な装飾が施されている。

カスミが腰掛ける執務机。

極めつけに窓から陽光が指している。

背後には穴などなく、扉があるだけだ。

私の知っている常識では説明できないことばかりだ。

改めて、私の口からこぼれたのは一言一句同じだった。


「どうなってるのこれ?」

「外側と内側で空間が分断されている。木の中に入ったが実際は別の場所に移動しているようだ」

「何言ってんのか全く分かんないわ…」


ニルが教えてくれるが全く理解できない。

要するに魔法による不思議現象ってことでいいのかだろうか。

窓から覗く景色はさっきまで私がいた森だ。

より一層意味がわからない。


「私も詳しくは知らないんだよね。ここは元々、お祖母ちゃんの隠れ家だったから」


棚からティーカップを二組取り出したカスミがそう言った。

どこからともなく現れたテーブルと椅子が生き物のように脚を動かして私たちの前に並んだ。

続いて、お菓子を載せた皿も飛んできた。

これも魔法か。

理解できないものはすべて魔法だと思うことにしよう。


「って…お祖母ちゃん?」

「そうそう、"先代"先見の魔女。さっきはカッコつけて魔女なんて名乗ったけど、私は占いとかそういうのしか出来ないから正確には魔道士なんだよ」

「魔女にも家族ってあるのね」


なんとなく、魔法使いというのは最初からそこに存在する、超常的な存在だと思っていた。

しかし案外、普通の"生き物"らしい。


「魔法が使えることと、長生きなこと以外はただの人間と同じだよ。私も、そこの彼もね」


カスミの視線を受けながら、ニルは薄く笑みを浮かべてティーカップに口をつけた。


「さて、お喋りはこれくらいにして…。ようこそコトブキ事務所へ。迷子の子猫探しから、どんな難事もサクッと解決してみせますよ。本日のお客様はどのようなお悩みをお持ちかな?」


カスミが仰々しい動作と声で聞いてきた。



「世界を滅ぼす本…ねぇ。そりゃまた、大層なモノ失くしたねぇ」


ニルからことのあらましを聞き終えたカスミは、少し冷めた紅茶を啜りながらボンヤリと呟いた。

私と同じような感想だ。

彼女とは気が合うかもしれない。


「俺はその本がこの国の王城にあると睨んでいる」

「その根拠は?」

「この国はつい最近国王が新しく戴冠したのだろう?そしてその国王が、戦争を起こそうとしている」

「そうだね~。全く、虫を殺すのも嫌がるようなあのお坊っちゃんが宣戦布告とは驚いたよ」

「知り合いか?」

「まあ、昔坊っちゃんが王城を抜け出した時に何度か遊んだことはあるよ。本当にいい子だったんだけどねぇ…」

「その豹変ぶりに、例の本の力が働いていると踏んでいる」

「でも、人間てのは権力を手に入れると途端に人が変わることもある。その可能性は考慮しないのかい?」

「この国は、他国との貿易により栄えた国だ。その貿易相手と戦争してお互い疲弊して勝った所で得られるものは多くない。こんな事は国の老人でも分かる」


魔術師と魔導士の会話。

依頼の話をしていたはずなのに、何故か討論のようになっている。

魔法使いは議論が好きだと言っていたし、彼らも楽しんでいるのだろう。

その証拠に、お互いティーカップから手を離していない。

どんなに熱くなっても喧嘩にはならないだろう。

私は話について行けないので、紅茶を啜って様子を見ることにした。

紅茶なんて滅多に飲むことはないが、これがとても高級な茶葉が使われているのは分かる。

香りもいいし、味もスッキリしていて飲みやすい。

二人の会話を眺めながら、美味しい紅茶とお菓子に舌鼓をうつ。

足元でレンが丸くなっていた。

獣人に動物が近づいてくることはない。

どういうわけか、酷く毛嫌いされる。

つまり、狼にここまで近づかれるのは初めての体験だ。

ちょっと、撫でてみたい。


「確かに、王が戴冠する時に王城には他所から多くの貢ぎ物が献上される。この国がおかしくなったのもその直後だ。話の筋は通ってる」

「だが、王城にしがない旅人は入れない。実際門前払いにあった」

「そりゃそうさ」

「というわけで、王城に侵入する手引きを依頼したい」

「なんでも屋とは言うけど、犯罪はごめんなんだが?」

「何を言うか。戦争という国際犯罪を防いでやるんだ。多少の犯罪がどうした?」

「とんでもないお客さんもいたもんだ。全く、ウチは魔法薬とか、事件の謎解きだとかそういうのを生業とする店なのに…これは高く付くよ?」

「報酬は俺でどうだ?」

「ブフッ!?」


議論の末に飛び出してきた、ニルのトンデモ発言に私は口に含んでいた紅茶を吹き出した。

近くに控えていたレンが、吠えた。

汚してごめん。


「どうしたステラ?」

「ゲホッ!ゲホッ!どうした?じゃなくて!!アンタ、またそんな!!」

「悪い話じゃないだろう?こんな色男だぞ?」

「自分で言うな!」


そういう、軽はずみな発言は控えろと以前も言ったはずなのにこの男は!!

相手も魔女だから良いが、ただの村娘に同じこと言ってみろ、面倒なことになるのは目に見えている。

こういうのは、ボロが出る前に矯正しなくては…。

動揺していない当たり、こういうのは、魔法使い同士では当たり前なのだろうか?


「ククッ!!安心しなよお嬢さん。そんなに心配しなくても盗らないよ?」

「そういうのじゃないから!!」


彼女は彼女で見当違いの励ましの言葉を投げかけてくるから困る。

やはり、魔法使い共とは根本から考えが合わない。


「それで?引き受けてくれるのか?」

「良いでしょう。対価はこの国の平和。坊っちゃんが死ぬと跡継ぎ問題で面倒だから穏便にね?」

「随分と無欲な"魔女"だ」

「同じ魔法使いのよしみって奴?侵入経路の吟味に暫くかかる。決行は明日の日の出だ。レンを使いに寄越すから準備済ませといてよ」

「了解だ。我々は一度宿に戻る。行くぞステラ」


話は終わりだと言わんばかりに、支度を始めるニル。

私もそれに続く。


「レン。森の外まで見送ってあげて」


この部屋に入って来た扉が音もなく開いた。

カスミの言葉に、短く吠えてレンが扉を潜る。

レンに続いて扉を潜ると、見覚えのある森の景色。

振り返ると、やはり何事もなく立っている木があるだけ。

魔法使いの隠れ家とは、なんとも不思議な場所だ。

主の言い付けを忠実に守る黒い狼は、私達を森の入口まで見送って音もなく姿を消した。


「すっかり夕方ね」


夕日に照らされる街の景色に思わず呟く。

あの森に入ったのが昼前だったことを考えると、随分話し込んでいた事になる。


「腹が減った。今日の夕飯が楽しみだ」

「ブレないわね…アンタ」


相変わらず食事についてしか言及しないニル。

私はお菓子食べてたからあまり、お腹は空いてない。

宿に着くまでに少しでも空かせておこうと私は、早足で歩き出した。



「な…なにこれ?」


朝、出発する時は何も異変は無かった。

滅茶苦茶に荒らされた宿の中を見て、私はそう呟いた。

帰ってくるまでの半日足らずの時間でこんなことになるのか。


「床についているのは…血か?」


ニルが冷たい声で、床を見下ろして呟いた。

机や、花瓶の破片が散らばる床に残る赤い痕。

僅かに漂う匂いからして、血液で間違いない。

あの二人の身に何かが起きたことは明白だ。

盗みなら、こんな小さな宿を狙っても旨味がない。

何故彼女たちが狙われたのか。

ガシャッ、ガシャッ。

直後、背後から聞こえてきた足音によって思考は打ち切られた。

考える暇はなさそうだ。


「動くな」


その言葉と共に、甲冑に身を包んだ衛兵に囲まれた。

数は全部で四人。

私の足なら振り切ることも不可能ではない。

だが、ニルの方はそうも行かないだろう。


「この宿には魔法使いが現れた。宿の従業員は魔法使いを匿った罪で連行された。残る容疑者は貴様らだけだ。大人しくついて来い」


甲冑のうちの一人が、懇懇と言葉を並べる。

おい、ニル。

バレないんじゃなかったのか。

心のなかで、訴えるが答えなど返ってくるはずもない。

縄で縛られないのを見ると、罪人ではなく、容疑者として扱うつもりのようだ。


「我々はどこに連行されるのかな?」

「この街の教会だ。そこで貴様らが魔女ではないかを調べ上げる」

「っ!」


ニルの質問に衛兵が迷いなく答えた。

それは困る。

なにせ、彼らが探している魔法使いはニルだ。

このまま、連行されれば間違いなくそれは発覚する。そうすれば、教会は間違いなくニルを処刑するだろう。

ニルが死んだら、私は人間に戻れない。

それどころか、穢らわしい獣人が神聖な教会に足を踏み入れたとなれば、私も処刑されかねない。



「グズグズするな。早くしろ!」


中々、動こうとしない私達に痺れを切らした衛兵が怒鳴って、私に掴み掛かった。

持っていた荷物が、音を立てて地面に落ちた。

周囲に人の気配はない。

ならば、遠慮することはない。


「断る」


ニルがそう言った瞬間、私は右足を振り上げた。

つま先が、目の前の甲冑の顎を蹴り上げた。

その反動で、フードがずり落ちて角が晒された。

感覚が研ぎ澄まされる。

顎が揺れれば脳が揺れる。

甲冑がその場に膝をついて、崩れ落ちた。

残りの三人は未だに状況が飲み込めていないようで、動きがない。

私は近くに立ちすくむ甲冑の頭を左手で掴んで、地面に叩きつける。

潰れた蛙のような声が上がった。


「うわあああ!?」


状況を処理したことで、情けない悲鳴を上げる三人目。

しかし、それでも衛兵としての責務を全うすべく、剣を抜いて、屈んでいる私に斬り掛かってきた。

素早く振り返って左手で刀身を掴み、そのまま握り砕く。

予想していないなかっただろう光景に呆気に取られて、硬直したその隙に握ったままの左手の甲で顎を殴る。

裏拳と言うやつだ。

盛大に吹っ飛んでガシャン!と、耳障りな音が響いた。


「き、貴様!獣人か!?」

「だったら?」


残った一人は無闇に攻めてくることなく、剣を構えて私から一定の距離を保つ。


「穢らわしい化け物め!!その頸を刎ねて晒してくれる!!」


ありふれた罵倒に、思わず乾いた笑いが出た。

昔なら食って掛かっただろうに、最早聞き慣れてしまって言葉を返す気も起きない。


「何が可笑しい!?」


そんな私を見て、一層声を荒げる甲冑。

アンタ、ここに来た目的忘れてない?

アンタは獣人を殺しに来たの?


「俺のこと、忘れない?」

「なっ!?……っ!!?」


甲冑がニルに気づいたときには全てが終わっていた。

背後から、優しく触れられただけだ。

たったそれだけで、甲冑は意識を失ってその場に倒れ伏した。


「アンタ何したの?」

「さあ?ちょっとした静電気だろうよ」


右手の親指と人差指をバチバチと、光らせながらニルはとぼける。

雷系の魔法だろうか、恐ろしいやつだ。


「取り敢えず、逃げたほうが良さそうね」

「君が暴れなければこんなことにはならなかったのに」

「馬鹿言わないで。教会の敷居を跨いだら、私達生きては帰れないわよ?」

「そりゃ、敵わん」


何がおかしいのか、楽しげに笑うニル。

私は落としていた荷物を抱えて、来た道を全力で引き返すことになった。

全く、ついていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ